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乙女ゲームの世界らしい①

 貴族って面倒臭い。

 良い交流関係を築くのだぞとかナントカ。きっと両親によくよく言い含められて彼らは送り出されてきたのだろう。

 入学式が終わった後の、新入生歓迎パーティー。

 セルジュは壁際に立って、シャンパングラスに注がれたシュワシュワするジュースを片手にぼんやりとしていた。

 彼女の両親は娘にそういった学園での貴族らしい人脈作りをまるで期待していないようで、実家を出るときも、絶対に落第や中途退学なんてことにはならないように、とはそれこそ耳にタコができる勢いで口酸っぱく言われはしたが、上位貴族の令息令嬢に何とかして取り入れといったようなことは一切言われなかった。

 それを良いことに、交流会を目的としたこのパーティーで、セルジュは壁際に寄ってぼんやりすることにしていた。最初は数少ない友人を探そうともしたが、思いの外会場は広く、人も多いので早々に諦めた。

 セルジュは実家が貧乏貴族であるし、セルジュ自身も美人と言えば美人だが、周囲の少年少女たちの顔面偏差値が非常に高く平均値が引き上げられているからに、特別目を引くような容姿とは言えなかった。むしろ顔に薄く散らばるそばかすのせいで若干劣って見られがちである。だからこそ、こうして壁の花になっていれば、人から話しかけられることなどそうないだろうと思っていた。なんならパーティーが終わるまで一言も発さずに終わるだろうな、とまで考えていたのだ。

 それが存外話しかけてくる人がちらほらいたのだから、彼らのマメさに驚くと同時に、やっぱり貴族って面倒臭いと思う。

 話しかけにきてくれた新入生が十人ほどを過ぎた頃、セルジュは辟易して、会場の外に出ることにした。

 みなニコニコと声をかけてくれるのだが、こちらが名乗ると同時に「ボウエン家? 下位貴族か?」と値踏みする視線が返ってくるのでさすがに良い気分はしない。ボウエン家を知っている学生も数人いたが、彼らの反応は「ボウエンかぁ~」と一様に露骨だった。もう少し隠してくれよと思うが、彼らもまだ十五歳の子どもなので仕方がない。

 会場を出て、学生寮へと向かう。

 まだパーティーが始まって一時間も経っていないので、学生寮に向かう道には誰もいない。辺りは薄暗くなり始めていて、等間隔に設置された魔法灯が淡いオレンジの光を放っていた。

 学園内は敷地が広いので、パーティー会場から学生寮に帰るのも時間がかかる。会場内の使用人に声をかければ馬車を手配してもらえたが、セルジュはあまり馬車が好きではない。

(ドレス参加じゃなかっただけマシだなあ……)

 セルジュが着ているものは学園指定の制服だ。

 そんなことをぼんやりと考えながら歩いていると、ふと、どこからか呻き声のようなものが聞こえた。

(……うん?)

 思わず足を止める。

 かすかに聞こえたそれは、動物の鳴き声などではなく、確かに人間のものだったと思う。どこかに具合が悪い人でもいるのだろうか? 思い、セルジュはその呻き声がした方向へ足を向けた。


「あー……マジか、ヒロデスか、これ……」

 石畳の道を外れて茂みの方へと向かうと、暗がりの中にひとりの青年が頭を抱えてうずくまっていた。

 彼の頭が赤かったので、セルジュは最初彼がケガをしているのではないかと肝を冷やした。しかし、暗がりの中でも目立つその頭はよくよく見れば、そういう髪色であるだけなようで、こっそりと胸を撫で下ろしては、どうして彼はこんなところでひとり頭を抱えているのだと、当然の疑問に首を傾げた。

