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閑話 アリッサ・スタインの憂鬱2

「あの、お嬢様……本日もお見えになっていらっしゃいます……」


 そう言って、今日も侍女が言いにくそうに彼女の来訪を告げに来た。


 あの日以来、信じられない事にロクサーヌ様は毎日我が家にやって来るのだ。お兄様が居なくてもお構いなしに、約束も取り付けていないのに、毎日私に会いにくるのだ。


 今日でもう五日目だった。


 いつもは侍女に言って適当にあしらって帰って貰っていたが、こうも毎日来られては、流石の私もうんざりしていた。


 だから文句の一つでも言ってやろうと、今日に限って、私はロクサーヌ様に会ってあげる事にしたのだった。


「一体どういったお考えなのですか?約束もないのに毎日押しかけるなんて非常識ですわ!」


 会ってあげるからといって、友好的な態度を取るつもりは微塵もない。私は応接間に待たせているロクサーヌ様に向かって、開口一番に不機嫌な様子をそのままぶつけた。


「アリッサ様に許していただくまでは、私何日でも通い続けますわ!」

「それが迷惑だと言っているんです!まったく……貴女は、そうまでして我が家と婚姻を結びたいのですか?」

「ええ、そうです!」

「それならば私なんかより、お父様に働きかけるべきだわ。これは、家同士の問題ではなくって?」


 こちらが不満を述べても、ロクサーヌ様は相変わらずで、こちらの迷惑などまるで考えていないようであった。


 相変わらずな彼女の様子に、私は深く溜息を吐いた。


 そもそも何故、彼女は自分にこだわってるのだろうか。だって、家同士の婚姻なら、当主であるお父様にするべきであるのに。


 思わず私がそんな当然の疑問を零すと、ロクサーヌ様は、真面目な顔で答えたのだった。


「いいえ、マキシム様は貴女の事を思って、このお話を一度は断っているのです。マキシム様が貴女の心を大切にしているのだから、私も貴女の気持ちを大切にしたいのです。」


 目をキラキラさせてそう言ってのける彼女の気持ちに、嘘偽りはなさそうだった。


 ん……

 ちょっと待って……?

 という事は、つまり……?


 私は彼女の物言いに引っかかりを感じ、そして気付いてしまった。


「……貴女もしかして……お兄様の事好きなの?」


 まさかとは思ったけど、私は言葉にして彼女に確認してみた。お兄様が好きなのかと。


 するとロクサーヌ様は顔を真っ赤にして、ガチャンと手に持っていたカップを勢いよく下ろして、明らかに動揺したのだった。


「そ、そ、そんな事、ありませんわ!あくまでもこれは、お兄様が望んでいる事ですわ!まさか私が、マキシム様をお慕いしてるだなんて、そ、そんなの、あ、ありえませんわ!」


(……とても分かりやすいわね、この人。)


 狼狽えるロクサーヌ様を前にして、私は確信してしまった。


 つまりこれは、単純な政略結婚ではないなと。いや、家同士の思惑はあるのだと思うが、ロクサーヌ様の想いはもっと単純で、それに気付くと、今迄の彼女の行動にも納得がいった。


「成程つまりは、お兄様に気に入られたいから、私に謝罪していると。貴女が心から私に謝りたいと思った訳では無いのですね。」

「違います!いえ、マキシム様に良く思われたいっていうのは違わないけど……でも、過去の自分の行いを恥じているのは事実ですわ。」

「まぁ、どちらでもいいですわ。どのみち私自身としては貴女のことを受け入れるつもりは無いですから、勝手にしてください。」


 スタイン家として、お父様やお兄様が決めた事ならば、私は意見言う事はない。

 けれども、私個人としての気持ちは、それとは別。とてもじゃないが、彼女を受け入れるなんて出来ないので、私はロクサーヌ様を拒絶し続けたのだが、しかしそれでも彼女は引き下がってくれなかった。


「そんな……どうしたらアリッサ様は私が本当に心から過去の自分の行いを謝罪したいと思っている事を分かってくださるの。」

「私に分かってもらおうなんて、もう諦めて下さい。」

「いいえ、分かってくださるまで、私毎日でも参りますわ!」

「止めてください!!……分かりましたわ。そうね、貴女が散々見下していたミューズリーの血を引く者たちに誠意を見せてくれたら考えてあげますわ。」


 あまりのしつこさに、私はうんざりしながらそう答えた。


 今迄のノルモンド家の振る舞いを考えれば、そんな事は無理だろう。


 これで諦めてくれるだろうと思ったのだが、しかし、ロクサーヌ・ノルモンドはそんな普通の人物では無かったのだ。


「成程……分かりましたわ!!」


 一体何が分かったのか、本当に分かっているのか、甚だ疑問では有ったが、彼女は何かを納得すると、何かやる気に満ちた顔で帰っていってしまったのだ。


 私はやっと帰ってくれた事にほっと胸を撫で下ろしはしたが、彼女の最後の言葉に、得も言われぬ不安が胸をよぎった。


 そしてその予感は的中する。

 数日後、私宛にロクサーヌ様主催のお茶会への招待状が届いたのだった。


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