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乙女ゲームの世界らしい③

 セルジュは自室へ戻ると、制服のままベッドの上にうつ伏せに倒れ込んだ。

(なんか色々あったなぁ……)

 自分以外の転生者との邂逅。乙女ゲーム。邪竜復活。

 まだまだラッセルと話したいことはたくさんあったが、他の寮生が帰ってきた音が聞こえたので、今日はお開きにしたのだ。できることなら同じクラスであるのだし、明日にでもまた話をしたいところではあったが、相手がルベイン国の第三王子であることがネックだった。入学間もないのに親しげに話そうものなら不審に思われるのは目に見えている。

(うーん……)

 ラッセルが言うことを疑ってはいないものの、やはりここがゲームの世界だなんて信じきれないセルジュだった。思っていたより自分の頭は固かったんだなと考えて、いやどちらかというと信じたくないだけかも? と、ウンウン唸る。

 この世界の生活水準は決して低くない。

 町には上下水道が整備されているので、衛生面は意外としっかりしているし、食べ物もおいしいーー実は和洋中、前世にあったような料理がこの世界にもあるのだ。それだけでなく、前世の電化製品の代わりに様々な魔導具が存在している。ドライヤーのようなものだったり、カメラのようなものだったり、さらにはエアコンまで……。

 最初は、過去に自分と同じような転生者がいて、前世の知識をもって色々なものを発明をしたのかなと考えていた。調べてみて、発案・発明した人物たちがばらばらであったのを不思議には思っていたのだがーー実際はここがゲームの世界だから都合の良い文化が形成されていた?

(…………いや、まあ、なんでもいいか……)

 気だるい体をのろのろと起こして制服を脱ぐ。

 乙女ゲームの世界だろうが、なんだろうが、結局ここが現実であることに変わりはない。ぐだぐだ考えたところで答えなど出ないし、無意味なことだと自分に言い聞かせる。

 ラッセルが言う通りならば、かなり近い未来に学園内で邪竜が復活してしまう。真偽はさておき、いったん乙女ゲームの世界であると仮定して、阻止するための作戦を練るべきだ。一介の貧乏貴族令嬢にいったい何ができるんだーーとは思うものの。頑なになってこの世界が乙女ゲームであると認めず、何もしないでいて実際に邪竜が復活したら、それはもう死ぬほど後悔するのだろう。

 ーーで、結局。もっとラッセルと話す機会を確保すべきだ、というところに戻る。それもできればまとまった時間がほしい。

(休日にどこか外で話すのが無難かなぁ……)

 個室のあるお店を予約して、一緒に行くのではなく時間をずらして入店する……。変装をしてもらえればいける気がする。どこかにちょうど良い店はなかったか思い出そうとするが、セルジュはそこまで王都に詳しくない。

(ナタージャなら良いお店知ってるかな?)

 流行に敏感で、噂好きなひとつ年下の妹。一年の半分は王都のタウンハウスで暮らしているし、自分よりは詳しいだろう。部屋着に着替え終えたセルジュは机に向かう。縁レース風のダイカットレターセットを取り出してペンをとる。

 入学前の少しの期間、タウンハウスに滞在していたときに妹のナタージャにもらったレターセットだ。

 ーーセルジュ姉様、お手紙くらいちゃんと書くのよ!

 そう言って彼女は人の鞄にレターセットを詰め込んでいた……。

 まさかこんなに早く使うことになるとは思わず、買う手間が省けたので、こっそりナタージャに感謝する。


 さささと簡単に手紙を書き終えて封をすると、次いで手帳を取り出した。こちらは飾り気のないシンプルなものだ。

 ラッセルの話を思い返しつつ「悪役令じょうウェミラ・ガーミロン、主人公ティファ、じゃ竜、ヒロイックデスティニー」などなどと、乱雑に単語をメモしておく。念のため日本語で書いてみたが、思い出せない漢字があってセルジュはなんとも言えない気持ちになった。