「何で今まで思い出せなかったんだ……あー……やってらんない……」

 幸い、赤髪の青年はまだこちらに気がついていない。

 具合が悪いというよりは精神的にやばそうである。独り言の声が大きすぎる。セルジュは少し考えて、関わらない方が良さそうだと判断した。面倒な予感しかしない。

 そう思い、セルジュは一歩後ずさる。

 ーーと、そのとき。足元でパキリと枝が折れる音がした。

 なんてベタな。

 思った以上にその音はよく響いて、お決まりのように青年は伏せていた顔をバッと上げた。

 振り返り、見開いた赤い目と視線がかち合う。

「え、ええと……大丈夫ですか?」

 気まずげにセルジュが口を開けば、青年は苦悩に歪めていた顔をすっと柔和なものに変えた。

「すみません。大丈夫です。ちょっとパーティーで人酔いしてしまいましてね」

「そ、そうですか……」

 表情の取り繕いは見事としか言いようがなかったが、なんとも無理な言い分である。彼も学園の制服に身を包んでいるので、学生であるのだろうが、こんなところでうずくまってぶつぶつ独り言を漏らしていた様子は控えめに言って不審者だった。

「では私はこれで」

「あ、ちょっと待って」

「……なんでしょう」

 関わり合いにならない方が吉。そう思ってさっさと退散しようとしたが、パッと立ち上がった青年に何故だか待ったをかけられる。

 ひょろりと背が高い。こちらを見て少し首を傾げた顔は相当なイケメンだった。ややたれ目で、右目の下には泣きぼくろがある。

 イケメンは言いづらそうに頬をかいて何を言い出すかと思えば「ヒロデスってゲーム知ってる?」と、よくわからないことをのたまった。

「…………すみません、知らないです」

「本当に?」

「本当に」

 イケメンは少しだけ残念そうな顔をした。その様子にセルジュの胸はざわざわと落ち着かない。

 基本的に、セルジュは事なかれ主義である。平穏第一。面倒なことには関わりたくない。

 だが、このときばかりは、どうしても好奇心が勝った。だからセルジュは恐る恐る、小さな声で言ったのだ。

「それって乙女ゲー?」



 セルジュ・ボウエンは転生者である。

 大脳の成長とともに前世での記憶がじわじわと蘇り、五歳のときになって、どうやら自分は転生したらしいと自覚した。

 今世にて新しく人格が形成される前に、前世の記憶が呼び起こされたので、セルジュはすっかり日本人として生きた人格のままだった。

 セルジュの前世は、まあ、なんというか。世間一般で言われる社会不適合者というやつで。

 常識だとか「社会人として」とか、「そうあるべき」とか、そういう言葉は好きじゃなかった。

 大学を卒業して、それなりの大企業に就職したは良いが、こてこての日本企業だったのでセルジュからすれば「それ必要ある?」というちょっとよくわからない慣習や文化が多く、すぐに自分には向いてないなと退職。周りからは根性がないだとか、これだから最近の若者は、だとか色々とやかく言われたが、普段はぼんやりしているくせに我が道を行くセルジュは全部聞き流して死ぬまで無職を貫いた。そもそも縦社会が合わなかったのだ。無職というか会社員にならなかっただけなので、お金の稼ぎ方なんて雇用される以外にたくさんあるしと開き直っていた。

 そんな人間が、貴族階級なんてものがある前世よりも縦社会の世界に生まれてしまったのだ。

 諸手を挙げて喜ぶ人が他にいただろうに、どうしてよりによって自分が……と、転生したことを喜べなかったセルジュである。

 貴族らしく、令嬢らしく、淑女らしく。

「お嬢様、そんなことをしてはダメです」

 教育係は幼いセルジュに何度もその言葉を繰り返した。その度にセルジュも言う。どうしてダメなの? ーーと。

「淑女はそんなことをしてはいけません」

 お決まりの返事にさらに「どうして?」と追求する。

「そうあるべきだからです」

 貴族らしく、令嬢らしく、淑女らしくーーそうあるべきだから。

 セルジュは貴族のマナーを身に付けはしたが、ことあるごとに言われた「してはいけない」という教えは守らなかった。

 貴族らしからぬラフな装いでひとりで領地の町へ出掛けるし、使用人や領民にも気兼ねなく話しかける。気になったことや、やりたいことがあれば、どんなに「貴族令嬢のすることではない」と言われてもおかまいなしだった。

