6. 疑惑と陰謀のガーデンパーティー4
どれくらいの時間が経っただろうか。
そう思ってマキシムは空を見上げて太陽の位置を確認してみたが、その位置は先程とまだ余り変わっていないようだった。
横に座るロクサーヌは相変わらず黙ったままであったが、その表情からどうやら足が大分傷んでる様に見受けられた。
ふと、マキシムは目の前に自生している植物に気が付いて、それを刈り取るとロクサーヌの方へと近づいた。
応急手当の方法を思い付いたのだ。
「ロクサーヌ様、足を見せてください。」
「あっ、貴方また何をなさるつもりなの?!!」
「薬草です。こうして皮を剥いで果肉の部分を患部に当てると確か腫れが引いたはずです。」
ロクサーヌの返答を無視して、彼女の靴を脱がせるとマキシムは先程摘み取った植物の皮を剥いて果肉の部分を揉みほぐした物を、患部へと当てた。
そして自分が身に付けていたタイを解くと、それで彼女の足を固定したのだった。
「これで少しは楽になるでしょう。」
「そんなこと、頼んでいませんわ!」
「……あぁ、そうですか。」
予想通りの反応であったが、ロクサーヌは礼を言うことは無かった。
そんなもの初めから期待していなかったのでマキシムはそれに対して腹を立てることはしなかったが、ため息を一つ吐くと、思わず本音を溢してしまった。
「……それにしても、何でそんなにミューズリーを嫌いますかね。昔は国が違っても今は同じシュテルンベルグの国民なのに。」
いつまでも頑なな態度のロクサーヌに、つい愚痴の一つでも溢したくなったのだ。
これはあくまでマキシムの独り言のつもりだった。だってロクサーヌはマキシムと会話をしようとしないから。
けれども、ポツリと漏らした彼の呟きに、予想がにロクサーヌが口を開いたのだ。
「……それはだって、お祖父様が……ミューズリーは魔女に騙されて国を滅ぼした愚かな国だから、そんな国の血を高潔なシュテルンベルグ国民の血に混ぜてはならないと……」
ロクサーヌは、マキシムの方を見ようともせず、ただ目の前の地面を見つめて、淡々と語った。
だから彼らとは交流するなと、ノルモンド家ではそう教え込まれているのだと。
「それはまた、頭の堅いお祖父様ですね。……それで、貴女の目にも私たちはその様に映るんですか?いや……、その様にしか映らないのですか?」
「……」
マキキムの問いかけに、ロクサーヌは何も言えなかった。
二人が共に言葉を失ってしまうと、林の中は途端に静寂だ。風の音や葉がざわめく音以外、人工的な音は何も無いのだ。
ロクサーヌが黙ってしまって、マキシムもそれ以上言葉を続けなかったのでこのまま救助まで静黙の時間が続くかと思われたが、けれども急に、そこに新しい音が加わったのだ。
どうもそれは、人の足音のようだった。
「なんで直ぐに側を離れたんだヴィクトール!折角マグリットと二人だけになれるように機会を作ってあげたのに!」
「仕方ないだろう?変な詩人に邪魔されたんだ。話せる雰囲気じゃなかったし、アルバートも戻って来てしまったからね。」
崖の上から人の話し声が聞こえる。どうやら真上に人が来たようだ。崖が垂直すぎるから下から見上げただけではその人物の顔まで見えなかったが、おそらく一人はロクサーヌの兄であるヴィクトール・ノルモンドだ。
話の内容からするに、彼は政略的なのか恋慕なのかは迄は分からないが、侯爵令嬢のマグリット・レルウィンと親しくなろうと画策しているようだった。
「まぁ、マグリット様とはまだ幾らでも機会を作れるさ。……それにしても久々に見かけたけど相変わらず忌々しい奴だったな。本当になんて目障りな奴なんだろう……必ずあいつを抹消して、あいつより上のの立場を手に入れてやる……」
