感情にまつわる相談
サングラスをかけた男、船井は自宅の玄関扉を開けた。
彼は靴を脱ぎつつ、同行していた探偵を招き入れる。
「どうぞ、入ってください」
「お邪魔します」
弔木葬一郎は会釈して家に入る。
皺だらけのスーツを着た弔木は、どことなく不吉な気配を滲ませていた。
ぼんやりとした目つきで、作り物めいた微笑を浮かべている。
脱いだスニーカーは履き潰されて穴が開いていた。
船井と弔木は家の廊下を進んでいく。
リビングに入ったところで、船井は不安そうに尋ねた。
「ど、どうでしょうか」
「うーん……何かあるような無いような……分かりません」
「困りますよ。霊能探偵と聞いて依頼したんですから」
船井はおどおどした態度で言う。
室内を見回す弔木は、椅子に座って話を切り出した。
「あなたの抱える問題……症状についてもう一度ご説明いただけますかね」
「はい……」
暗い顔の船井はサングラスを外す。
彼は挙動不審な様子で己の悩みを打ち明けた。
「僕には感情が色として見えるんです」
船井はテーブルに置かれた画用紙を手に取る。
彼は何枚かめくって弔木に見せた。
そこには抽象画のようなイラストがクレヨンで描かれている。
「これは会った人の色を記録したものです。見える色に何か規則性があるんじゃないかと思って」
「規則性は見つかりましたか?」
「たぶん感情の種類です。赤は怒り、青は悲しみ、緑はリラックス、黄色は焦りとか緊張で……」
「なるほど。ちなみに私は何色ですかね」
弔木は興味深そうに問う。
船井はテーブルに置かれたクレヨンを握り、弔木と画用紙を交互に見ながら描き始めた。
数分後、彼は完成した絵を見せる。
人型の輪郭を中心に、灰色と白のオーラがぼんやりと描かれていた。
船井は自信なさげに解説する。
「無色透明……いや、少し濁ってますね。こんな色、初めて見ました。感情が薄いのかも」
「そうですか」
弔木は微笑を湛えたまま頷く。
続けて彼は質問をした。
「ところで船井さん。あなたは鼻が良いですか?」
「ええ、まあ……昔から匂いに敏感でした。実家でも、扉を開ける前にその日の夕食を当てられたくらいで……どうして僕の鼻が良いと?」
驚く船井に対し、弔木は流暢な口ぶりで語り出した。
「共感覚という言葉があります。一つの刺激に対し、複数の感覚器官が反応することです」
「一つの刺激で複数……」
「船井さんの場合、相手の発するフェロモンから感情を嗅ぎ取り、それを視覚情報として出力しているのでしょう。感情由来の匂いを色に変換しているわけですね」
弔木の説明を聞いた船井は、途端に安堵した。
彼は脱力して大きく息を吐く。
これまで抱えていた不安が消え去って笑みを浮かべていた。
「つまり匂いに色が付いただけなんですね。ああ、よかったです! 変な現象のせいでずっと不安だったんですよ」
「変な現象?」
「この家、誰もいないのに色が見えるんです。きっと何かの匂いを、僕が色として認識しているだけですね。恐怖心が形を歪めているんでしょう」
船井はリビングやキッチンを見ながら画用紙にクレヨンを走らせる。
一心不乱なその姿に、弔木は目を細めて声をかけた。
「……船井さん」
「いやぁ、勘違いとか思い込みって怖いですね。ちなみに今はこんな感じです」
船井は完成した絵を自信満々に披露する。
画用紙の中では、無数の極彩色の人間が踊り狂っていた。




