03
「おいしい――」
思わず口を出てしまった。鼻を抜ける芳醇な豆の香り。苦みの中に確かにあるコーヒー特有のうまみ。
インスタント特有の酸っぱさやえぐみのようなものが一切感じられなかった。
「臆利君はこの良さを分かってくれるか! いやぁ、他のみんなはこれを分かってくれなくてね」
ほかのみんな? オフィスに他に人が居る気配はない。
「あぁ、今日はみんな出払っちゃててね。せっかくの初日なのにごめんね」
私が周囲を見回してたことに気づいた詩乃。
若干トーンの落ちた声だったが、次の一言ではもう既に元の調子に戻っていた。
「さて! 正式に臆利君が僕らの仲間になったわけだし、このクリニックについて、教えるね」
「はい」
オリエンテーションのようなものか。そう気楽に構えていた私だったが、すぐにその認識を改めることとなった。
「ここは異能を患った患者さんを対象に治療をするんだ。そこで臆利くんには僕の助手をしてもらおうと思うんだ」
異能なんて聞いたこと無かった。ここは、そういう設定のコンカフェでもやっているのか? コーヒーも美味しいし。
「異能ってなんですか?」
「異能は簡単に言えば、不思議な力かな。世の理から外れた力を、総称して異能って、私たちは呼んでるんだ」
「そうなんですね」
なるほど、そういう設定か。中々奇抜だ。
いや、今はこういうのが流行っているのか?
そもそも、私はコンカフェなど行ったこと無かった。
流行り廃り以前に、その平均値を知らない。
まぁもうこの際、変なコンカフェでもいい。ただ接客は嫌だな。
「で、私の仕事は? 助手と言っても、なにやるんです?」
「私が患者さんと面談する際に、その会話を記録したり、患者さんがいないときは、資料整理したり……」
「はぁ」
要するに、雑用か。接客ではなさそうだ。
「あ、コーヒーは私が淹れるからね」
「はぁ」
「とりあえず今日は初日だし、患者さんに今から会いに行くけど、後ろで聞いてるだけでいいからね」
「え? 会いに行くんですか?」
出張式カフェ……?
「うん。私たちの診療は基本直接出向くことが主だよ。患者さんの中には自分の異能に気づいていない人が多いからね」
どこまでもコンセプトに忠実だ。これがプロ意識か。
「分かりました。要するに宣伝ですね。ティッシュとか、配ります?」
「……なんか、勘違いしてそうだけど――まぁ、いいや。直接見るのが一番だよね」
私は、そうして詩乃に付いて、患者の元へと向かうことになった。




