第37話 娘に伝えたい
「お久しぶりです」
「…元気してたか?」
ぎこちない挨拶での再会。
修羅場になることも少しばかり想像はしていたが、お互いに歳を重ねて丸くなったのか、ピリピリとした空気感ではないことは伝わってくる。
「そうか、2人の差し金か」
2人同時に俺たちを見つめた。
ノアはしてやったりの表情だ。
「あのときは…その…悪かったな」
「もう気にしてませんから」
「お前には苦労をかけたな」
「その苦労があって今があると思ってます」
俺たちは少し離れたところで2人の様子を見守ることにした。
「会社のことは噂では聞いてる。ノアからも」
「ここは始めて長いのですか?」
「お前の元を離れてから仕事を辞めて、職人さんに弟子入して修行した。それから何年か経ってこの教室を始めたからまだ数年ってところだな」
「ノアが急に陶芸教室に通うと言い出したから、何故なんだろうとは思っていましたが、あなたがいたからなんですね」
「ノアに再会したのは偶然なんだ。俺が誘ったわけじゃない。これは本当だ」
「まぁ、それがあったからこそ、今私がここにいるわけなんですけどね」
「そうだな…」
「さすがにお互い歳をとりましたね」
「俺はまぁ、年相応だと思うが、お前は…体の方は大丈夫なのか?」
「その感じだといろいろと聞いてる様子ですね」
「ルナのことも聞いてる。そして、もう一人の娘のことについても」
「あまり気にしないでください。元をただせば私が悪いことなんですから」
「いや、俺にも責任があることだから。俺に出来ることは何かないのか?」
「そうですね…」
麦さんは言葉に詰まった。
具体的な解決策がないからだ。
ここで俺は2人の会話に割って入った。
「先生、アヤさんに会ってもらえますか?」
「やはりそうするしかないですよね。しかし彼女は私を親だと分かってくれるでしょうか?」
「それについては俺にアイデアがあります」
「何何?どういうこと?」
ノアも会話に入ってきた。
ノアはアヤさんが先生の娘であることは現時点では知らない。
ノアにも協力してもらう必要があるので、今この場で話す必要がある。
「ノア実はね…」
俺が話そうとした瞬間に麦さんが制して口を開いた。
俺の口から話すより親である麦さんから話してもらうほうがこちらとしても都合がよい。
俺は彼女に任せることにした。
「家で働いているアヤさんいるでしょ?彼女はね、お父さんの娘でもあるの」
「え?どういうこと?」
「お父さんとお母さんが出会う前にね、お父さんには彼女がいたの。お母さんはお父さんのことが好きになったからその彼女からお父さんを奪ったの。あとから分かったことなんだけど、その彼女には子供が出来ていて、その子はお父さんの子供でもあるの。つまりその子がアヤさんなのよ」
中学生のノアにとってはショッキングな出来事だろう。
ようやく実の母親と父親が再会したのにその父親には母親とは別の女性との間に子供がいて、しかもその子供は家の使用人として長年勤めている佐藤アヤだったからだ。
全くもって理解不能だと思う。
頭の中が整理できない表情だ。
「てことは、隠し子ってことなの?」
「世間的にはそうなるけど、今回の場合だと何ていうか複雑だよね」
親父の二股交際が招いた結果だろうと口から出そうになったが、ショッキングに追い打ちをかけることになるので濁しておいた。
「それはみんな知ってることなの?」
「今ここにいる全員とアヤさんだけ知ってる」
「佐藤さんはそれを知っててウチで働き始めたの?」
「本人から聞いたけど、家で働くことを勧めたのはルナかららしい。つまりアヤさん自身は宮尾家とは関係を持ちたいとは思ってなかったみたい」
「じゃあ、何でルナは?もしかしてルナがしばらく家に帰ってこないことと関係してるの?」
さすがに勘が良い。
こうなったら全て話すしかない。
すると再び麦さんが俺を制して口を開いた。
「実はね、ノアにはまだ話してない秘密があって、もう少し大人になってから話そうと思ってたんだけど、落ち着いて聞いてくれる?」
「その前に俺の口から先に言わせてくれ。ノア、お父さんが家族から離れた理由はこの秘密が関係してるんだ。今となってはとても愚かなことをしたと思っているが、当時の俺にとってはとてもショッキングなことだったんだ」
「そんなビックリすることなの?」
「口で言うより見てもらうほうが分かりやすいわね」
麦さんがそう言うと、先生と俺は部屋の戸締まりとカーテンを全て閉めた。
麦さんは瞬く間に猫へと姿を変えた。
そして、再び人間の姿へと戻った。
「これで分かったでしょ?」
ノアは言葉を失った。
タネも仕掛けもないことも理解したようだ。
自分のほっぺたをギュッとつまんだ。
それが夢ではないと確認した。
「どっちが本当のお母さんなの?」
震えながら精いっぱい出した言葉だ。
「どっちも本当だけど、元々のお母さんは猫で、お父さんを好きになってから毎日毎日お祈りしてたら神様がね、願いを叶えてくれたの」
「とってもステキなお願いだね」
彼女は笑ってそう言った。
この一瞬で全てを受け入れたかのようにも見える。
俺が親なら今すぐ強く抱きしめてあげたいと思った。
「てことは、私も猫に変身できるの?」
「私の血を受け継いでるならその可能性はあるけど、今はまだその兆候がないから何とも言えない」
「もしかして、ルナは猫に変身して人間に戻れなくなってるとか?」
どんだけ勘がいいんだこの子は?
「ハハハ、そういうことなんだよね」
「元に戻る魔法の呪文忘れたんじゃないの?」
「私も詳しく説明できないんだけど、魔法じゃないのよ」
「でも、お父さんは何で離婚したの?猫嫌いだった?」
「えっ?!嫌いとかそういうのじゃなくて、人間が突然猫になったら、そのビックリするでしょ?」
「確かにビックリするけど、そんなに気にすることでもないと思うけどなぁ」
このあたりの感覚が現代っ子なのだろうか?
話を進めやすいという点では助かるのだが。
変身できるのをカッコいいと思ってるようだ。
「脱線しましたが、俺の考えですけど、アヤさんから聞いた昔話のシーンを再現したいと思ってるんです」
「昔話って?」
「中川家とアヤさんが初めて会った運動会のシーンです。それをここで再現したいと思ってます」
「ここで運動会をやるってことではないですよね?」
「運動会は無理なので、陶芸です。まずは、アヤさんを陶芸教室に誘い、そこではノアと麦さんにスタンバってもらって今日のように作業してもらいます。3人が作品を作り終えたところで先生が登場してアヤさんの作品を褒める、こんな感じでいこうかと」
「なるほど、昔と同じようなシチュエーションなら記憶が蘇るかもですね」
「そうなったら先生に説得をお願いしたいのです」
「分かりました。やってみます」
「てことはいつもより下手に作らなきゃならないよね。佐藤さんが上手いとも限らないし」
「そこは、当日次第だな。任せるよ」
「ところで、お母さんはお父さんのことずっと気づかなかったけど、そんなに昔と変わってた?」
「いえ、見た目はそんなに変わってないかしら」
確かに先生が近づくまでまるで気づいてなかった様子だった。
見た目が大きく変わってないなら尚更だ。
「今日のところはこれで失礼しますね」
麦さんは立ち上がって歩き出すと机にぶつかってしまった。
カーテンを閉めたから部屋が薄暗くなっていたのだ。
その時初めて気づいた。
彼女は目を悪くしているのだと。
先生が近づいてようやく存在に気づいたのは匂いで分かったんだと。




