第35話 あんみつ×2
陶芸教室から帰る途中で携帯が鳴った。
電話の相手は麦さんだった。
外で会って話がしたいと言われたので、待ち合わせに指定された場所に車を走らせた。
ここか。
着いたのは人里離れた村だった。
この近くの古民家カフェで待っていると連絡あったが、ああここだ。
「いらっしゃいませ」
「あの、連れが先に来てるはずなんですが」
「お連れさまでしたらお2階にいらっしゃいますよ。どうぞこちらへ」
「失礼します」
俺は2階へと案内された。
窓際の席で麦さんはあんみつらしきものを食している。
「待ってましたよ。小谷さんの分のあんみつも頼んでおきましたから」
俺は甘い物が大好きだ。
数ヶ月一緒にいるから俺の好みも知っていてくれたのだろうか?
「あの改まってお話って何ですか?」
「そう固くならずに」
呼び出された側だが俺の方から質問を投げかけた。
「改めて聞きますけど、俺を結婚相手として迎え入れた本当の理由は何ですか?あなたの寿命も関係してるのでは?」
「理由…ですか…」
麦さんは言葉を選ぶように語り始めた。
「あなたの前にも何人か結婚相手として連れてきましたが、猫化の事実を受け入れられない人ばかりで、残念ながらお引き取り願いました。そこで、佐藤に任せて選ばれたのがあなただったのです」
「佐藤さんに飼い猫の相手を選ばせており、その実績を買って人間の結婚相手も選ばせたのは間違いじゃないんですね?」
「冗談に聞こえますが、それは本当です。私は人を見る目がなかったのかもしれません」
それはどっちの意味で言ってるのだろうか?
今となっては両方の意味にとれるが。
「ここまで3人の娘を上手く手懐けてくださり、今回の件についても親身になってくれてありがとうございます」
麦さんは立ち上がって俺に頭を下げた。
深く長く頭を下げた。
「何れは私の跡をルナに引き継がせるつもりでしたが、彼女は少々性格に難があるので、子供たち3人が協力しあってこの会社を盛り立ててほしいと願ってました。しかし、娘3人が猫化すると知って、結婚相手となってくれる人などそう簡単には見つからないはずです。秘密を口外する人も中には出てくるかも知れません。そうなったら会社の評判にも影響し、上手くいかなくなる可能性が出てきます。そこで、そうなった場合に被害を最小限に食い止めるべく、旦那1人に対して嫁3人という対策を講じたのです」
この考えを最初聞いたときはトチ狂ってると思ったりしたもんだが、猫化する事実を知った今となると、理に適ってはいないが、それでもOKと言う男も出てくるだろう。
何せ娘たち3人ともビジュアルはとても良いから、割り切って生活することは可能だ。
ゲスな考えだが俺はそういう思考の持ち主だ。
「幸いというか、娘たちは私に似ててとても美人ですし、猫化すると分かってても普段の生活は人間メインで日常生活には何の支障がありません。数撃ちゃ当たるではありませんが、質より、いや、質も量も兼ね備えている娘3人とならきっと添い遂げてくれる人がいると思いました」
俺の心を見透かしたような、いや、猫化する事実を知った男ならみんな同じだろう。
「小谷さん、あなたがそうあってくれれば私はこの上ない幸せです」
ここまで言われて今更逃げ出すことなんて出来ない。
俺は必要とされている。
何とかこの家族を幸せにしたい。
しかし、俺には疑問に思っていることがあったので、この機会に聞いてみた。
「ルナが佐藤さんを使用人として雇いたいと申し出たとき、すんなりOKしたのですか?」
「ええ。ルナが連れてきた人なので信用はしていました。実際仕事はよくやってくれています」
「本当にそれだけですか?」
「どういうことですか?」
「何か隠してませんか?」
俺は真っ直ぐに彼女の目をずっと見つめて問い詰めた。
彼女も俺の目を真っ直ぐ見つめたが根負けした様子で少し笑った。
「どうやら話す必要があるようですね。そうです、彼女のことは知っていました。あの日会った少女が成長した姿だと。あの人が昔お付き合いしていた女性と同じニオイがしましたから」
「それを分かってて彼女を迎え入れたということですか?」
「ええ」
「それは結果的に彼女から旦那さんを奪ったことに対する罪の意識があってのことですか?」
「それもあるかもしれません。ルナから彼女の母親が亡くなったことも聞かされて天涯孤独だということも知りました。昔の私も同じように天涯孤独でしたが、彼と彼女は私を迎え入れてくれました。私はそれに応えられずに逃げ出してしまいましたが…。今となってはあのとき私が逃げ出さなくて猫として生きていれば、このような不幸は訪れてなかったと思います」
「ですが、今の彼女がやっていることは許されることではないですよね?ルナはあなたがお腹を痛めて産んだ子供なんですよ」
「もちろんそうですが、私も過去に同じような過ちを犯しているので、彼女の気持ちも解るのです…」
麦さんはポケットからハンカチを取り出して目を拭った。
「きっと解決方法が見つかりますから」
俺にはこの時点で明確な打開策はなかったのだが、こう言うしかなかった。
そして、彼女にはもう一つ聞きたいことがあった。
元旦那である中川先生の存在だ。
彼が麦さんの元から去ってから、彼の消息について知ってることがあるのだろうか?
「別れた旦那さんのその後について何か知ってることはあるのですか?」
「いえ。彼が居なくなってからはとにかく娘たち3人を食べさせることに必死だったので、働いて働いて働いてひたすら働く日々でした。今どこで何をしてるのでしょうね?」
やはりこの問題を解決するには彼女を中川先生に会わせる必要がある。
「あの、会ってもらいたい人がいるのですが、近いうちにお時間をとれますか?」
「私にですか?時間ならとれますけど」
「俺がセッティングするのでまた連絡します」
「分かりました。お待ちしてます」
ひょっとしたら勘付かれたかもしれないが、もう決めた!
彼女と中川先生を合わせる。
それしか方法がない!




