1、路地裏の美男子現る
「ユーリィ、ごめんね。」
ベッドの中から姉が言う。
「いいから姉さんは寝てなよ。ほら、起き上がるとまた熱が上がってくるよ。」
このボロっちい家には俺ユーリィと、姉のオルガしかいない。
両親が死んで数年経つ。病弱な姉は俺の唯一の肉親だ。早く良くなってほしいが、うちには金が無い。薬も滋養のある食事も温かさを保つための燃料も、満足に与えられないのが苦しい。
姉は働きに出られない我が身をいつも嘆いている。
「私の事は放っておいて、いい勤め先を探しなさい。」
などというが、そんな事できる訳がない。
結果、14歳の俺と16歳の姉はロクな稼ぎもなく貧しいままだ。
売春強盗――春を売るふりをして男を誘い込み、叩きのめして金銭を奪う。これは薬代のための苦肉の策だったが、驚くほど上手くいった。
不本意ながら少女めいた可憐な容姿に、俺と同じ色をした姉の髪で作ったカツラを付けてスカートを履けば、男は簡単に釣れた。
後腐れなさそうな金持ち商人っぽい奴ばかり狙っていたが、この前の晩は初めて男と見破られた。それも初対面の奴に。
そろそろ潮時かもしれないな。
トントンと家の扉を叩く音がする。
「あら、お客様かしら。」
「姉さん、俺が出る。」
大家が家賃の催促に来たかな。
「どちらさ……」
「やぁ、先日はどうも。」
そこに居たのはあの夜の男だった。
「今日は連れもいるんだ。外は寒い。中に入れてくれるかい?」
掌に汗が滲む。
追い払えば憲兵にチクられるかもしれない。
だが中には姉さんがいる。当然だが、姉には売春強盗の事は言っていないのだ。
「安心して。お姉さんには手出ししないし、君の副業の事も言わない。勿論君が僕の言う事を聞いてくれればだけどね。」
チッ、と舌打ちしてあの夜の男とその連れを部屋に入れる。
姉の事は、近所の人に聞けばすぐに分かる。ご丁寧にもこいつらは、我が家について調べてから来たらしい。
「どちら様?」
起き上がってきた姉が顔を出す。
「姉さん、寝てないと!」
「お邪魔しています。僕達は、貴女の弟さんの知人ですよ。美しいお嬢さん、どうかお気遣いなく。」
姉はポーっと頬を染めている。女たらしめ!
姉を寝かせて、隣の部屋(台所だが)のテーブルに腰掛ける。
男は気遣わしげに言った。
「お姉さん、なかなか治らないんだろう?栄養が足りてない。違うかい?」
思わず俯く。そうだ、姉は暖かくして充分な栄養を摂り、ゆっくり休めば良くなるはずだ。だがどれも、貧しい姉弟には手に入らない物だった。
「お姉さんを治療してあげようか?」
俺は顔を上げた。藁にもすがる思い。だが何故こいつはそんな事をしてくれる?
「俺に何をさせるつもりだ?」
「頭がいいね。良いことだ。君にお願いしたい事は一つ。僕の婚約者になってほしいんだ。」
こいつ何言ってんだ。
「俺は男だぞ。」
「知ってる。でも君、カツラを付けてスカート履けば、女の子にしか見えないよ。それもとびきり綺麗なね。」
失礼な奴だな!俺の気にしている事を……。
俺はこの女顔に小さい身長が嫌なんだよ!
「なんで俺に頼む?本物の女に頼めばいいだろ。お前の顔ならやりたがる女がアホ程いるだろうが。」
「それが、女の子には頼めないんだよねぇ。」
まさかこいつ、そういう奴か?そういう嗜好の奴がいるのは知っているが、この美青年が男好きとは世間の女共がさぞや嘆くだろう。
だが俺の嗜好はノーマルだ。こいつの恋人など御免被る!
「そういう趣味だってんなら、隣の男に頼みゃあいいだろ。そいつもお綺麗なツラしてんだから。」
男はポカンとした後、何故か腹を抱えて笑い出した。
「ぶっ……くくくっ、あははは!アレク聞いた?あー可笑しい。ごめんごめん。でもそういう事じゃないんだ。実際に確認してもらった方が早いかな。」
そういうと、男は俺の手を取り、自分の胸に持っていく。
掌に、僅かながらふにっとした感触。
?
……!?
「ささやかで申し訳ないね。普段は鎖帷子を付けてるんだけど、今日は外してきたんだ。」
「おっ、お前女か!」
「ご名答。ところでそろそろ胸から手を離してくれないかな。」
……すいませんでした。