第32話 佐藤アヤの過去③
佐藤さんの衝撃の告白に俺は言葉を失った。
というか、あれやこれやの事実のオンパレードで頭の中が整理できないでいた。
ちょっと待ってくれ、整理させてくれ。
①佐藤アヤはシングルマザーの子供
②佐藤アヤは幼少期に中川家と会っている
③その時の中川家の妻は麦さんで娘が2人いる
④中川先生は佐藤アヤの父親の可能性あり
⑤中学生のときに佐藤アヤとルナが再会
⑥中川家は両親が離婚してルナの性格が急変
⑦佐藤アヤにアイドルになることを勧めたのはルナ
⑧佐藤アヤのアイドル活動を潰したのはルナ
⑨佐藤アヤはルナに拾われる形で宮尾家で働くことに
⑩ルナが大学生のときに佐藤アヤと関係を持つ
⑪関係の中でルナが猫に変身できることも知る
整理したら11個もあった。
そりゃ混乱するわ。
佐藤さんは俺が次の言葉を発するのを待ち構えているようだ。
聞きたいことは山ほどあるのだが、まずはこれだ。
「あなたの父親が麦さんの旦那さん、いや、元旦那であるというのは本当なのですか?」
「母の写真に写っていた人物と同一人物であることは確かだし、時期的に間違いないと思います」
「ということは、ほぼ同時期に2人の女性と関係を持って2人とも妊娠していたことになりますけど」
「そうなりますね。本当ゲスの極みです。子供の頃はそんなこと微塵も思いませんでしたが」
「父親のことは許してないと?」
「当時どのような形で母と別れたのか私は知らないですが、母はとても苦労してました。私はそんな母の背中を見て育ってきました。今の私があるのは母のおかげです。ルナの家が離婚したと聞いたときは父の行方も気になりましたが、2人の女性を悲しませた事実があるので、次第に父の存在は忘れるようになりました。きっと母も天国で呆れてると思います」
どうやら現在の中川先生のことは知らないようだ。
ノアが通う陶芸教室へは俺が迎えに行ってるし、家族の誰もが陶芸教室の先生として働いていると知るものはいない。
知っているのはノアと俺だけ。
話の流れを遮る恐れがあるので今は黙っておこう。
「中学でルナと出会ったのは偶然ですか?」
「まったくの偶然です。転校を希望したのは私ではないし、小学生でルナと出会って以降は彼女とは関わりがなかったので。彼女は私のことは忘れていたようですが、初めて会ったときから目立ってましたから一目見て彼女だと分かりました。父親とのことがありましたが、私は純粋に彼女と友達になりたいと思いました」
「離婚後にルナの性格が変わったことについては?」
「性格が変わったというよりは私に対してだけですね。他の友達に対してはいつも通りでしたから。ひょっとしたら私が父の腹違いの子供だと知られたのでは?離婚の原因は私の存在なのでは?とも思ったりしましたが、その辺は定かではありません。ルナ本人にも問いただしたことはありません」
ルナはさっきから佐藤さんのそばにいるのだが、俺たちの話を聞いてないのか?
「あ、不思議に思ってるようですが、猫の姿になると人間の言葉が分からなくなるようです。私たちの会話も理解できてません」
大胆なことをすると思ったらそういうことか。どの程度猫化について理解しているのだろうか?
「結局のところ、佐藤さん、あなたは何がしたいのですか?」
「改めて言うまでもないと思いますけど、父を奪って母を悲しませた宮尾麦への復讐です。ルナの弱みを握ったので、彼女は私なしでは生きていけない。麦さんは私に危害を加えることは出来ない。小谷さんが麦さんに認められてこの家の使用人として、そして娘たちの夫となる日が来れば、私はルナと共にこの家を出ます。言うなればルナは退職金替わりです。父を奪った悲しみ、そして苦しんだ母親の辛さを存分に味あわせてやります」
アタマのネジが数本飛んでるとしか言いようがない。かなりイカれてる。
「そんなこと家族が許すと思ってるのですか?」
「許すも何も私は今すぐにこの家から出ていくとは言ってません。小谷さん、あなたが使用人として夫として認められなければこの家に留まります。そうすれば家族がバラバラにならずに済みます。しかし、ニコネコカンパニーを継ぐものがいなくなるので、そのうち会社は無くなって、ゆくゆくはこんな家に住めなくなるでしょう。そうなったら会社と共に家族も自然消滅です」
そう、麦さんが俺に課した結婚相手の条件は娘たち3人に気に入られることだ。
ルナは猫の姿のままなので俺との結婚どころか会話すら出来ない。
麦さんの跡継ぎと見られていたルナがこの状態では麦さんが社長業を続けるしかない。
しかし、麦さんの寿命はそれほど長くない。
このままでは会社は存続の危機を迎える。
それを知ってのことなのか?
「というわけなので、これまで通り使用人のお仕事は続けさせていただきますし、小谷さんへの指導も引き続き行わせていただきます」
「この状況でこれまで通りみんなと一緒に生活出来ると思ってるのですか?」
「それはあなたたち次第ですよ。私たちはいつも通りなので」
佐藤さんはそう言い残すと足早でその場から去っていった。
そしていつものように夕飯の時間。
麦さん、モカ、ノア、佐藤さん、そして俺。
ルナを除いたいつもの面々が食卓に顔を揃えた。
麦さんは事の詳細は知っているだろう。
モカも口には出さないが雰囲気で察してる様子だ。
何も知らないのはノアだけ。
誰もルナのことについて触れない。
異様な空気の中、いつも通りの時間が淡々と過ぎる。
食事を終えると各々が順々に部屋に戻っていった。
部屋には俺と佐藤さんの2人きり。
「よく普通に食事できますね」
「さっきあんなことがあったのに、とでも言いたい口ぶりですね」
「そりゃそう思うでしょ」
「腹が減っては戦はできぬと言いますし、言うなれば私も被害者なんですよ」
「何とか考えを改めてもらえませんか?」
「私は別に犯罪を犯してるわけではありません。ルナだってちゃんと生きてます。人間に戻るかどうかは彼女の意思次第ですし」
「それはあなたが動画を撮影して拡散したから」
「あのような動画など人々の記憶に残るのは僅かな時間ですよ。何年も何年も何度も何度も観てる人などいないでしょう」
「でも、あなたはルナの性格を知ってますよね?」
「それはルナ次第です。それを克服できれば解決するだけ。私からは以上です。あとよろしくお願いしますね」
彼女は後片付けを俺に任せて部屋に戻っていった。
使われないまま食器棚に残っているルナの茶碗を横目に俺は洗い物を終わらせた。
やり場のない怒りだけが募る。




