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乙女ゲームの世界らしい②

 ヒロイックデスティニー。

 戦闘要素のある乙女ゲームで、ここケルディック魔法学園が舞台。

 主人公はピンクの髪をした元平民の女の子。十三歳の頃に貴族家に引き取られている。ちなみにファンの間での通称はゲームタイトルからとって、ヒロ子。デフォルトネームはティファ。

 攻略対象は六人で、主人公は絆を深めた攻略対象たちと共に復活した邪竜を打ち倒すことになる。


「という感じでね。ちなみにおれも攻略対象者。名前はラッセル・ルベイン。よろしくね」

「……セルジュ・ボウエンです」

 隣を歩くラッセルと名乗った赤髪の青年が、にこりと笑ってこちらに顔を向けた気配がしたので、セルジュも彼を見上げてひきつった笑みを返す。

(ルベイン……第三王子……)

 この世界の王族は、そのまま国の名前が姓になっているので非常にわかりやすい。そしてルベインとはお隣の国の名前である。

「うーん、ボウエン……はゲームには出てこなかったな」

「それは何よりです」

 お決まりの悪役令嬢転生とかではないらしい。悪役令嬢っていう見た目でも高位貴族でもないしなとは思っていたが。いや、そもそも本当にここが乙女ゲームの世界であるかの判断は、まだセルジュにはついていない。

 ゲームの世界に転生ーーなんて突拍子もない話だ。

 転生したと認識したときに、前世にそういう物語はたくさんあったものだから、やはりそういう考えが一瞬脳裏を過りはしたものの、誰かが作ったフィクションが現実となるはずがない。すぐに考えを打ち消したセルジュである。だというのに、急にやっぱりここはゲームの世界ですと言われても、その言を鵜呑みにはできなかった。しかし頭ごなしに否定するものでもない。

「というか、たぶん日本人だよね? おれが生きてたのは令和ね」

「はい、日本人でした。時代も同じです」

「日本人だったーーなんて、転生しなきゃ一生言わないワードだよねぇ」

 学生寮への帰り道はまだ他に人は見当たらない。それでもお互い小声だった。

「前世の記憶は小さいときからあって、まあ、物心つく頃には転生したんだって理解できてたんだけど、まさかゲームの世界だなんて少しも考えてなくてね。この国に留学することになって、三日前に入寮してからずっと既視感があったんだ。ーーで、入学式の途中でふとヒロデスのことを思い出して」

 ラッセルは小さく笑う。

「自分も攻略対象なのに、ずっと気がつかなかった……一昨日にはクローヴィス殿下にも会ってたんだけど。ま、別にヒロデスに思い入れがあったわけじゃないから、すっかり忘れてて。いや、なかなか気づけないもんだね。というか、ゲームの世界だと思わないじゃん?」

「うーん、私も半信半疑です」

「そうだよねぇ。おれも信じられないし、意味わかんないって思ったしーーでも、確かにヒロデスの世界と色々一致しちゃうんだよね。それで、さっきまで混乱してたってこと。改めて人に話して言語化したら落ち着いてきたよ。ありがとね」

「いえ……」

 セルジュは曖昧に頷いた。

 小説や漫画なんかでは、自分の置かれた境遇をあっさりフィクションと結びつけるものだけど、実際のところはラッセルのように気づかないものなのかもしれないーーというか、思ったよりラッセルの感覚が自分と近しい気がする。最初はちょっとやばい人かもと思ったが、彼も言った通りに混乱状態だったのだろう。今こうして話を聞いていると、とてもまともだ。

 しかしここまで話を聞いて、ラッセルの言葉を信じないというわけではないのだけれど、さらに詳細を教えてもらわないことには、なんとも言えないなあというのが正直なところである。

 聞きたいことはたくさんあったが、学生寮に着いてしまったので、どうしようかなと、とりあえずセルジュは口を開く。

「ルベイン様は何年生ですか?」

「新入生だよ」

 ラッセル・ルベイン第三王子のことは知っていたが、近い年頃であるとしかセルジュは覚えていなかった。

 えーーと、びっくりしてセルジュはラッセルの顔を見る。

 ケルディック魔法学園は四年制だ。最終学年になって留学は考えづらいし、三年生辺りかなと思っていた。入学式に出たと言っていたが、全学年が参加するものであるから、まさか新入生だとは思ってもおらず。それほどに、目の前で柔らかい笑みを浮かべている彼は十五歳には見えない。

「みんなこんなもんじゃない? 日本人の感覚からするとちょっと老けて見えるよねぇ」

 言われて、まあ確かにとセルジュは納得しかけたが、いやいや、やっぱりそれにしたって彼はかなり大人びて見える。転生者であって精神年齢が高いためだろうか? しかし、それでいうなら自分だってーー

「あー……ボウエンも? かな?」

 歯切れの悪いラッセル。何故かセルジュは幼く見られがちだった。兄妹はそんなことないのに。ちょっと納得いかない。

「え、じゃあ同じクラスなんですね」

「うん、そうなるね」

 セルジュとラッセルは、上品な青に銀色のラインが入った同じネクタイをつけている。

 ケルディック魔法学園では、クラスごとにネクタイの色が異なっている。青と銀のネクタイはSクラスだ。ちなみにクラスはS・A・Bと成績順に分かれているのだが、Aクラスは緑に金、Bは黄にカーキ色、というデザインになっている。

「じゃあ、少しだけ談話室で話しません? Sクラスは寮生も少ないでしょうし」

 学生寮も学年とクラスごとに棟が分かれている。棟というよりはかなり立派な屋敷だ。それが学生寮の区域に、四学年三クラス分建てられているので、ちょっとした街のようになっている。

