明日、世界が終わるんだって。
「明日、世界が終わるんだって」
目の前の彼女が言った。
「は?」
俺の間の抜けた声に、白髪をショートボブにした少女はその小さな肩をすくめて。
「だから、明日世界が終わるんだって!」
狭い部室に声を響かせた。
——二人だけの文芸部。元々四人しかいないギリギリで部活の体を保っているこの部活の、二人いる上級生が二人共休んだ日。
「……セカイ系のラノベか?」
「違うよ」
「ハルヒか? それともエヴァ? もしかしてイリヤの——」
「違うってば」
ぷうっと頬を膨らました彼女に、僕は「じゃあ何の影響だ?」と尋ねると、「何の影響でもないもん」とすねた口ぶりで言う。かわいい。それはいいとしてだ。
「じゃあなんでだ?」
尋ねなおすと、彼女は言った。
「最近SNSでよく言われてるじゃん。世界滅亡の予言」
「ノストラダムスの大予言のことか?」
「四半世紀前のことじゃなくて、現在進行形」
「まじ?」
「まじ」
そう言って、彼女は大真面目にスマホの画面を突きつけてきた。
どうやら、今年の七月に何らかの大災害で日本が滅ぶとかいう予言の本が出てたらしい。
ちなみに現在七月四日。予言の日まであと一日。
「ほんとだ」
「でしょ」
「どうせデマだけど」
「うそだー」
「ノストラダムスだって外してただろ?」
外れてなければ、現在高校生の俺たちが生まれているはずがない。
「うっ」
彼女は痛がる素振りを見せ。
「でもでもっ! ノストラダムスは曖昧じゃん」
反論するが。
「ベルリンの壁とか予言してたらしいけどな」
「そう! この人もあの震災を予言してたって——」
「どうせまぐれだ。あるいは後出しか」
「えー」
唇を尖らせた彼女に、俺はため息をついた。
「……まあ、そういうオカルトというか、ムーに載ってそうな与太話、俺も好きっちゃ好きだし」
「与太じゃないもん」
「ああ、そう」
まあ、俺は信じないけど。
伸びをして、息を吐く俺。それを睨む彼女に、俺は告げた。
「どうせ、実際はそんな大それたことなんて起こりやしないさ。——平凡な日常は、これから先も続いていく」
実際、俺たちが生まれた頃の大震災だって、あのパンデミックだって——結局は、俺たちの日常を変えやしなかった。
ほんの少しの傷跡だけ残して——俺たちはその傷跡さえ呑み込んで、新しい普通の日常を享受するだけなのだ。
「それってロマンがないじゃん」
「現実なんてそんなもんさ」
俺は帰ろうとバッグを持ち上げて——「げ、雨だ」ザアザア降りの窓の外に、顔をしかめた。
「延岡くん」
少女の呼びかけに、俺は「なんだ、都城」と返し。
「その呼び方、かわいくない」
「……みや。なんだ」
呼び方を改めると、彼女は少し口角を上げて、告げた。
「明日——世界が終わる日に、一緒に買い物とかどうかな」
*
七月五日。十二時少し前。駅前にて。
汗を手で拭いながら、俺はスマホを見ていた。
《もうすぐつくよ》
《おっけ、中央改札で待ってる》
そんなやりとりの少し後。——正午……から二分くらい経った頃。
「延岡くん。待った?」
白いワンピースを着た彼女が、手を振っていた。
「……十分くらい待ったぞ、都城」
「そこは待ってないとか言うところじゃないの?」
「それが言えるのはラブコメマンガの主人公くらいだろ」
「あとその呼び方かわいくない」
「はいはい。みやみや」
「一回でいい」
なんだかんだ軽口をたたき合いつつ。
「で、今日は何を買いに行くんだっけ」
本題を聞き出した。
——今日の目的はずばり、買い出しだ。
「なんでも、ポメラが欲しいんだって。部長が」
「部費でか?」
「うん。なんでも、世界が終わる前に部費を使い込んで……もとい、部活で使えそうな執筆用品を買っておきたかったらしいよ」