「そうだね……けれども少し回りくどいんじゃないかな。他家との繋がりを強固にして優位に立つ方法より、もっと直接的に奴が失脚するように仕組んだ方が早いのでは?」
「そうかもしれないが……それだとお前がアルバートの鼻を開かせられないだろう?お前は、自分の手柄でシゼロン家での立場を盤石にして、見返したいんだろう?」
(あぁ、もう一人はエリオット・シゼロンか。あいつ確か、同じ歳の従兄弟アルバート・マイヨールにコンプレックス持ってたもんな……)
頭上の会話を聞きながら、マキシムは何となく察した。この二人は、ライバル視している誰かを出し抜こうと話し合っているのだ。
そしてその誰かとは、ヴィクトールとアストラ公爵家ラウルの仲の悪さを知っている身としては、推察するまでも無かった。
それから暫くは風の音が強くて二人の会話が上手く聞き取れなかったが、風が弱まった時にはどうやらこの密談は終わりを迎えていた。
「……その為にはやはりこの計画を成功させないとな。」
「あぁ。俺たち二人で、この国の勢力図を塗り替えてやろうじゃないか。」
そんな会話が聞こえた後に、その場から足音が遠ざかっていくのが分かったのだ。
会話の内容的に何となく声を出せないでいたが、ロクサーヌの怪我の事を考えるとどんな状況でも助けを求めておくべきだったかなどとマキシムが思い返していると、酷く蒼く不安そうな顔をしたロクサーヌが、珍しい事に彼女の方からマキシムへ話しかけてきたのだった。
「貴方……今の話聞きまして……?」
「えっ、あぁ、はい。まぁそりゃ聞こえますよね。」
「この事は他言無用ですからね?!分かりましたか?!!」
「えっ……?」
ヴィクトールがアストラ家のラウルに対抗意識を燃やしていて、五大公爵家の勢力図を掌握しようと動いている事はわりと有名な話で、今回の彼らの話もその事だろうと察していたマキシムは、彼女は一体何を隠したいのだろうかと不思議に思ったが、ロクサーヌの目は真剣だった。
「どうしましょう……お兄様がクーデターをお考えだなんて……」
「ん……??」
「もしかしてさっきの刺客もお兄様が依頼したんじゃないかしら。レスティア様、目障りですものそれできっと消そうとして……」
「ん……んん??」
「どうしましょう、お兄様を止めないと……」
(俺はこのお嬢様の暴走を止めないと……)
どうやらロクサーヌは何かとんでもない勘違いをしているようで、マキシムは呆れ気味にそれを訂正しようとしたその時だった。
「大丈夫ですか?!!」
救助に来た衛士の大きな声が、頭上から降り注いだのだ。
「まぁ、やっと助けが来ましたの。全く、遅かったですわね。」
「今助けますから、そのままそこでお待ちください。」
そう言うと衛士は身体にロープを巻きつけて準備をするとゆっくり崖を降り始めたので、ロクサーヌは衛士が崖下に降りてくる前に、もう一度マキシムに近づいて、小声で彼に耳打ちしたのだった。
「良いですこと、さっき言った通り、他言無用ですからね?」
「いや、ロクサーヌ様は何か勘違いを……」
「いえ、黙っているだけではダメですわね。お兄様を止めないと……。……スタイン家の力を借りるのは不本意ですが、この話を聞いてしまったのなら仕方ありませんわね。貴方、私に協力しなさい。」
「何を?!あと、何で俺が?!!」
余りに斜め上の展開に、マキシムは当然の疑問を彼女にぶつけたのだが、ロクサーヌは「五月蝿いですわよ」とだけ言って一蹴すると、救助に来た衛士に背負われて、彼の言葉も聞かずに去って行ってしまったのだった。
その場に残されたマキシムは、暫く呆然としていたが、直ぐに自分は何やら面倒くさい事に巻き込まれたのだと察した。
そしてこの先どんな目に遭うか具体的な想像まではつかないが、ろくでもない目に遭うのだろう未来は簡単に予測できたので、マキシムは自分の不運をとことん呪うと、天を仰いだのだった。