-3
「はは、本当に何も聞かされてないみたいだな。…お前がもう少しあの女にとって価値がある人間だったなら赤子との取引にも使えたんだが、別荘に捨て置かれるくらいの価値しかないんだろう?あの女の目の前で殺したとしても引き留めることは出来なさそうだ」
そんなラジェイア公爵の言葉は深くジュールに突き刺さる。彼の言葉は本当にその通りであり、今の自分にディーナを引き留めるだけの価値があるとは思えない。
(それに俺は彼女の計画を台無しにするつもりだから、きっと捨てられたのだろう)
彼女の守ってきた者を壊すようにして、愛人に夢中になった真実を話すことは侯爵家の地位を揺るがすことになる。もしかしたら息子たちに影響するかもしれない。…けれど、だからと言って隠し通すことが正しいとは思えない。
今まで女遊びをして、賭け事をして、悪どい取引に首を突っ込んで…散々、嘘なんて付いてきたはずなのに。侯爵夫人に相応しい夫という立場を今すぐにでも捨て去ってしまいたかった。
ジュールがそうして1人で考え込んでいるときだった、もう一度、シガ―を深く吸い込んだラジェイア公爵は慣れたような手つきで胸元からナイフを取り出す。そうして、ジュールが逃げる間もなく首元にナイフを当ててきた。
「っ…」
「お前も少しは使える奴だと思っていたんだがな」
ナイフの切っ先がジュールの喉元に食い込む。ジュールは痛みを感じるものの…少しの違和感に気付くことになった。
ナイフを持っている彼の手が小さく震えているのだ。
その後、まるで力が抜けるようにしてナイフが公爵の手から滑り落ちていく。首筋に薄く傷をつけた後、ナイフはジュールの服を滑り落ちるようにして馬車の床に落ちていった。車内にはからんとナイフが落ちる音が響く。
「…はは、どいつもこいつも生かしておけば面倒なことばかりだ」
そう話すラジェイア公爵の瞳は不安で大きく揺れ動いていたが、それ以上、ジュールに何かしてくることはなかった。大きくため息を吐いた後、彼はまたシガ―を深く吸い込む。
静かな時間が続く車内で、ジュールもまた首元に鋭い痛みを感じながらも今はただ静かに目的地に着くのを待つのだった。




