01
嘘つきが嫌いだ。
私はもう何度目になるかも分からないお祈りメールをスマホから消した。
未経験でも、だれでも。あんなもの全てゴミだ。
毎回、面接までは行くのにその先が無い。面接のたびに暴言を吐かれる。
やれ、やる気はないのか、なめているのか。もう面接官の罵倒はうんざりだった。
化粧のため鏡の前に座る。
こんなとき、ふと自身の容姿がもっと別のものだったらと考える。
肩上で揃えられた黒髪に、吊り上がった目のしたには隈が出来ていた。おおよそ男受けする顔立ちではない。
今日、受ける会社を最後にしよう。
ここを落ちたらもう親のすねでも齧って生きていこう。私はそう思って昨晩届いたメールを開いた。
会社の名前は詩乃メンタルクリニック。いつ応募したのかも分からないが、給料は良いし家からもそう遠くない。
条件としては十分だ。面接は午後。私は化粧を終えると部屋着から黒のパーカーに着替えた。紺色のジーパンに黒いマスクをつければ完成だ。
肩に黒い鞄をかけて家を出た。
全身不審なまでに真っ黒だ。黒は好きだ。黒色は私を守ってくれる気がするから。
夏は暑さが酷いが今は春先、こんな服装でもしんどくはない。まぁ、夏になったからといって服装が変わるわけではないのだが。
面接に行くときは、いつも余裕を持って家を出ていた。
家の前にある十字路には横断歩道がある。ボタン式の音が鳴るタイプの信号のある横断歩道だ。
私はそこをあえて通らずに遠回りして向かう。道中に置かれた自販機でコーヒーを買い、一気に飲み干して回収ボックスに放り込む。
どこかに出かけるときのルーティーンだ。これをしないと一日調子が出ない気がするのだ。
春先の昼時は、のどかな日差しを服が吸って、全身が布団に包まれたような感覚になる。
こう暖かいと、歩いているのに眠たくなってくる。私は若干うとうとしながら歩いていると、全身を衝撃が襲った。
「いたっ! ちょっと!」
眠気が一瞬で覚める。前から男がぶつかってきたのだ。だぼだぼで毛のほつれた寝間着には血が付いていた。
一言言ってやろうと振り返るも、男は私に一瞥もくれることなく、止まることもせずに走って行ってしまった。
その鬼気迫る様相は、まるで何かとても恐ろしいものから逃げ出しているようで、私は自身の向かう先に目線をやった。
普通の住宅街だ。庭先に置かれた木の柵から藤の花が外へとその領土を広げようと這い出してるくらいで、脅威は存在しない。
そこから面接会場まで歩いても、特にこれといった危険はなかった。
変な人にぶつかっただけ。私はそう結論付け目の前に立つマンションを見上げた。