 幸いだったことは、セルジュの生まれたボウエン家は、貴族の中でも貧乏な上に領地も田舎で、大した家格でもないことである。これが大貴族のお家であれば、きっともっと徹底されていたのだろうと思う。故に、両親や教育係には良い顔をされなかったが、セルジュが十一、二歳になる頃には破天荒も諦められたのか、なんだか許容されるようになっていた。

 ぼんやりしてはいるが無気力というわけではないし、知的好奇心は旺盛な方なので、セルジュは幼少期から積極的に屋敷の外に出ては町をふらふらしていた。ふらふらしているうちに色々あって商会ができてしまったので、将来は結婚なんてせずに自分の商会で働こうと決意。前世で少しだけ働いた会社がブラック気味だったので、パワハラ、モラハラのないホワイトな職場を作りたいと密かに考えている。

 両親もセルジュには政略結婚をもはや望んでいなさそうだった。

 政略結婚が必要ならば兄か姉か妹にお願いしたいところである。しかしながら、兄妹たちはみなセルジュの影響を少なからず受けてしまっているので、たぶんみんな受け入れられないだろうなあとも思う。

 閑話休題。

 この世界は、いかにも中世ヨーロッパ風の世界である。

 中世ヨーロッパ風だと思うのは、文化や町並み、人々の暮らし……貴族階級に王政が敷かれていることから、なんかそれっぽいと感じたからである。実際の中世ヨーロッパがどんなもんであったかなんて、そんな知識はセルジュにはない。

 どうせ第二の人生を歩まねばならないのなら、どちらかというとロボやアンドロイドにロマンを感じていた質なので、SF的な世界に生まれたかったと思わなくもない。まあ、この世界には魔法というロマンがあるので、まだ良しとするが……ーー

 それはともかくとして、異世界転生。

 前世では、その手の小説や漫画は巷に溢れかえっていた。

 テンプレな展開としては、実はゲームや小説、漫画の世界でしたーーというものであるが、異世界転生なんて摩訶不思議な体験をしたものの、そちらの線は全く考えていなかったセルジュである。だって、ゲームも小説も漫画も、全てフィクションだ。誰かが作り出した創作物。それが現実となるはずがない。

 そう思っていたのだが。



「! え、そうそう乙女ゲー! やっぱりか」

「えぇ……?」

 青年はパッと表情を明るくした。やっぱりってなんだ。

「……あの、転生者、ですか?」

「そう! きみもだよね?」

「は、はい。一応……」

 何が「一応」なのかわからないが、セルジュはもごもごと歯切れ悪く肯首する。

「いやぁ、嬉しいな。転生者に会ったのは初めてだ」

 そう言ってイケメンは本当に嬉しそうにはにかんだ。

(うわぁ……イケメン)

 常々顔面偏差値の高い世界だと思っていたが、目の前のイケメンはトップクラスのそれである。ぱああと彼の後ろから光が放たれている錯覚まで見えて、セルジュは思わず半目になって顔を逸らした。

 しかしなるほど、乙女ゲーム。

 転生したら乙女ゲームの悪役令嬢でしたーーという展開の小説は、前世に数えきれないほどあったはずだ。テンプレ化さえしている。それを思い出して、まさかこのイケメンはここが、ひろですという乙女ゲームの世界だ、なんて言い出すのではなかろうか。

(いやいや、そんな馬鹿な)

 なんて心の中でひとり否定してみるが、もうそんなことを言われる気がしてならない。

 セルジュは「それで、ひろです? という乙女ゲームが何か?」と小声で促した。

 途端に青年はわざとらしく神妙な顔つきになって「実はなーー」と。

「ここはヒロデス……ヒロイックデスティニーっていう乙女ゲームの世界なんだ」

「……なるほど」

 いや、まだこのイケメンが乙女ゲームの世界だと思い込んでいる可能性がある。

 セルジュは同じように神妙な顔をして頷いた。


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