04
徒歩で向かうことになったのは一見、普通の一軒家だ。
表札には『合沢』と書かれており、前と後ろにカゴの付いた自転車、所謂ママチャリが一台置かれていた。
詩乃はためらいもなく、その家のチャイムを鳴らした。
「すみませーん。お電話した詩乃です」
「ちょっ良いんですか?」
どう見てもコンカフェを予約する家には見えない。いや、むしろ奥方というのはこういうのが息抜きに……?
扉が開くと、三十代前半くらいの女性が出てきた。
紺色のエプロンを付け、化粧っけはない。
皺の多い顔にはどこか疲れているような雰囲気があった。毛糸のセーターは糸がほつれていて、それが余計に焦燥感を醸し出していた。
「どうぞ、お入り下さい」
彼女は近所の目を気にするように左右を見て、そっと玄関の扉を開けた。
室内まで、どこにでもある家庭だ。私たちが通されたのはダイニングキッチン。キッチンに隣接するように置かれたテーブルに腰かけた。
庭に面した窓際にはソファとテレビが置かれていた。
壁にはコルクボードが飾られていて、入学写真だろうか、警察官の男性と、制服姿に身を包んだ少年が小学校の校門前で写真を撮っていた。
「すみません。わざわざ来ていただいて……」
自家製だろうか。ポッドから注いだ麦茶の入ったガラスのコップが置かれ、女性は詩乃の前に座った。
「いえ、それでお子さんは……」
「自室に籠っております……その、息子は治るのでしょうか」
深刻そうな母親の表情と声は、決して演技には思えなかった。
もしかして、コンカフェじゃない? 出張診療。文字通りの意味だったのか……。
ということは、異能というのも、本気なのか?
「それは一度診てみなければ何とも……」
「お子さんの部屋はどちらに?」
「こちらです」
階段を上った先、部屋にはローマ字でITOYAと書かれた掛札が下がっていた。
「こんにちは、糸谷くん。今ちょっといいかな?」
扉をノックし、優しい声色で話しかけた詩乃。
しばらくして、中でがさがさと動く物音が聞こえてきた。
「お前、何者だ」
低く、唸るような声だった。人を警戒する大型犬のような声。
「僕は詩乃。ちょっとだけ、部屋から出てお話できないかな?」
「お前も敵か?」
「ううん。違うよ、味方さ。決して危害は加えないよ」
「嘘をつくな!」
中からなにか、木製のものが砕ける音が響く。決して小さくはない。壁でも突き破ったのかと疑うほどの音だった。
「嘘じゃないよ。大丈夫」
「そうやってごまかして、組織に連れて行くんだろ! お母さんまで洗脳して……許さない!」
詩乃は徹底してゆっくりと易しい声色で話すが、扉の奥の少年は警戒を緩めない。
組織か。ある種この人の言動を知ってしまった身としては、組織というのも、あながちあり得る話な気がしてきたが……中の少年は一体何をそんなに恐れて?
反抗期と中二病の合体? それとも、私の気づいていない何かが?
「……仕方ありません。一度一階に降りて作戦会議としましょうか」
詩乃が扉から離れたその時だった。
「僕は組織になんて行かないぞ!」
ミシミシと音を鳴らしたかと思えば、中から少年が扉を突き破って出てきた。