「あの先輩も信じてんだその話……。あと本音隠し切れてなくね?」
「大丈夫。本当は欲しかっただけっぽいから」
「ダメだろ。あと、それは部長が自分で買いに行けば——」
「最期は恋人と一緒にしけた映画でも見て過ごしたいんだってさ」
「だめだ、あの人マイペースすぎる」
「で、頼まれたわたしはポメラがどれかもわからない。だから、ね」
「ね、じゃないが?」
我らが高千穂先輩は、やる時はやる部長なのだが、それ以外のことは全然ダメな人だ。今回もそのダメな部分が遺憾なく発揮されてるらしい。ちなみに恋人は副部長である。両方女子だ。
あの人の考えることはよくわからない。が、たぶん悪い人ではないし計算も考えも無しになにかするはずもないので安心していいだろう。
……ちなみにあの人は俺とはラインも交換してない。理由は考えたくない。
閑話休題。
「そんなこと話してる間に買えちゃったね」
都城の言葉に、俺はため息をついた。
「ヨドバシは何でもあるからな。ポメラは一種類しかないけど」
「そうだね。延岡くんがいてよかった」
あっさりと目的を達成した俺たちは、涼しい家電量販店のエスカレーターを降り。
「じゃ、駅戻ろうぜ。さっさと解散して——」
そう告げようとする俺——の肩に、小さな手。
「やだ」
「……なんで?」
「折角のでー……じゃなくて」
「なんだよ」
「あー、ほら、あれ」
「どれ?」
「あっ、世界滅亡! その瞬間を二人で目の当たりにしたいからっ!」
「え、あ、そう」
なんか一気に押し切られた気がする。
俺はため息をついた。
「はいはい。みやこの嬢のお気に召すまま」
「じゃあっ、まずはフードコート行こ! 腹が減ってはなんとやら、だし」
心なしか、都城の口調はいつもより明るかった。
「ラーメンうまかったね」
「ああ。ハンバーグも美味かった」
「……延岡くんって協調性ないねってよく言われない?」
「言われたことないな。指摘してくれるほど仲のいい友達がいたことないから」
「…………これから学んでこう?」
「テクニカルな悪口だ」
「それはわかるんだ……」
心なしかドン引きしているように見える彼女に、俺は話題をそらす目的で「……ラーメン、汁跳ねしてる」と指摘してみた。
「…………デリカシーも、これから学んでこ?」
さらに引かれた。なんで?
でも、彼女は少しはっとして、「あっ、じゃあ着替えの服見てこうよ」と話す。
「近くに服屋なんてあったか?」
「このビル、上にパシオスあるよ」
「なにそれ」
「しまむらみたいな奴。ファッションセンター」
「なるほど、服屋か」
そうして俺たちはエスカレーターに乗った。
「似たような服があってよかったな」
「……言うほど似てるかな」
肩をすくめた彼女。その小さな肩の、少しだけ出ている素肌に触れ。
「大丈夫。すごく似合ってるから。その女児服」
そう告げると、フリルのついた肩出しワンピを着た彼女は涙目で告げた。
「…………だって、レディースのSサイズもおっきくて合わないんだもん」
「えっと、確か身長がひゃくよんじゅ……」
「四捨五入すれば一五〇センチだもん」
「……そうだな。胸もないし」
「その発言、わたしじゃなかったらセクハラだよ?」
「ごめんて」
そんなことを話しているここは、おおよそコの字になっているビルの、縦棒の部分に当たるところにあるベンチ。流石は七階だけあって、見晴らしはかなりいい。
オレンジ色に染まった空。十七時半。
「……時間って、あっという間に過ぎるもんなんだな」
そんな言葉が不意に出た。
夕景を眺める俺を、少し不思議そうに彼女は見上げる。
「…………こんな日々、ずっと続けばいいのに——なんて思ってる?」
「そんなラブコメ主人公みたいな思考、俺がすると思うか?」
「だよね。知ってた。——ぶっちゃけ、わたしは思ってるけど」