 明日はウェミラ・ガーミロンと主人公ティファの確認をしたい。

 貴族の知り合いが極端に少ないボウエン家に、大貴族ガーミロン家との交流なんて当然あるはずもなく。ガーミロン家の人々はみな優秀であるーーとは聞いたことがあるが、ご令嬢のウェミラ・ガーミロン個人については何も知らなかった。セルジュは社交界に全く興味がなかったので、噂話程度のものさえ知らない状態である。が、恐らくガーミロンなのでSクラスにいるだろう。幼少期から厳しい教育を施しているであろう名家ガーミロンでAクラス以下ということは、たぶん、ない。ので、普通に過ごしていればウェミラ・ガーミロンの人となりは労せず確認することができるだろうと考え、問題はティファである。

(外見的特徴を聞いとくべきだったなぁ)

 Sクラスにいてくれれば楽だが、貴族家に引き取られる前は孤児院で暮らしていたとのことなので、たぶんBかなと考える。

 だいたいの貴族の子どもは十四歳までの間に、中等魔法教育機関で学ぶか、抱えの家庭教師に教わるというのが一般的だ。ケルディック魔法学園は高等魔法教育機関という区分で国内最高学府と謳われており、入試が非常に難しいとされているーー転生者からすれば難易度はさほど高くないーーので、中等魔法教育を恐らく受けていなかったと思われるヒロインは、貴族家に引き取られてから相当頑張ったに違いない。そういったハンデがあるからにして、Sはないだろうなという所感だ。すぐに見つけられれば良いのだが。



 翌朝。

 早起きして早めに教室に行こうと考えていたセルジュは予定よりもだいぶ寝過ごした。

 一限目はホームルームである。遅刻こそしなかったが、かなりギリギリになってしまったなと内心焦りつつSクラスの教室に入れば、そこは謎に眩い空間だった。

(アイドル養成機関……!)

 そうか、乙女ゲームか。

 この世界の人々が一様に顔が良いのを不思議に思っていたが、変なところで納得した。

 しかもこのSクラスの面々は飛び抜けて美女美男揃いだった。少し気後れする。中でも最も目を引いたのは、教室の真ん中の方で立って会話をしている赤い髪の青年と、シルバーブロンドの髪の青年だった。

 赤髪の青年はーーラッセルだ。もうひとりは恐らくクローヴィス・リンディア、この国の第二王子だろう。

 ふたり揃ってかなりの美形で王族特有の気品というかオーラがある。昨日とは雰囲気がだいぶ違うんだなあという感想をのんびり抱いて、やっぱりラッセルとは学園の外で話そうと心に決めた。ちょっとこれは近づけない。無理だ。むり。

 教室の席は、大学の講義室のように長机の三人掛けとなっていて、前の方から埋まっているのだから、さすがは名門学園というところである。セルジュは後ろの方の適当な席に座った。

 さて、ウェミラ・ガーミロンはどこだろう。

 鞄を置いて、それらしき人物を探そうとするが、ギリギリに着いたためすぐに予鈴が鳴る。

(そういえば自己紹介とかあるのかな)

 前世での小・中学生時代はクラス替えの度に自己紹介は必ずさせられていたが、この世界ではどうなのだろう。セルジュは中等魔法教育機関には通っていなかったのでわからない。自己紹介という儀式はあまり好きではなかったが、探し人を見つけるにはちょうど良いのでぜひ行ってもらいたい。


 ーーと、思っていたがなかった。

 ホームルームでは後期から選択できる授業の一覧用紙が配布されただけで、その後は時間いっぱいまで学力テストをさせられた。内容はほとんど入試と変わらなかったので、何故……? と頭の中に疑問符を浮かべながらもとりあえず手を動かす。

 そんな感じであっさりホームルームは終わったのだが、休憩時間となって、セルジュはすでに自分が浮いていることに気がついた。

 そうか、高位貴族はだいたい家同士の繋がりやらなんやらがあるものだ。

 クラス内では早くもいくつかのグループが出来上がっていて、みな楽しげに談笑している。

 それを特に羨ましいだとか、ぼっちはつらいだとか、そういう風には思わないし、もともとセルジュは他の令息令嬢とは違って、人脈作りを学園に通う目的のひとつとは捉えていなかったから、それはそれで一向に構わなかったのだが。これは終業時間になってもウェミラ・ガーミロンが誰だかわからない可能性があるぞと、ちょっと困り顔になる。ラッセルから気遣ったような視線を少し感じたが、ラッセルに話しかけられるのも、うーん……と、彼には悪いが気づかないフリをした。