 その中でも、各学年Sクラスは用意されている個室数に対して、毎年寮利用者は非常に少ないのだと聞いている。

 ふたつ上の学年の兄曰く、Sクラスは名門貴族ばかりなため、当然王都にタウンハウスを持っていて、そこから通う人がほとんどなのだと。お屋敷のように立派な寮であるのに、家から使用人を連れてくることは禁じられているのだ。学園側の料理人や掃除を行う使用人はいるものの、身支度などの世話はしてもらえないため、ほとんどの貴族にとって寮暮らしは不便なのだろう。そのため学生寮を利用するのは、たいてい特待枠を勝ち取って入学した平民や、セルジュのような地方の貧乏貴族なのである。一応ボウエン家はタウンハウスを持ってはいるのだが、そこから通わないのはまた別の事情がある。

 ラッセルと共に無駄に豪奢な一年のSクラス棟に入り、エントランス奥の談話室へと向かう。

 そこはやはり無人だった。別に未婚の男女が密室でふたりきり、というのをとやかく言われる世界ではないので、お互いテーブルを挟んでソファに腰かける。

「そういえばーーやっぱり、って何ですか? 乙女ゲーかと聞いたときの」

「ん? ああ、ただの勘だよ」

「勘?」

 セルジュは眉を潜めた。

「うん、昔から勘……というか直感が当たることが多くて。なんだろうね? おれにも何でだかわからないんだけど。そのよくわからない直感があったから、ヒロデスってゲーム知ってる? って聞いたんだよね」

「ええ……」

 もしかして転生チートというやつなのだろうか。自分にはないのだが。

「ーーで、何から話そう。一番聞きたいことある?」

「ううーん」

 少し考える。攻略対象を含めた登場人物のことなど、詳しく聞きたいことはたくさんあるが、あまり長いことここで話し込んでもいられないだろう。寮生が少ないとはいっても、自分たちだけではないはずなので、パーティーが終われば誰かがやって来る可能性はある。そこまで考えて、ふと思う。

「あれ……? ルベイン様、パーティー出なかったんですか?」

 王子なのに。という言葉までは口に出さないでおく。

「正直パーティーどころじゃなくてさ。体調が悪いと言って帰らしてもらったんだ」

 ラッセルは苦笑した。

「そうだなあ、とりあえずストーリーをかいつまんで話そうか?」

「ああ、そうですね。邪竜ウンヌンが気になります」

「邪竜ね! 再来年、邪竜が復活します! 邪竜についての伝承は知ってるよね」

「再来年……!? ええと、建国以前にこの地を荒らしていたと言われる邪竜ですよね。勇者がそれを封し、このリンディア聖王国を建国したと」

 リンディア聖王国。この建国にまつわる勇者の物語は、リンディア人であれば当たり前のように知られている。

「そうそれ。ヒロデスのヒロインは勇者と同じ破魔の紋章を持っていて、それを知ったとある貴族家が孤児院から彼女を引き取ることになるんだ。ボウエンは乙女ゲームってやったことある?」

「いえーーでも、だいたいどういう感じかはわかりますよ」

 セルジュは前世ではFPSくらいしかゲームで遊ばなかった。だが乙女ゲームなら、ゲームの実況プレイ動画なんかは見たことがあるし、異世界転生モノの小説や漫画にしょっちゅう登場する。

「基本的にはヒロデスも普通の乙女ゲームと一緒で、六人の攻略対象者の好感度を上げていってルート分岐。最初に戦闘要素ありって言ったけど、課外授業や演習、休暇中にトラブルに遭って戦闘フェイズが発生するって感じだね。で、ラスボスが邪竜。ストーリー自体は二年で終了」

「は、はぁ……その邪竜復活って具体的に? 異空に封したってことになっていますよね」

 伝承ーーというか信仰では、破魔の紋章を持った勇者が、異空という次元の切れ目に邪竜を封印したとなっている。リンディア聖王国では、この勇者が神の子であったという勇者信仰が一般的だ。

 ラッセルはテーブル越しにこちらへ顔を近づけて、ヒソヒソ話をするかのように口の横に右手を添えた。

「ええとね。ガーミロン家のご令嬢……ウェミラ・ガーミロンだったかな? が、ヒロインが誰かのルートに入ると、その攻略対象者と婚約することになって、最終的にヒロインを憎んで邪竜の封印を解いちゃうんだ」

「ガーミロン家……彼女が悪役令嬢というわけですね」

 ウェミラ・ガーミロン。この国で王族に次ぐ権威ある名家のご令嬢である。

 ラッセルが「悪役令嬢?」と、その端正な顔をきょとんとさせた。

 そういえばラッセルは男性であるのに、やけにヒロデスという乙女ゲームについて詳しい。そのわりに悪役令嬢という言葉にピンときていなさそうだった。非オタの予感がする。

 ーーいや、そんなことは今は置いておくとして。

 邪竜復活。イマイチ現実味のない話である。日本でいうヤマタノオロチが復活するとか言われるぐらいに現実味がない。だが、それをウェミラ・ガーミロンは成してしまうのだから、何かを知っている、もしくは知ることになるのだろう。そこら辺の事情をラッセルが知っていたら話は早かったのだが「作中では明らかになってないんだよねぇ」と難しい顔をしていた。

「できれば阻止したくてさ」

「まあ、そうですよね」

 ゲームではヒロインが勝てなければゲームオーバーとなってやり直すだけだろうが、ここは現実である。国家の一大事だ。最初から封印など解けない方が良い。

 そう思うものの、やはりセルジュからすると、ここが乙女ゲームの世界であるということ含めて、邪竜復活など現実味がない故にどこか他人事だ。

 そんな心境であることを読まれたのか、ラッセルは「いや、何が困るかっていうと」と続けた。

「学園の礼拝堂で復活しちゃうんだよね」

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