第1話 隻腕の奴隷、自由になる
戦争で命は簡単に失われる。顔面に飛び散る血の匂いと突進してくる敵の声。前方からの衝撃が全身に伝わり、今魔法攻撃を受けていることに気づく。左右に迫る敵が剣を振るう。受け止めて体勢を崩すと地面に転がってしまう。
「ま、待て!」
逃げようとする俺に剣を構える敵が睨みつける。敵が剣を一気に突き刺すと腹から血が流れた。悲鳴を上げる俺は上空で光り輝く魔法に気づく。慌てた敵が離れる瞬間、俺は意識を失った。目が覚めるとベッドの上にいた。暗い室内で泣き叫ぶ数人がベッドで暴れている。
「……あれ」
起き上がろうとするも右腕がなかった。残った左手で服をめくると腹に傷はない。魔法で怪我は治されている。
それから数日間、安静にしていると何人かが奴隷として連れて行かれた。どうやら我がムーブル王国はロザリア王国との戦争で敗北したらしい。奴らは労働力が欲しくてムーブル王国の人間を奴隷にしている。怪我を治しても待ち受ける運命は残酷だった。
一か月も経過すると暗い室内には俺と数人しか残されていなかった。後は目が見えない人や脚がない人ばかりで誰も目に光りがない。
「おい、お前。こっちに来るんだ」
どうやら永遠に治療を受けられるわけではないらしい。この建物から追い出されて俺は奴隷商人ところに行くことになった。首に契約魔法をかけると奴隷商人は俺を地下深くに放り込んだ。数日に一回の水と食べ残しで飢えを凌ぐ日々が続く。
「はぁ……お前さ。何が得意なんだよ」
時折奴隷商人が地下から連れ出すと頭を踏みつける。腹を蹴って苦しむ姿を見ながら笑うとナイフで背中を刺した。どれだけ血が出ても多少の傷ならすぐに回復魔法を使えば治ってしまう。
そんな時間を一年以上過ごすと王都に向かうことになる。戦争で獲得したムーブル王国の奴隷はロザリア王国に奉仕する運命にあった。馬車で運ばれて王都に向かう途中で俺に告げられたのは魔物の餌としての役割だった。
「他の男と女は全員売れた。身の回りの世話と憂さ晴らしの為にいるだけのお前とも今日でさよならか」
俺は馬車の扉が開くと崖から落とされてしまう。手を振る奴隷商人が遠ざかる。崖の下から聞こえるのは魔物の鳴き声で目を閉じて体の力を抜く。死を受け入れていると体が浮いていた。
「大丈夫か?」
風魔法で浮きながら見知らぬ男性が剣を構えて立っているを見つめる。周囲は魔物の血で汚れて酷い悪臭だった。
「話せないのか。そうか……奴隷。大変だったな」
奴隷商人から喉を潰されたが、回復魔法をかけてくれなかった。そのことを伝えたかったが喋ることができない。
「俺はリアム・カルロークだ。ロザリア王国の勇者をやっている。よろしく」
オークらしき魔物の肉を与えられながら彼が勝手に自分の話をする。
「酷い国だ。こうして勇者として魔族と戦っているのに俺は同族とは思われない。どうやら俺は混ざりものらしい。詳しく魔法で調べた結局、俺には人族以外の血も入っている。どうりで嫌われるわけだ」
食事中も楽しそうに話をする彼は時折遠くを見つめる。
「俺にも婚約者がいるんだ。昨日今日の話じゃないさ。お互い好きになって随分経つ。勇者として旅をするのは疲れる。体力的には問題ないが一人は……寂しさから誰かといたくなるんだ。そうだ。一緒にフォルムバニア騎士団領に行かないか? そこに俺の婚約者もいる。俺も今更ロザリア王国に帰るわけにもいかない。どうかな?」
俺が頷くと嬉しそうに背中を叩く。
「いつか名前を教えてくれよ」
明日の準備をしていると勇者の顔が険しくなる。剣を磨く手を止めて彼は耳を澄ます。日が沈みかけて魔物の鳴き声が聞こえ始める。
「馬車の音だ」
彼は火を消して崖の上を見ている。魔法を放つ時に見える光りと雄叫びが聞こえると静かになった。勇者は剣を抜いて周囲を警戒しているが魔物の姿は見えない。
「おかしいな」
