8. 秘密の文通
ガーデンパーティーからは一週間ほどが経っていた。
相変わらずうんざりする程次々に湧いてくる書類の山に目を通して、マキシムはいつも通り機械的に執務をこなしていた。
何ら変わりない、いつもの日常だった。
しかし、この日はいつもと少し違った事が起こったのだった。
マキシムが一人執務室で書類仕事をしていると、ドアがノックされて同僚のミハイルが何やら微妙な表情で入ってきたのだ。
「今、少し良いかな?」
「どうした?ミハイル何か用か?」
マキシムは一瞬顔を上げてチラリとミハイルの顔を確認すると、直ぐに目線を手元の書類に落とした。
誰かさんが思いつきで開催したガーデンパーティーのせいで、いつもより書類が溜まっているのだ。1秒でも時間が惜しかったので、訪ねてきた相手に対して失礼ではあるが、そこは同僚のよしみで目を瞑って貰い、彼は仕事を続けながら話を聞いた。
するとミハイルは、マキシムの机の前までやってくると、彼の目の前にすっと小包と手紙を差し出して、思ってもみない事を告げたのだった。
「これは昨日アイリーシャ様から託されたのだが……マキシム宛に、ノルモンド家のロクサーヌ様からの手紙と小包を預かっている。」
「なんだって?!」
それは正に、寝耳に水であった。
ミューズリ系譜の貴族を嫌っているノルモンド家の令嬢が、ミューズリ所縁のスタイン家の自分に贈り物などあり得ないのだ。
一応、この前のガーデンパーティーで彼女のことを助けたのだから心当たりが全く無いわけではないが、あの時のロクサーヌの態度からも友好的なものは1ミリも感じられなかったのだ。
訝しく思ってマキシムが仕事の手を止めて小包の中を確認すると、そこにはあのガーデンパーティーの日にマキシムが身に付けていた物と良く似た、新品のタイが入っていたのだった。
(御礼……いや、お詫びのつもりなのか?)
それから手紙の内容を確認すると、マキシムは頭を抱えたのだった。
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マキシム・スタイン様
貴方に借りは作りたくありませんので新しいタイを贈らせてもらうわ。これで貸し借りなしですわね。
それから、お兄様が何やら外国から怪しい葉っぱを取り寄せて居て、近いうちに我が家で夜会を開く計画もして居ます。
きっとあの時話していた計画とやらを実行するおつもりなんだわ。このままではお兄様がクーデターを起こしてしまいます。どうにかしたいので、貴方もこの話を知っている以上、私に協力してお兄様の計画の邪魔をしていただきますわ。
ロクサーヌ・ノルモンド
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(自分の兄がよからぬ事を企んでいるとか、そんな事、手紙にそのまんま書いて知らせちゃダメだろう!!!)
そのような滅多な事は文章にして残してはいけない。いくら秘密裏に届けたとしても、誰がいつ、検閲するかも分からないのだから。もし人に見られたら彼女も、そして手紙の宛先である自分も、あらぬ疑いをかけられてしまうかもしれないのだ。
それに恐らく彼女が考えるよからぬ事と、実際にヴィクトールが考えている計画とは、きっと全然思っている事が違うのだ。
外国から取り寄せた怪しい葉っぱというのが何なのかは少し気になるが、ヴィクトールの狙いは恐らくアストラ家のラウルだから彼女が思っているような心配とは全く種類が違うはずだ。
マキシムは髪を掻きむしりながら深くため息を吐くと、仕事用の白い便箋を取り出して、殴り書くようにペンを走らせたのだった。
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ロクサーヌ様
いつ、どこで人の目に触れるか分からないのですから滅多な事を手紙に書く物ではありません。誤解が広がり、あらぬ疑いがかけられますよ。
それから、貴女が心配しているような事はきっと取り越し苦労です。直接貴兄に確認するのが良いでしょう。
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「……これを、アイリーシャ様経由でロクサーヌ様に届けてくれないだろうか。」
マキシムはゲンナリしながら彼女宛の返信を書き上げて、ミハイルに託したのだった。
「あ……あぁ。分かった。」
ミハイルは言われるままにマキシムから手紙を受け取ると、目の前で頭を抱えて項垂れている彼を心配そうに眺めた。
そして同僚のそのような様子に、これは決して恋文のやり取りなどではないことだけは察したのだった。