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闇-20130101-

作者: いろは

お世辞にも都会とは言えない田舎町。流行らないこの町にも、ショッピングモールがある。町内「一番」の大きさを誇っているが、この町で「一番」の称号を得るのは簡単と言えるだろう。少し大きめであれば良いのだから。休日には、この町の何処にいたのかと思う程の数の人が集まる。他に遊び場と言える場所がないからだ。



そのショッピングモールの三階、フードコート前。二十代と思しき年齢の男と二人の女が輪になり、何事か話をしている。人の往来の邪魔だ、と思う人はいない。他には誰もいないからだ。この日は、年中無休のはずのショッピングモールが休業日。既に、年中無休とは言い難い。しかし、致し方ないと言えるだろう。


今日は、”アレ”が出たのだから。






「―――早く、行くわよ。」

黒髪をポニーテールに結った一人の女が二人を急かす。無感情な表情と双眸は冷めた印象だ。

「そうだな。此処で憶測を交わしても始まらないか。」

この場、唯一の男が溜息混じりに答える。苦い心中に顔を歪めるが、元から整った顔は綺麗だ。

「あぁ~もう!買い物したかったのにぃ!」

ストレートの長い髪を明るい茶に染めた女が、拗ねたように叫んだ。頬を膨らまし、不機嫌を訴えている。

「おい、カリン!声がデカイ!」

「ジンの声の方がデカイ!」

閑散とした空間に響いた女―カリン―の声に、注意をした男―ジン―だったが、不毛な言い争いの幕切りとなってしまった。

ジン「カリンの方がうるさい!」

カリン「ジンの方がウザイ!」

ジン「ウザッ…それは意味合いが違うだろっ!」

カリン「ウザイ~ウザイ~!」

ジン「このっ…そもそも、先にデカイ声を出したのは―――」


「二人ともうるさい。」

不毛な言い争いに終止符を打ったのは、それまで傍観者に努めていた女の声だった。冷たい双眸を二人に向けている。


ジン・カリン「「ゴメンナサイ、ミライ!」」

過剰な程、素直に頭を下げた二人は、彼女―ミライ―に喰ってかかり、壮絶な返り討ちにあった過去がある。そんな返り討ちをした彼女はそんな二人の下げた頭を眺め、溜息をこぼした。




「―――。」


再び静けさを取り戻した広い空間に、小さな声が聞こえた。この静けさの中でも消えてしまう程のか細い声。ミライは目の前に立っている二人の奥に目を向ける。ジンとカリンが、下げていた頭を上げて振り返った。

そこには―――


乱れた黒い髪を垂らした女が。


不自然に前屈みの大勢で、そこに立っている。長い前髪が邪魔をして、顔は解らない。フワフワと揺れる淡い赤のワンピースが不釣り合いな印象を与えた。


ミライ「また、か…。」






その姿は、私たちにとっては日常。しかし、姿を見慣れることはあっても、背筋を這う冷たい感覚に慣れることはないだろう。

厭悪、嫌悪、悔恨、恐怖―――負の感情そのものが、”アレ”だ。と、言われている。

「言われている」というのは、つまるところ、よく解らないのだ。”アレ”を研究する変わり者たちがいるが、捕獲しようと考える程の馬鹿はいない。人の中にある本能が、訴えるのだ。


触れてはいけない、と。


その本能に逆らうことは強さではない。過去、”アレ”に触れた人間は存在したが、呑まれて、消えた。言葉の通り、「呑まれた」そうだ。足の先が”アレ”の裂けた口の中へ入っていくのを、共にいた仲間が記録した。本能に逆うような人間は、イカレている。行動を制御するストッパーが壊れているから、そんなことが出来るのだ。



カリン「出たぁあぁぁ!」

ジン「カリンがデカイ声を出すからだ!」

カリン「ジンの方が―――」

ミライ「それ以上続ける気なら、置いていくわよ。」

ジン・カリン「「ゴメンナサイ!」」

不毛な争いを繰り返そうとする緊張感のない二人を諌めて、走り出す。”アレ”は私たちを追いかけては来るが、足が酷く遅いので、追いつかれる心配はない。それでも、背後に”アレ”が存在すると思うと、全速力で走らなければいけない気がしてしまう。