気になっている様子だが動こうとはしない。不意に勇者が俺の首を見て「契約魔法の模様がない。奴隷商人からは、どんな命令されたのか覚えてる?」と言った。
「え、さ、ま、も、の」
「随分と雑な命令だな。きっと俺の姿は崖の上からだと見えなかったのだろう。こんな命令でも魔物が近くにいれば問題ないと思ったのかもな」
体力もなかったから勇者がいなければ食われていたと思う。
「首の契約魔法が解除されているということは上にいるのは奴隷商人か。契約者が死ぬか、解除するか。それとも魔力を流し込む。正直契約者が死んだほうが手間はかからない……死んだのか?」
勇者の背中に乗せられて崖の上まで一気に跳んだ。そこには大量の魔物が死んでいた。馬車もあったが人間の姿は見えない。馬車の周囲には四足歩行の魔物が見える。歩き回るオークの姿が見えると勇者が剣で一振りする。血を浴びることなく、オークを一掃して勇者が帰ってきた。
「何故馬車は引き返してきた……わざわざ奴隷に魔物を引き寄せて……こいつらは魔法を使えば一瞬だ。脅威じゃないことは誰だってわかる。そうか」
勇者は目を閉じて息を吸うと剣を握りしめる。光り輝く彼の全身から不快ではない異様な匂いがした。腕に力を入れると彼は真上に向かって剣を振るった。衝撃で空間が割れたように感じる。斬撃の後に姿を現したのは漆黒のマントを羽織った女性だった。月夜に照らされていると不思議と恐ろしさは感じない。
「その姿……まさか魔族か?」
「よくわかったな」
「この辺だと有名だからな」
拳を握りしめた魔族が勇者を睨みつける。
「離れろ。巻き込まれるぞ」
俺が距離を取ると魔族はゆっくり地面まで降りていく。
「何故馬車を襲った」
「近くで魔物を狩っていた人族を目撃したので、ちょっと顔を見せたら驚かせてしまった。攻撃されたから魔物に襲わせるようにしたんだ」
「そうか。それについては感謝するよ。こっちにも事情があったからな」
魔族は俺の姿を頭から爪先まで見る。
「こちらとしては少し物流を止めて嫌がらせしたいだけだったが奴隷商人だったか。まったく、人族は相変わらず攻撃的だな」
「まあ、な」
勇者が一瞬で魔族までの距離を詰めると斬撃を放った。逃げる暇もなく全身を刻まれたと思ったが、魔族の手が伸びて勇者の胸を貫いてしまう。血を吐き出す勇者の胸を踏みつける魔族を見て彼は「待ってくれ!」と叫んだ。
「命乞いをしても無駄だ。ロザリア王国の勇者を何度か見てきた。どんなに勇敢な人族でさえいつも最後には命乞いをする。本当に、情けない」
「違う。俺、じゃない」
勇者は俺を指差すと微笑んだ。
「あいつを助けてくれ……そうだった。名前、言ってくれ。大事なことだ、わかるだろ?」
「エ、ス、テ、ラ」
「勇者じゃない。力のない人族のエステラだ。エステラを頼む」
魔族は勇者の胸を踏みつけ叫んだ。
「冗談じゃない! 今人族と魔族で争ってるんだぞ!」
「多分、お前は問答無用で人族を襲う奴じゃない。それに魔族は良い奴が多い気がする」
魔族が呆れて勇者から離れると彼は頭を下げる。ため息をつくと魔族は「グラザル・ヴェルト魔帝国まで連れて行く。私は人族のところには行けない。それでもいいならな。だが、どういう扱いになっても知らんぞ」と言う。
「大丈夫……だ。お前は悪い奴じゃない」
勇者は自分の胸から流れる血を眺めて剣を取る。魔族が警戒して魔法を使おうとするも、勇者が自らの右腕を切断した。
「この腕をエステラに与えてくれ。きっと彼も魔族の血が流れている。しかも、強力な。回復魔法で強引にくっつければいけるはずだ」
「……今なら私が回復魔法でお前を助けてもいいぞ」
「本気か?」
「冗談だ。人族の重要な戦力を削る機会だぞ。やるわけがない。勇者は殺す」
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