「欠陥品は解雇だ」と捨てられた【空間力学】の設計士。実は浮遊石の位相管理者だった。復帰を拒否して最果てで藍染めをしていたら、帝国が重力崩壊し始めた件。気付いてももう遅い。
今回は、緻密な計算と物理法則を武器に、傲慢なエリートたちを見返す設計士の物語をお届けします。
俺に求められている「専門用語による圧倒的な説得力」と「スカッとするざまぁ」を詰め込みました!
「アルス・ヴェーダー。貴公を本日付で帝国設計局から除名する。無能な『計算屋』に支払う予算など、我が局にはないのだよ」
帝都の中枢、黄金執務室。長官のバドラスは、仰々しい封蝋が押された除名書を僕の鼻先に突きつけた。
「……長官、それは看過できません。この浮遊帝国を空に繋ぎ止めているのは魔力ではありません。私の【空間力学】による精密な位相管理です。私が離れれば、地磁気の変動に耐えきれず、帝国は一週間以内に高度を維持できなくなる」
バドラスは太った腹を揺らして嘲笑った。
「ハッ! 位相だの力学だの、非魔法族が使う小難しい言葉は耳障りだ。これからは、選りすぐりの大魔導師たちが『魔力による圧倒的な浮力』でこの国をさらに高く、太陽へと近づける。お前がチマチマと石畳に分度器を当てて回る時代は終わったのだ。去れ、無能が!」
「……分かりました。数式を無視したツケが回っても、私はもう知りませんよ。計算を間違えているのは、私ではなく貴方だ」
僕は最小限の私物だけを手に、その場を去った。
向かう先は、以前から興味があった、特殊な磁場を持つ最果ての地「紺碧の谷」だ。
十日後。僕は帝都の喧騒から遠く離れた、静寂に包まれた「紺碧の谷」にいた。
「ふむ……この地の水はイオン濃度が理想的だ。これなら【色素定着】の分子結合計算に狂いが出ないな」
僕はテラスで、温度計ではなく比重計を片手に、独自の『藍染め』を行っていた。
染料の瓶の中では完璧な化学反応が起き、宇宙の深淵を思わせる「極上の藍」が布を染め上げている。
「素晴らしい。これこそが、僕が辿り着きたかった『存在証明』の解かもしれない」
傍らでは、谷で出会った希少種「極光鳥」が、僕が配合した「高ミネラル結晶」をついばんでいる。こいつの羽の光沢周期も、非常に興味深い力学的な規則性を持っていた。すべてが僕の設計通り、完璧な調和の中にあった。
その時、はるか上空から不気味な震動が伝わってきた。
――ゴゴゴ、メキメキメキッ……。
空が歪むような重低音。それは、僕が去った帝国を支える浮遊石が、魔力の過負荷によって自壊を始めた合図だった。案の定、僕が施していた「エネルギー分散処理」を無視して魔力を注ぎ込んだせいで、空間の弾性限界を超えたのだ。
さらに三日後。紺碧の谷で、三枚目の布を完璧な青に染め上げた僕の前に、ボロボロの飛空艇で現れたのは、鼻水を垂らしながら震えるバドラスだった。
「アルス殿! 頼む、戻ってくれ! 帝国が……帝国が重力崩壊を起こしている! 宮殿は逆さまになり、居住区では重力が三倍になったり消失したりして、パニックだ! 貴公の計算があれば救えるはずだ!」
僕は、藍色に染まった自分の指を見つめ、静かに答えた。
「バドラス長官。おかしなことを言いますね。魔法は『気合い』と『魔力量』でしょう? 優秀な大魔導師たちに任せれば、地磁気の一つや二つ、力押しで捻じ曲げられるのではないですか?」
「あ、あれは私の慢心だった! 魔力を注げば注ぐほど、浮遊石の位相が狂い、現在は北海の上空で帝国が『独楽』のように回転を始めて、誰も真っ直ぐ歩けんのだ! この通りだ、頼む!」
「残念ながら、私の【空間力学】によれば、帝国の構造維持は既に『事象の地平』を超えています。一度位相が逆転した構造体は、外から魔力を足しても、内側の歪みは消えません。それは……人と人の信頼関係も同じです。貴方が私のキャリアを『除名』という形で破壊した時、その設計図は永久に破綻したのです」
僕は、極光鳥の羽を整えながら告げた。
「それに、ここでの生活は有意義です。水の比重、染料の結合率、そしてこの静けさ。すべてが私の設計通りに回っている。混沌の極みである帝国の再建に関わるメリットは……解析の結果、零・零零パーセントです。金で重力が買えるといいですね。さあ、帰ってください。計算の邪魔です」
その後、帝国はゆっくりと高度を下げ、北海の海原へと着水した。
幸い、重力が弱まっていたため落下速度は緩やかで、物理法則が狂いすぎて「海に浮く城」へと変わったが、かつての「浮遊帝国」としての栄華は完全に失われた。バドラスは「国家の基盤を論理的に喪失させた罪」で永久追放となった。
一方、僕は。
最果ての谷で、希少な天体図を直し、谷の村人たちの傾いた水車の軸を【位相計算】で数ミリ修正しては、お礼に極上の染料の原料をもらう日々を過ごしている。
「やっぱり、設計が正しくないとね」
僕が染めた「極上の藍」は、今日も空の色よりも深く、論理的な美しさを湛えて輝いていた。
最後までお読みいただきありがとうございました。
一度狂った位相は、いくら魔力を注いでも戻らない――。
信頼関係も物理法則と同じだという皮肉を込めてみました。
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