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5. 疑惑と陰謀のガーデンパーティー3

 レスティアと野盗たちが去って、この場に残されたマキシムは一人途方に暮れていた。


 長くレオンハルトの側仕えをしていたから彼の考えそうな事は大体分かる。つまりこの状況はこういう事だ。


(あの人は、悪漢から護ったこと、若しくは一緒に逃げた事でロクサーヌ様の俺に対する好感度を無理やり上げようと企んだのだな……)


 そしてその企みに勿論レスティアも加担していたと。


 そんな事の真相が分かると、マキシムは途端に気が抜けた。今まで本気で心配していたのが馬鹿らしくなって何もかも放り出して家に帰ってしまおうかとも思った。


 しかし、3メートルも無い低い崖ではあるが、絶壁である為に令嬢が一人でこの崖を登って来れるとは思えなかったので、マキシムは紳士として崖下に落ちてしまった令嬢をそのまま放置する訳にはいかず、仕方なく彼はロクサーヌを救出しに慎重に崖を滑り降りたのだった。




「大丈夫ですか?ロクサーヌ様」

 彼女は崖下にうずくまって泣いていた。


 それもそうだろう。野盗に追いかけられた挙句、こんな崖下で一人になってしまったのだ。心細かったに決まってる。

 だからマキシムは出来る限り優しく声をかけたのだが、ロクサーヌは「ひっ!!」と小さく悲鳴を上げて、怯えたようにこちらを見たのだった。


「あ……貴方でしたの。私てっきり悪漢が捕まえに来たのかと……」

「大丈夫ですよ。奴らは全員レスティア様を追って行きましたから。」


 追っていったと言うか、引き連れられていったと言うか。まぁ、嘘は言っていない。


「……貴方はレスティア様ではなく、私を助けに来てくださったのですか?」

「……まぁ、そうですね。」


 何せ向こうは助ける必要が全くないから。その余計な言葉は口を噤んだ。


 この騒動が殿下によって仕組まれた茶番だと言う事は、彼女には知らせない方が良いと思ったからだ。


 そんなマキシムからの話を聞いて、強張っていたロクサーヌの表情も幾分か和らいできていた。

 けれどもその反面、気が緩んだからか彼女の涙はポロポロと流れ続けていたのだ。

 こんな怖い思いをしたのだから当たり前だろう。


「……どうぞ、使ってください。」

 マキシムは自分のハンカチをそっと彼女に差し出した。


 スタイン家を嫌うノルモンド家に良い感情は持っていなかったが、それでも目の前で泣く何も知らない彼女を可哀想に思ったのだ。


 しかしロクサーヌはそんなマキシムの心遣いをキッパリと拒絶したのだった。


「結構ですわ。ハンカチ位自分で持ってますから。」

 そう言って彼女はサッと自分のハンカチを取り出すと、マキシムを無視して涙を拭い始めたのだった。


 そうだった。

 彼女はミューズリーの血統を毛嫌いしているノルモンド公爵家の人間なのだ。


 マキシムは行き場をなくしたハンカチを握りしめると少しでもロクサーヌに同情した事を後悔したのだった。


(こんなにも嫌われているのに、どうして俺が助けなくてはいけないのか……)

 この理不尽な状況を本気で放り出したかった。


 けれども紳士として怪我をしている令嬢を見捨てる訳にもいかず、マキシムは色々なものを飲み込んで、めげずにロクサーヌと向き合った。


 しかし、こちらがいくら誠意を持って接しても、相変わらずロクサーヌはマキシムに対して敵意のある応対を続けるのであった。


「それで、立てますか?もう悪漢たちも居ませんから、会場に戻りましょう。」

「歩けるのならとっくに会場に戻ってますわ!見て分からないのですか?!」


 そう言って彼女は不機嫌そうにそっぽを向いたのだ。


 一向に態度を軟化させないロクサーヌに、いい加減マキシムも我慢の限界だった。


 それでも彼は「はぁーーーっ」と大きな溜息を吐いて、自身の中に溜まっていた不満を落ち着けさせると、開き直った。


 こうなったらヤケだ。


 もう何を言われても、どんなに嫌がられても、気にしない。それでも助けてやる。ミューズリー系譜を嫌っている彼女にとってはきっとそっちの方が嫌だろうから。


「見てないから聞いているんです。そこまで言うのならば、失礼しますよ。」

「ちょっ!何をなさるの?!!!」


 大袈裟に喚くロクサーヌの反応を無視して、マキシムは彼女の靴を脱がすと足の様子を確認した。見ると足首は真っ赤に腫れ上がっていて、怪我をしているのは明らかだった。


「だいぶ腫れてますね。確かにこれでは歩けそうにないですね。」

「いきなり靴を脱がすだなんて、なんて事をなさるの?!本当、これだからミューズリーは野蛮ですわ!!」

「五月蝿い!出自は今関係ないだろう?!」


 いい加減イライラしていたので、マキシムは思わず大きな声をぶつけてしまった。

 するとロクサーヌは、彼が声を荒げた事に驚いて、今までの勢いは嘘のように、急にしおらしく押し黙ったのだ。


 不安げに黙っていれば、彼女はこの状況に怯えているただの儚げな令嬢であった。


「……仕方ない。おぶっていきます。背中に乗ってください。」


 そんな彼女の態度の変化に若干罪悪感を覚えてマキシムは嫌々ながらもロクサーヌに背中を向けて彼女を背負う体勢を取った。

 これが一番手っ取り早いと考えたのだ。


 正直、御令嬢が身に付けるドレスや装飾品は相当重い。だから腕力に自信のないマキシムは、果たして最後までロクサーヌを背負って行けるか不安であったが、このままここに居る訳にはいかないと覚悟を決めたのだ。


 けれども、ロクサーヌはそんなマキシムの決意ある行動すらも拒否したのだった。


「……嫌ですわ。スタイン家の手を借りるなんてあり得ませんわ……貴方は一人で戻ればいいじゃないですか。私はここで一人で救助を待ちますから。」


(正直、この場に捨てて置きたい……)


 どこまでも頑なな態度のロクサーヌに、心の底からそう思ってしまったが、マキシムは「はぁーっ」とまた一つ大きな溜息を吐くと「分かりましたよ……」と呟いて、それからロクサーヌと少し距離を置いてどかっと地面に腰を下ろしたのだった。


「一体何のつもりですの?!」

「いくらなんでも、こんな所に一人で残していく訳にはいかないでしょう。大丈夫ですよ。レスティア様はここの場所を分かっていますし、私たちが戻らなければきっと助けを寄越してくれますから。」


 人二人分位の距離を空けて、マキシムはロクサーヌの隣に腰を下ろした。

 隣で喚くロクサーヌは無視した。


 スタイン家を毛嫌いするノルモンド家の人間にここまでしてやる道理は全く無いのだが、マキシム自信の人の良さが、どうしてもロクサーヌを放って置けなかったのだ。


 つくづく自分は損な役回りだとそんな事を思いながら、彼はぼんやりと林の木々の間の空を眺めたのだった。

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