突き当たりを右に曲がって、目的地であるエレベーターに到着。下を示すボタンを押し、エレベーターが三階まで上ってくるのを待つ。直ぐには追いついて来ないと解っていても、この間が気が気ではない。焦る心を落ち着けるように、ゆっくりと深呼吸をする。


カリン「ねぇ…さっき後ろ見た?」

私以上に焦っている様子のカリンの声は震えている。

ジン「見てる余裕なんてないだろ。」

カリン「私、何か気になっちゃって、見たんだけど―――」


エレベーターの上部にある三階の表示部分が点灯し、到着を報せる音が鳴る。


カリン「いなかったんだよね。」

ジン「何が?」

カリン「”アレ”。」

ジン「…走って、引き離したからだろ。」


背後から聞こえるカリンの言葉が気になるものの、視線はゆっくりと開く扉から外さない。そのとき、ふと嫌な予感が頭を過ぎり、心臓が早鐘を打つ。


カリン「真っ直ぐ走ってきたんだから、いくら引き離しても見えるはずでしょ!?」

ジン「…何が言いたいんだ。」


焦る身体が、エレベーター内に乗り込もうと足を進める。


カリン「消えて、次に出てくるならどこ?」

ジン「…っ!そんな―――」

喋りだそうとしたジンが不自然に言葉を切った。



―――気配を感じる。


”アレ”が、いる。


直ぐ、傍に。


其処に。



上に―――




ミライ「下がって!」


乾いた喉から無理に出した声は掠れていたが、構わず声を張り上げる。私の声に我に返ったような反応をした二人が言葉通りその場から飛び退いた。


ドスンッ


重力を無視し、天井に張り付いていた”アレ”が落ち、重い音を立てた。”アレ”が着地した部分の床を見ると、ヒビが入っている。見た目のわりに体重があるらしい。


カリン「だから、言ったじゃん!」

ジン「な、何で!?」

狼狽えた様子の二人。


そうだ。何故、何故、此処にいる?


”アレ”の足で先回りなど出来るはずがない。そもそも、「先回り」を考え出す思考回路があるのか?そして、”アレ”は霊的な存在ではない。浮遊したり、壁を通り抜けたり、消えたりすることは出来ないはずだ。

では、何故―――?



ミライ「二人は隙を見てエレベーターに乗って!」


カリン「えっ!?」

ジン「…ミライはどうするつもりだ!?」


気になるのは確かだが、「何故」を考えるのは私たちの仕事ではない。今は、とにかく、”アレ”から逃げることだけを考えなければ―――。



私は近くにあったゴミ箱の口を掴み、標的に目線を向ける。そして、大きく振りかぶって、”アレ”に投げ付けた。


ガンッ


やはり、避けられるような敏捷性を持ち合わせていない”アレ”は、避ける素振りも見せないままにゴミ箱を頭で受け止めることとなった。重い金属製の衝撃音を立てて、ゴミ箱が転がっていく。痛みを感じているとは思えないが、”アレ”の動きが止まった。その隙を見たジンとカリンは、壁伝いにエレベーターへ乗り込む。

その直後、”アレ”が私を睨めつけるように顔を上げた。


ミライ「…っ!」



髪の毛の隙間から見えた、唇が―――


笑っていた?


いや、まさか。口が裂けているから、そういう形に見えただけだ。頭を振り、余計な思考を振り落とす。



”アレ”は、私の方へゆっくりと歩み寄っている。その向こうに心配そうな表情を浮かべたジンとカリン。私はエレベーターとは反対方向へ走り出した。後ろを振り返り、”アレ”が私を追いかけていることを確認する。ある程度、エレベーターから離れた場所で立ち止まり、振り返った。速い心拍音と荒い呼吸音が私の耳を支配する。


