02
むき出しのコンクリ。一階にはいつのものか分からない住宅情報が貼られたガラス張りの不動産。
三階にあるジムの看板は、蛍光灯が切れているのか、薄暗くなっていた。
二階の窓ガラスには、日差しで黄色くなった紙に『詩乃メンタルクリニック』とゴシック体でデカデカと書かれていた。
「あそこかぁ……」
もう嫌な予感しかしない。どう見たって怪しい。怪しいがそこに建っているようなものだ。
二階に行くには、建物横に取り付けられた階段を使うしかなさそうだ。鉄筋が壁に直接打設された雑な設計。階段同士の隙間も広く、黒の塗装はほとんど剥げて、錆びた層が見えていた。
軋む階段を上ると、ステンレスだろうか、チープな素材の扉。すりガラスが使われていて、中を覗くことはできない。
私は意を決して扉を数回叩いた。
「どうぞ~」
中から若い男の声で返事が聞こえた。
「失礼します」
こげ茶色の床材。壁も同様の色で、外装に反して暖かくてシックな雰囲気。壁には本棚と、ファイルの詰まった棚が置いてあった。
窓際には大富豪の書斎にあるような机と椅子が置かれていた。
「いらっしゃい。待っていたよ」
そんな椅子に座っていたのは、茶色いコートに身を包んだ男。室内だというのに頭にはベレー帽を被っており、なんとも憎たらしい顔で西洋映画でしか見ないパイプを吸っていた。
「私は詩乃響也。臆利病くん。だよね」
詩乃と名乗ったその胡散臭い男は、パイプを机に置き手を差し出してきた。
「これからよろしく頼むよ」
「えっと、面接は」
「あぁ。合格だよ。というか臆利くんしか呼んでないからね」
なんとも、なんともあっさりと合格してしまった。これまでいくらやっても受からなかったが、こんな簡単だと逆に不信だ。
……かと言って、ちょっと怪しいからって選り好みできる立場ではない。
「……よろしく、お願いします」
私はしぶしぶ詩乃の手を取った。
私が手を取ると、分かりやすいくらい喜んで、手をぶんぶんと振られた。
「うん! よろしく頼むよ! そうだ、コーヒー飲む?」
給湯室代わりだろうか、オフィスの端にある机の上に置かれた給水ポッドでお湯を沸かし始めた。
机の下に取り付けられた棚からどんどんと、名前も知らない道具が出てきた。近所にある喫茶店のオーナーがあれでコーヒーを淹れていた。
こういうのは普通、インスタントじゃないのだろうか。
彼なりのこだわりがあるのか、素早く慣れた手つきで淹れられたそれは香りも良く、おおよそオフィスで軽く出されたものには思えなかった。




