7. ロクサーヌのお願い
このお話はロクサーヌサイドの話です。
「お嬢様、その……お嬢様にお会いしたいとノルモンド公爵家のロクサーヌ様がいらしているのですが……如何なされますか?」
自宅でのんびりと過ごしていた侯爵令嬢のアイリーシャの元に、侍女が珍しい人の来訪を困惑気味に告げに来たのはガーデンパーティーから五日後の事だった。
ロクサーヌは何やら思い詰めた面持ちで、同じ王太子の婚約者候補であった令嬢のアイリーシャを訪ねていた。
特に親しかった訳ではないが、今、ロクサーヌが直面している問題を解決するにはアイリーシャの力がどうしても必要だったのだ。
「まぁ、ロクサーヌ様が??」
アイリーシャは突然の来訪に当然小首を傾げていた。同じ王太子殿下婚約者候補ではあったが、特にロクサーヌと親しい訳でもないので、彼女が個人的に自分に会いに来る理由が全く想像出来ないのだ。
「お嬢様、お約束されていましたか?」
「いいえ。ロクサーヌ様とはガーデンパーティーの時も話をしなかったし、それ以前でもそのような約束はした覚えはないわ。」
「どうなさいますか?急な訪問ですし、お引き取り願いますか?」
「いいえ、今日は幸い予定も無いですし、折角来てくださったのだからお話を伺ってみるわ。」
そう言ってアイリーシャはエレノアに、ロクサーヌを2階のサロンに通すように指示を出すと、自身も身支度を整えて部屋へ向かったのだった。
「こんにちは、ロクサーヌ様。ロクサーヌ様が私を訪ねて来るなんて珍しいですわね。」
「ごきげんよう、アイリーシャ様。急な訪問を受け入れて下さって感謝しますわ。」
少し遅れてアイリーシャがサロンに到着すると、そこには既にロクサーヌが案内されていて、彼女はかしこまった姿勢で長椅子に座ってアイリーシャを待っていた。
ロクサーヌにいつものような高飛車な様子は見られず、彼女はどこか落ち着かない様子だった。
普段とは様子が違う彼女にアイリーシャはますます戸惑ったが、挨拶もそこそこに彼女と向かい合って座ると、早速来訪の理由をロクサーヌに訊ねたのだった。
「それで、一体どうされたんですか?私に何か用事があるのですよね?」
「それは……貴女にしか頼めない事があるからですわ……」
「私にしか頼めない事ですか……?」
果たしてロクサーヌが自分に何を頼るのだろうか想像もつかなかったアイリーシャは小首を傾げた。
するとロクサーヌは、恥ずかしそうに小包みと手紙をアイリーシャに差し出したのだった。
「これを……貴女から貴女の婚約者であるミハイル様に渡して欲しいの……それで、その……」
頬を少し赤らめて、俯きながらもじもじとそう話すロクサーヌの様子に、アイリーシャはハッとした。
彼女のこの様子は、まるで恋する乙女なのだ。
そんな彼女がミハイルに贈り物を用意しているとなると、考えられる事は一つしか無い。
アイリーシャはそれに気づいて顔を青くすると、恐る恐るロクサーヌに訊ねたのだった。
「まさか、ロクサーヌ様はミハイル様の事を好いていらっしゃるのですか……」
「話は最後まで聞きなさい!!そうでは無いわよ!」
間髪入れずにロクサーヌから否定されて、アイリーシャはひとまずホッと胸を撫で下ろしたが、それだったら一体何故ミハイル様に贈り物をするのだろうか、皆目理由が想像できなかった。
すると顔を真っ赤にしながら、ロクサーヌは叫んだのだった。
「その……ミハイル様はレオンハルト殿下の側近でしょう?だから……これを……その……マキシム様に渡して欲しいの!!」
彼女の真の狙いはマキシムだったのだ。
なるほど。と彼女の行動に納得もしたが、そうなると今度はロクサーヌ様とマキシム様がそんなに仲の良い間柄なのかという新たな疑問が浮かんだのだが、しかしアイリーシャがそれについて何か言う前に、ロクサーヌは口を挟む隙を与えず一方的に話しを続けたのだった。
「べ、別に深い意味なんて無いのですよ?ただガーデンパーティーの時にマキシム様が身に付けていたタイで私の足を手当てして下さったから、お返しするだけですわ!だから勘違いなさらないでくださいね、わっ……私はスタイン家なんかに借りを作りたくないだけですから、それ以上でも以下でもありませんからね!!」
顔を真っ赤にしながらロクサーヌはほぼ一息でそう言い切ったので、アイリーシャは面食らってしまった。
ロクサーヌの熱意に圧倒されて、アイリーシャはポカンと彼女を眺めて言葉を失っていたが、直ぐに我に返ると、彼女を宥めるように、励ますように提言したのだった。
「あの……それは本人に直接渡される方が良いのではないでしょうか?」
だってその方が絶対に良いはずだ。
口では色々と言っているけれども、こうしてわざわざ人伝にでもコンタクトを取ろうとしているのだから、ロクサーヌにはマキシムに対する感謝の気持ちがあるはずだ。
それだったらちゃんと本人の口から面と向かって気持ちを伝えた方が良いとアイリーシャは諭してみたのだが、けれどもロクサーヌは、そんなアイリーシャの提案を拒否したのだった。
「そんな事出来るわけないでしょう?!!」
彼女は大きな声でアイリーシャを一蹴すると、それから顔を曇らせて小さな声で震えるように話した。
「ミューズリー系譜のスタイン家に個人的に接触するだなんて、そんなこと……お祖父様が知ったら……」
ロクサーヌは何処か怯えたようにそう語った。
彼女の家ノルモンド公爵家が元ミューズリー国民の貴族を嫌っているのは有名な話で、また、特にその傾向が強い前公爵である彼女の祖父が今も尚ノルモンド家で絶対的な権力を振るっているというのも広く知れ渡っていた。
なので彼女が自由に表立ってマキシムにお礼を言う事が出来ない立場を察して、アイリーシャはロクサーヌの手をそっと握ると、励ますように彼女に告げたのだった。
「分かりました、ロクサーヌ様。こちら、お預かりしますね。」
「ほ……本当に?貴方たち以外誰にもバレずに本当にマキシム様に渡してくださる?」
「えぇ。お約束しますわ。」
彼女を安心させるようにとアイリーシャが優しく微笑みかけると、やっとロクサーヌも肩の力が抜けたのか、表情が和らいで、はにかみ気味に少し笑った。
それから彼女は「よろしくお願いしますわ」と小さな声で恥ずかしそうに小包と手紙をアイリーシャに託したのだった。