「……世界、滅亡するんじゃなかったのか?」
「わたし、やっぱヘンみたいだ。……急に、予言が嘘のように思えてきた」
「そうか」
外は風が強くなってきたようで、かすかにヒュウヒュウと風切り音が聞こえる。
俺たちの間には沈黙が漂って。
西日が俺たちを強く照らした。
思わず目を細めた——そのときだった。
唇に、柔らかい質感が触れた。
細めた目を開ける。くらんだ視界が、少しずつ元に戻っていく。——目の前に、キラキラとした白い髪がなびいた。
一説によれば、白い髪は実際は透明の色をしていて、光が乱反射して白く見えているらしい。
彼女の髪は、オレンジの光を受けてキラキラと輝いて見えて。
思わず息を呑む。
「延岡くん。もし、わたしが君を好きだって言ったら——どうする?」
冗談めかした口調で、ワンピースを翻して尋ねる彼女。僕は固まったままで、しばらく動けずに。
「……答えてよ」
その一言で息を吹き返した僕は、窓の向こうを指さして。
「あ、怪光線」
照れ隠しで口にした。
「え、どこどこ!?」
食いつく都城。さっきまでの雰囲気が台無しになった——その瞬間だった。
本当に空に向かって怪光線が発射されたのは。
*
「……世界、終わんなかったね」
「ああ、うん」
俺の間の抜けた声に、白髪をショートボブにした少女はその小さな肩をすくめて。
「高千穂先輩のおかげみたい」
彼女はスマホの画面をこちらに向けた。
——二人だけの文芸部。元々四人しかいないギリギリで部活の体を保っているこの部活の、二人いる上級生が二人共休んだ日。
スマホの画面の中。ラインのメッセージ画面。部活のグループチャットにて、所々が赤く染まったなんかやばげな機械の前でピースする高千穂先輩と副部長の写真。
《ミッションコンプリート☆》なんて文言と一緒に、ちょうど二日前——俺たちが怪光線を目にした日時の少し後に投稿されていた。本当に何かをやり遂げたのは間違いなさそうだ。
ちなみにそのグループチャットに僕はいない。なんでも「ここは女子会だから」とのことらしい。かなしい。
というか、この季節なのに十七時半頃に日が沈みはじめるのはおかしいのである。いつも日の入りはもっと遅い。
「しけた映画を見に行くんじゃなかったのか」
「ちなみに先輩たちは事後処理で忙しいんだってー」
「だろうな。……今思ったんだが、あの人たちってもしかしてこの世界の主人公だったりする?」
「なに? セカイ系?」
「というより、もっと、昔から今まで流行り続けてるチートとか異能とかの……」
「あー……かもね」
これ以上詮索すると黒服の人がやってきて謎の光をピカってされた後記憶を失うみたいなことになりかねないのでやめておくけど。
閑話休題。
静かな部室。放課後。ラノベの読書にいそしむ僕。
沈黙を破ったのは、彼女——都城の方だった。
「延岡くん」
「なに? 都城」
「呼び方」「……みや」「よろしい」
本から目を離して彼女を見ると、頬を染めてもじもじしていて。
「……なんだ?」
尋ねると、彼女は告げた。
「一昨日の答え、聞かせてよ」
「なんだっけ」
「だからっ、その……君が、好き……とか」
「ああ、そうだったな」
「……もしかして覚えてた?」
「…………みやの恥じらう顔は見てて飽きないからな」
「ばか」
「なんだと」
少し見つめ合って——それだけで、沈黙に耐えかねて、笑いはじめてしまう。
それは彼女にとってもそうだったらしく、二人でひとしきり笑いあって。
「…………いつまでも、こんな風にしてられるといい。ひとまず、世界が終わるまでは」
「なんて?」
「なんでもないよ、みや」
澄み渡った夏空に、蝉の音が響きだした。
Fin.
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