閑話. マキシム・スタインの予感
「マキシム様が、カイン王子の子孫だって言うのは本当なのですか?」
ロクサーヌ様とは正式に婚約してから定期的に会うようにしていたので、今日も、彼女とスタイン家の庭のテラス席でお茶会をしていたのだが、急に彼女がそんな事を聞いてきたのだった。
「えぇ。そうですよ。高祖父に当たります。」
巷では、流行歌の影響で俄にミューズリーの英雄カイン王子の人気が高まっていたせいか、最近この質問をされる事が多くなっていたので、俺は少しうんざりしながら答えた。
すると彼女は、俺の返答に目を輝かせながらじっとこちらを見つめたのだった。
「まぁ!素敵ですわね!」
(もしや……)
彼女の事は大体わかる。
とにかく、感化されやすいのだ。
だから今は、世間でのカイン王子人気に影響されているのだろうと、容易に想像できた。
「一応言っておきますけど、子孫は子孫であって、生まれ変わりでもなんでもないですからね。俺は俺なんで。」
「そ、そうですわよね。分かっておりますわ。」
念の為釘を刺すと、分かってくれたのか彼女は直ぐに納得してくれたようだった。
……と、思いたかったのだが、やはり相手が彼女なので、そうすんなりとはいかなかった。
「ですが、カイン王子の血を引いているのならば、やはり何か特別な力を受け継いでいるのでは有りませんか?」
「ないです。」
「カイン王子と同じ魅了耐性があるとか……」
「ないです。」
ロクサーヌ様は、何かを期待するような面持ちで、あれやこれやと俺に質問を続けたが、どうやらカイン王子を神格化しているようで、聞いてくる事がどれも御伽噺の出来事レベルなのだ。
現実的では無い質問ばかりする彼女に、少しうんざりして、俺は溜息を一つ吐くと、ロクサーヌ様を嗜めた。
「なんですか、そんなにカイン王子に憧れが強いのですか?何度も言うように、俺は子孫ではあるけども、同じ人間では無いのでそのような質問ばかりされては困ります。」
「もし……もしまた魔女が現れたら……
マキシム様が魅了されたらどうしましょう……」
「……は?」
この世に魔女など居るはずもない。
あれは御伽噺の世界の登場人物だ。
いや、そもそも急に何の話だ?
何故急に魔女が出て来た??
いつものことながら、突飛な彼女の思考回路は読めない事が多い。
恐らくだけれども、巷で流行している歌が、悪い魔女に魅了された王侯貴族によって苦しめられたミューズリー国民をカイン王子が救ったという内容なので、この歌の内容を真に受けているのであろうと察するのに10秒はかかってしまった。
そして、俺が察する迄にかかった10秒の間にいつもの如く、彼女は自分の中で話をどんどんと展開していくのであった。
「いいえ、そんな弱気でわダメですわね。そうだわ!もし魔女が現れても、私がやっつければ良いのですわ!!」
あの歌はただの比喩なので勿論ミューズリーの歴史上にも魔女などは存在していないのだが、経験上今言ってもまともに聞き入れてもらえないと分かっていたので、とりあえず彼女に話を合わせた。
「何故急に魔女が出てくるんです?」
「歴史は繰り返すって言うじゃありませんか!もう直ぐミューズリーと併合してから100年ですし、そろそろ復活すると思いませんか?!」
思いません。何故なら人を魅了する魔女など最初から存在していないから。
俺はそんな言葉を飲み込んで、辛抱強く彼女に合わせた。
「魔女をやっつけるって、一体どうやって?」
「それは……とにかく今から身体を鍛えますわ!健全な精神は健全な肉体に宿るって言いますでしょう?」
まさかの物理。
俺は笑いそうになるのを必死に堪えた。なにせ、彼女は至って真面目にそう考えているのだから。
「……貴女はそんな事を心配しなくて良いんですよ。魔女なんて居ませんから。」
笑うのを我慢しながら、彼女が一通り言いたい事を全て言い終わったと察して、ここでやっと、俺は彼女に魔女なんて居ないことを告げた。
「あの歌は大衆向けにだいぶ脚色されています。実際の史実は、当時のミューズリー王に取り入って王を骨抜きにした王妃が、自分が贅沢をする為に王侯貴族を唆して悪政を行なっていただけです。強いて言うならば魔女ではなくて悪女ですね。」
そう、これが歴史の事実。
ミューズリーに限らず、悪女によって滅びた国は歴史上それなりに有ると記憶しているので、言うなれば何処にでも起こり得る出来事だ。
だから魔女なんか居ないので、居ない物に対して不安になる事は無いと宥めたのだが、しかし、思いの外彼女は的を得た正論を返してきたのだった。
「悪女の方が、実在する分タチが悪いじゃ無いですか!それに、殿方に取り入ろうとする悪女なんて、そこらじゅうにいますわ!!」
「……確かに。」
俺は思わず納得してしまった。
彼女の言う通り、御伽噺の魔女なんかより実際に生きている人間が一番怖いのだ。
分かっているのか、いないのか。
まぐれでも本質を言い当てた彼女の事を、少しだけ見直したが、けれども直ぐにその評価は撤回した。
「そうでしょう?ですから、私はより一層努力しないと。もし、マキシム様に悪女が近づいて来ても、対処出来るように。……やっぱり身体を鍛える所から始めようかしら。」
彼女の考える対処方法が、相変わらず斜め上なのだ。
少なくとも、御令嬢がとりあえず物理で物事を解決しようと思うのはやめて欲しかった。
「ロクサーヌ様、一回身体を鍛える考えから離れましょうか。それにみくびらないで貰いたいですね、これでも人を見る目には自信があるんです。俺はそんな人には魅了されませんよ。」
「も……もちろんマキシム様を信じていますわ!……でも、万が一の可能性だって……」
「大丈夫ですよ。貴女以上に、目が離せない人は居ませんよ。」
そう、この御令嬢から目を離してはいけないのだ。何をしでかすか分からないから。
この前だって下手したら国の地盤が揺るぎかねなかったのだ。
しかし、さらりと俺の口から出た言葉にロクサーヌ様は顔を真っ赤にして俯いてしまった。
「……わ……私も、マキシム様だけを見ていますわ!他の殿方など、目にも入れませんわ。」
「……ありがとうございます。」
あぁ、そうか。
今の言い方だと、まるで口説いているみたいだなとこちらも気付くと、途端に恥ずかしくなって、お互いに黙ってしまった。
正直に言って、そう言った意味で口にした言葉では無かったが、恥ずかしそうに俯く彼女が可愛らしかったので、訂正はしなかった。
それに、彼女がそのように受け取ってくれても構わなかったのだ。
だってロクサーヌ様から目が離せないのは事実なのだから。
それは、きっと、これからずっと、俺はロクサーヌ様から目を逸らさないだろうと、確証にも近い予感が、この胸に育っていたのだった。




