殺人舞台
1
「それが実行できたのはたったひとり……」
明智少年は、もったいぶってゆっくり舞台を歩き回る。
その間、私たち全員を一通り、舐め上げるような視線で見据えた。
やがて彼は歩みを止め、ぴしゃりと犯人を指差す。そして宣言。
「貴女だ! ――柏木美佐子!」
――と、言うわけで皆さんこんにちは。柏木美佐子です。
2
「そ……そんな……」
「柏木さんが……まさか……」
当然、舞台上は部員たちのざわめきに包まれる。
たった今まで私はしがない演劇部員Aだったのに。気づけば半径1メートルほど、他人と隔たりができている。
「柏木さんが……まさか……」じゃねえよ、当の柏木さんもビックリだよ。
何が腹立つかって、あの探偵気取りの明智少年の表情。
今でもこっちを指差したまま、恐らく生涯最高のドヤ顔。全身から「そうだろう?」オーラが溢れ出す佇まい。死ね。
さて、この状況をどうしようか。
そもそも明智少年の説明は冗長で、ダルくて、8割聞いていなかった。周りの連中もそうだろう。少なくとも、判りやすい説明ではない。
だって判りやすくて理に適っていれば、「それが実行できたのはたったひとり」とか言った時点で犯人が判るはず。
誰もアンタの理屈がよく判らなかったから、黙ってただけなのに。それをこの小僧は何たるドヤ顔。殴りたい。
あと、周りのヤツらも簡単に信じるなっての。説明聞いてないくせにざわめきだけ一人前か。生来のモブキャラかお前ら。
「どうです? 何か言いたいことはありますか?」明智少年は見たところ中学生くらいなのに、口調がおかしい。芝居がかっててキモい。って演劇部の私が言うのもアレか。
「言いたいことなんていっぱいあるわ!」
「ほう……」
何だ「ほう……」って。どんだけ上から目線なんだか、この坊ちゃんは。
私は、未だ自分に向けられた指に対抗して、明智少年を差し返す。「私じゃない。私はやってない。もう一度アンタの推理を聞かせなさい!」
「仕方ないですね。いいでしょう」
こうして、私の潔白を証明する茶番が始まった。
関係ないけどこの少年絶対モテないよね。
3
「ちょっと待って、その死亡推定時刻はどうやって算出したの?」そう突っ込むと、明智少年の顔色は徐々にかげっていった。
今の今まで自信に満ちていた彼は、視線を逸らす。
「それは……佐々岡女史がそのように……」
――佐々岡さん(っていうか『女史』ってなんだ。言い回しがキモい)。彼女は、偶然にもこの県民ホールに居合わせた医師らしい。自称。
当の本人もこの舞台に集まっている(そもそも明智少年が、はた迷惑なことに私たちを舞台上に集めたのだ)。
見やると、彼女はさも興味なさげに、ミルクティ色のマッシュボブをボリボリと掻いている。ああ、いいな、あの髪形。今度やってみよう。
「佐々岡さんが医師である証拠も今はない。医師だとしても、検死のプロであるとは限らない。その推定時刻は、そんなにも信頼できるものなの?」詰める。責める。攻める。
私が今やるべきは、真犯人探しじゃない。『明智少年の推理は妥当ではない』と周囲に認識させることだ。そのためには、とにかく彼を突き崩さなくては。小姑のように。ネチネチと。
佐々岡さんは気だるい表情で、私に一言付け加えてくれた。「正直、死亡推定時刻に絶対の自信はありません」
「そんなっ! 今さら」明智少年の声色に戸惑いが。
「今さらも何もないっ! 解決する材料が揃っているかどうかも、まだ判らないのに」
「でもぼくの推理によると」
「その『ぼくの推理』が穴だらけだっつってんの。アンタまだ知らないこといっぱいあるクセに調子乗り過ぎなんだよ童貞。童貞!」
「なっ……!」少年は涙目になって絶句した。その肩はしょんぼりと力なく垂れている。
なんだろう。新しい何かに目覚めそうだ私。もうちょっと苛めてみようかな。
「喋り方がキモい。モテないでしょう、それじゃあ。彼女がいたこともないでしょう。ねえ、どうしてか教えてあげようか」
「事件と関係のないことは」少年が口を挟む。だけど弱い。それじゃあ会話の流れは変えられない。
「教えてあげる。今までアンタの周囲に現れた女の子、クラスメイトや通行人や近所の子を全て含めて、みんながみんな、アンタに魅力を感じなかったんだよ。結果、アンタは今でもひとりぼっちなんだ」
「いや、それは違……」
「違わない。世界のどこかにアンタに惚れてて、なおかつ恥ずかしくて言い出せない女の子がいるとでも? いないいない、そんなの。脳ミソお花畑なの? だってアンタ顔も悪いし、推理を聞いてると頭も悪いし、性格もこの数時間でわかるほど悪いしねぇ」
一気にまくしたてると、彼は顔を伏せてガタガタと震えていた。トドメを刺そうか。
「あと、口臭がキツい」
「うああああっ!!!」
言い過ぎた。
青少年が、キレた。
その手には、登山用のナイフが――
刃は私のお腹に突き立てられ――
視界が――
真っ暗に――
4
「お疲れ、美佐子。良かったよー」
舞台からはけると、部員たちが快く迎えてくれた。
「いやあ、さっきの台詞をまくしたてるところ、情感こもってたなあ! もしかして素がああいうキャラなんじゃないか?」
顧問の宮本が、ニヤニヤしながら近寄ってくる。
「そんなことありませんよ。あんまり近づかないで下さい、口臭キツいんで」
「うっ……」言うと、宮本は動きを止めた。
ああ、こう言えば男に効果的なダメージを与えられるのか。良いことを知った。
――と、言うわけで皆さんありがとうございました。演劇部二年生の柏木美佐子です。