 二限目が終わったら昼食の時間になる。他のクラスになったらしい友人のどちらかーー友人はふたりしかいないーーとランチができないだろうか? 思案したが、やっぱり無理かな。ため息を漏らす。ふたりともそれなりの家格なので、色々と付き合いがありそうだ。

 ケルディック魔法学園は入学式の翌日からがっつり授業がある。

 二限目は魔法史の時間だ。

 授業が始まってセルジュはぼんやりと教室中の色とりどりの頭を眺める。前世と違ってカラーバリエーション豊かな世界だ。教師が教科書をひたすら読み上げているだけという死ぬほど退屈な授業であるのに、誰ひとりとして居眠りしていない様子なのがすごい。初日だからだろうか。

 一応この学園は名門であって授業の質も良いと評判なのだが、それは後期からの話であって、一年生の前期座学は退屈なものが多いと聞いている。やはり情報源は兄である。一年生の前期は全時間必修科目のみとなっているので、ちょっと憂鬱になる。魔法の実践授業は楽しみだが……。

 Sクラスの学生は、申告すれば一年生前期に限って修了試験が受けられるらしいので、さっさと受けてしまうのもアリかもしれない。合格すれば授業に出なくて済むぞと教えてくれた兄は、妹の性格をよく理解している。

 教師が気まぐれに学生を指名して問いを出すが、残念なことにウェミラ・ガーミロンは呼ばれなかった。



「セルジュ!」

 つつがなく二限目も終わり、お昼休みとなってのろのろとひとり食堂へ向かっていると、背後から肩を軽く叩かれる。聞き覚えのある声。振り返ると、思っていた通りの人物が立っていた。

「あれ? エイダ?」

 疑問系になったのは彼がひとりだったからだ。

「久しぶりだな。ひとりなら一緒に食べないか?」

「私は大丈夫だけど、エイダは平気なの?」

「明日に約束してる」

 そう言って笑う友人の顔に、セルジュは思わず押し黙る。

(そういえば、エイダも顔が良い……)

 エイダ・シャーレイ。

 リンディア聖王国の北方を守護するシャーレイ家の長男だ。

 辺境領を持つ騎士の名門シャーレイ家は、ボウエン家と交流のある大変数少ない貴族家のひとつである。

 家格は天地の差であったが、領地が隣り合っているためエイダとは幼い頃から交流があった。彼はセルジュのふたりしかいない友人の内のひとりである。

 最後に会ったのは半年以上前だ。セルジュは無言でその顔を凝視する。

 少しだけ跳ねたダークブラウンの髪に、彫りの深い顔。屈強な騎士団を有する家門の出ではあるが、あまり男臭さは感じられない。昔はやんちゃ坊主といった感じだったのに、その面影はすっかり消え失せて、今では落ち着いた余裕のある青年ーーといった具合である。まだ十五歳のくせに……。

 セルジュが眉を寄せて喋らないでいると、エイダは翡翠の目を少し怪訝そうに細めて「どうした?」と首を傾げる。

(エイダも攻略対象だったり……?)

 いや、でもエイダは顔は良いが乙女ゲームの攻略対象であるには、ちょっと身長が足りない気もする。

 セルジュは同年代の女の子たちに比べて、少し、少しだけ背が低い。これはまだ成長期が終わっていないためであって、これからどんどん伸びていくのだろうと思われるが、それと同じようにエイダもまた同年代の男の子に比べて背が低かった。それでもセルジュよりは高い位置にその端正な顔があるのを恨めしく思う。少し前まで一緒の目線だったのに。ため息をつく。

「人の顔凝視してため息つかないでもらっていいか」

 エイダが真面目な顔をして言うので、セルジュは「ごめんごめん」と笑った。

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