ガン


”アレ”の足先が、先程投げ付けたゴミ箱に当たった。



まだ、だ。


もう少し。



あと、少し―――



ミライ「…っ!」

私は、”アレ”に向かって、全速力で走り出した。広いとは言えない通路の中央付近を歩いている”アレ”が眼前にまで迫ったところで、気が付いた。



やはり、コイツ―――



そこまで近付いたところで、方向転換。助走の勢いから壁を利用し、”アレ”の横を飛び越えた。そのままの速度で、ジンとカリンが待つエレベーターまで駆け抜ける。


ジン「ミライ!」

カリン「ミライ、急いで!」

閉まり始める扉の隙間をすり抜けて、エレベーターに乗り込んだ。


ガンッ


激しい衝撃音に、閉まったはずの扉を振り返る。


カリン「きゃぁあぁぁ!」

パニックになっているカリンの姿と共に目に飛び込んできたのは、扉の隙間から伸びる腕。扉をこじ開けようとしている。

ジン「ヤバイ!扉が開く!」

ジンが、開こうとする扉を必死の抵抗で抑えているが、時間の問題だろう。



怖い―――。


それでも、彼らまで失う訳にはいけない。崩れかけているこの世界を立て直すには、一人でも多く生き残らなければ。



目を閉じて、深く息を吸う。ゆっくり吐き出した息は震えていた。それを無視して、瞼を上げた先に見えるのは、ジンとカリンの後ろ姿。



守りたい。


素直に、そう思えた。



手を伸ばす。

彼らの背中を越えて、その向こうへ。



ジン「ミライ、何を!?」


カリン「ミライ!」






心が黒く染まっていく。黒い黒い闇に、呑み込まれる。闇の中では、何も見えないものと思っていた。しかし、黒い闇の中に、誰かがうずくまっているのが見える。


子ども、だ。

闇に溶けていしまいそうな黒い髪の、女の子。


これは―――



ゾワッ


突如、背筋を這う冷たい何か。その瞬間、足元の闇から這い出す、腕。腕。腕。足下から生えた大量のその腕は、少女を襲う。細い腕を、脚を、頭を。顔を。



あ、あぁ、あぁあぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁ!



そうだ。

これは、私の―――






「―――イ!」


誰かの声が聞こえる。何かを叫んでいるようだ。



「ミライ!」



ミライ「…っ!」


その声が叫んでいるのが、私の名前だと理解した瞬間、ハッと意識が浮上した。思い出したように吸い込んだ空気に咳き込む。

「大丈夫か!?」

横たわっているらしい私の真上にいる声の主に目を向けた。


ミライ「ジン…ミライ…」


カリン「良かったぁ!このまま目を覚まさないんじゃないかって…」

大きな目から大粒の涙を零しながら、私に覆いかぶさる。正直に言えば、重い上に苦しいけれど、彼女の安心したような表情を見た後では、何も言えない。彼女の肩越しに、ジンがこちらを苦笑しながら、見つめていることに気が付いた。しかし、私と目が合うと、怒ったように眉根を寄せ、目を外らせた。

ジン「…もう、二度とあんなことはするな。」

カリンの泣き声に掻き消えそうな程の小さな声だったが、その言葉にこもった心に泣きそうになった。


ミライ「そうね…ごめんなさい。」






ミライ「まだエレベーターの中のようだけれど、あれからどのくらい経ったの?」

ようやく泣き止んだカリンの頭を撫でながら、現状の理解に努める。

ジン「10分程度だと思う。ミライが”アレ”をエレベーターの外に押し出してくれたおかげで、ドアが閉まった。で今、地下へ下降中。もう直ぐ着くだろう。」

ミライ「そう…もっと経っているのかと思った。」

闇の中は長い長い夢だったというのに、現実では数分の出来事だったようだ。

カリン「ミライ?」

ミライ「…悪い夢を見ていた。」

独り言のように呟いた言葉に二人が首を傾げている。

―――解らなくていい。”アレ”は、私の心に巣食った闇なのだから。




それから直ぐの後、エレベーターが停止し、先程乗り込んだ扉とは反対側の扉が開く。一般人から見れば

、開くはずのないただの壁だが、深い深い地下に存在するそこを利用する場合にのみ開く扉だ。

座り込んでいた大勢から立ち上がろうとするが、身体に上手く力が入らずよろけてしまった。それを心配したジンとカリンに支えられて歩き出す。






田舎町のショッピングモールの地下深く、そこに存在する巨大施設。人知れず存在するそれを拠点としたある組織があった。

彼女たちの物語は、此処から始まる。



世界を呑み込む闇は、彼女たちの知らないところで確実に広がっていたのだ―――



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