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第八話 四季を司るもの



 夜の静寂を破って突然現れた青年は、浅黒い肌に黒い瞳、まっすぐな白金の細い髪を肩の辺りで切りそろえている。すらりと伸びた四肢と整った体を、安里たちが普段着るような前袷の衣ではない、見たこともないような形の豪奢な飾りのたくさん付いた衣に包み、人間ではない気配を隠すことなくそこに存在していた。


 きのこ汁を手にしたままで座り込んでいた安里が立ち上がろうとするのを手で制して、青年は優雅な動作で片膝をつき、右手を左胸に当てて頭を下げた。


「この度は我が妹に名を授けてくださり、本当に感謝します。ああ美しいお嬢さん、あなたという存在があってよかった」


 その凄烈な太陽のような張りのある美声は彼の力を纏っており、安里は一瞬眩暈を起こしたが、すぐに姿勢を取り戻した。いつの間にか飛飛(フェイフェイ)が安里の後ろに回り、支えるようにして肩に手を置いてくれていたのにほっとした。


「ああ、すみません。少し興奮していまして、力を抑えるのを忘れてしまっていましたね。紳士たる(わたくし)としたことが。……自己紹介が遅れました。私はソレイル・ナイト。あなたが名をつけてくださった“ホンイエ”の兄です」


 にこっと笑ったその美しい笑顔の破壊力と言ったら、年頃の娘達が百人は卒倒するであろう威力がありそうなのだが、安里としてはこんな力を駄々漏れにしている恐ろしい人にきゃぁなどと言ってはいられない。力を抑えてくれたらしいがそれでも掛かってくる圧力に負けないようこっそりと踏ん張りつつ、笑みを顔に貼り付けた。


「素敵な名前です。この子にぴったりだ。……ああ、小さかった妹よ、よく成長してくれたね。兄に顔をよく見せておくれ」


 にこやかな笑顔が紅葉(ホンイエ)の方に逸れたお陰で、安里は少し息を吐いた。ソレイル、と名乗った美青年は紅葉の桃色の頬に手をやり、美しく成長した妹に「何て滑らかな髪」とか「白くきめ細かい肌が何ともすばらしい」とかうっとりと目を潤ませながら賛辞を述べ連ねている。


「……なんだか変な兄さんだねぇ」


 飛飛が安里の背後でこっそりと呟いたが、安里も同感だった。そして彼の迷惑なところは、無駄に圧力をかけてくることに加え、何をしに来たのか話が全く見えないことだと心の中だけでため息を付いた。

 その疑問を解消するひと言を、他でもない紅葉が放ってくれた。


「……お兄様、一体何をしにきたのです? 安里も飛飛も困っています」


 立ち上がっていた紅葉は両手を腰に当てていっそ高圧的にはきはきと言った。兄と会ったことでまた精神年齢が上がったのだろうか、いつまでも舌足らずだった安里と飛飛の名前もはっきりと発音されたのに呼ばれた当人達は顔を見合わせた。


「お話があるのでしたらはっきりおっしゃってくださいね。お兄様は力がお強いのですから、安里も飛飛も影響されて疲れてしまいます。手早くお願いします」


 可愛らしい紅葉の口から零れる辛辣な言葉に、ソレイルは若干たじろいだが、すぐに気を取り直して胸に手を当てて感慨深そうに言った。


「ああ、そうだな。お前の言う通りだ、可愛い妹。全く賢くなって兄は……」


「お兄様」


「こほん。……ああ、アンリ、といいましたね。銀と紫の美しいお嬢さん」


 兄弟の力関係が分かる会話に、安里は無表情の下でそれでいいのか、と思いながら黙っていた。


「我が妹がこうして力を覚醒できたお陰で、ようやく季節を巡らすことができます。本当は仕方がないから私と弟で無理矢理繋いでしまおうかと画策していたところだったのですが、間に合ってよかった」


「はい、質問いいですか?」


 割り込んだのは飛飛だった。手を上げて存在を主張すると、ソレイルは目を細めるようにして飛飛を見つめた。


「ええ、どうぞ。美しい金の精霊よ。性質は風ですね。実に良い風を纏わせておいでだ。それに……」


 うっとうしいソレイルの美辞麗句を遮って、飛飛は質問した。紅葉に習ってこの兄の扱い方を決めたらしい。


「何故紅葉は子供の姿で力もないままこの地に? それからあたしはあなたの口から聞きたい……あなた方兄弟の正体を」


 金の豊かな髪を緩い風になびかせながら、飛飛は少し首を傾げて上目遣いに言った。こういう(たぐい)の男性の傾向を心得てのことだ。女の子をうっとりさせることが大好きだが、自分に興味を向けられたりちやほやされるのも大好きだと判断する。

 ソレイルは言葉を遮られたにも関わらず、飛飛の魅惑的な媚びるような視線が気に入ったのか微笑を湛えて話し始めた。


「ああ、これは失礼。聡明なお二方のこと、もう知っておいでだろうと省略してしまいました。紳士にあるまじき無礼をどうぞお許しください、美しい女性達」


「……お兄様、もう結構です。私からお話しますから」


「ああ、そんなっ! 麗しき我が妹よ、そのように兄を邪険にせずとも……」


「…………」


 紅葉の無言の笑顔に、ソレイルはしゅんとして大人しくなった。ついでに力ももっと抑えてくれるといいのになぁと安里は思ったが、それは贅沢というものだろう。


「安里、飛飛。気づいていたとは思うけど、私達兄弟は、四季を管理する能力を持って“神”の間から生まれました。私は秋、お兄様は夏を司っています。」


 ここ数日で聞きなれた高めの紅葉の声が、落ち着いた響きを持って辺りに響いた。開けたこの空間の周囲にまるで色鮮やかな壁のようにさざめく木々たちの間から、いつの間にか虫の鳴く音が聞こえてきて、秋が来た、とはっきりと告げている。

 

 想像していた通りの紅葉の正体だったが、やはり、と腑に落ちて安里は少しほっとした。


「私が子供の姿で、能力を発揮できずにいたのは、お母様が私に名をつけてくれなかったことに始まります」


 紅葉の涼やかな声は、上から照らして来る月明かりに溶け込まずに、少し冷たいような切ないような響きを残した。








 四季を司る四人の兄弟は、時空を司る神の間から生まれた。


 この神は珍しい夫婦一対で、膨大な力を持っているのは妻の方、夫はそれを抑制し、調整するというやり方で力を行使していた。

 力関係は実質神としての力を持った妻の方に分があり、夫はといえば癇癪を起こしては世界に甚大な被害をもたらす妻を何とか抑えようと日々必死になだめている、そんな関係だった。


 だがそんな傍若無人に見える妻であるが、夫に対して過剰な執着を見せるのでも有名だった。彼女自身が夫のためだけに存在しているといっても過言ではないほどの溺愛。そのため夫に近づく女は何人たりとも許さず、彼らの住まう宮には男性型の下僕しか存在させなかった。


 こんな関係の夫婦神だからこそ、紅葉の悲劇は起きたのだ。


 時空の夫婦神の間に、四季を司る四体の神が宿り、そして彼らは誕生した。

 四体のぷくぷく太った赤ちゃんを幸せそうに眺めていた夫妻は、あることに気が付いた。



 三番目の子供が、女の子であることに。



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