23. マキシム・スタインの婚約
あのノルモンド家の夜会の後、約束通りマキシムはロクサーヌと妹のアリッサを引き合わせた。
最初こそアリッサは彼女を嫌っていたが、ロクサーヌが何度も何度も諦めずに通い詰めるうちに、段々と彼女の残念な部分が露見していき、アリッサもまた、結局はロクサーヌの放って置けない感じに絆されたのだった。
「マキシム様、私アリッサ様に許して貰えましたわ。」
「そうみたいだね。」
「これで、ご一考して頂けるんですよね?」
そして、アリッサと和解をしたロクサーヌは、正に怖い物なしだった。ミューズリー嫌いの祖父の顔色を伺っていたのが嘘の様に、実に堂々と人目も気にせずマキシムに直接会いに来たのだ。
ただの令嬢が王城の一室にある王太子の側近である自分の執務室に入ることなど普通ならば出来ないので、マキシムは彼女がこの場所に現れたことに驚いたが、相手がロクサーヌなのだ、そう言った常識は考えるだけ無駄であると直ぐに納得した。
マキシムは考えることを止めて目の前に現れたロクサーヌをまじまじと見つめると、彼女は期待に満ちた目で真っ直ぐにこちらを見つめていて、マキシムとバッチリと目が合うと、恥ずかしそうに顔を逸らし、それから恥じらいながら小さな声で自分の気持ちを伝えたのだった。
「私、お兄様がこのお話を持ちかけなかったとしても、マキシム様をお慕いしています。」
「どうしてそんなに……」
自分の事を慕ってくれるのか。彼女からの直球の告白に動揺して、マキシムはその言葉が上手く出なかった。
そんな言葉に詰まっている彼に少し不安そうになりながらも、ロクサーヌは節目がちに言葉を続けたのだった。
「だって貴方は、あの時私が失礼な態度を取っていたのにも関わらず、私を助けてくださったわ。それに夜会の時も、ずっと私の勘違いに付き合ってくださいました。……お優しいんです、マキシム様は。」
「それは……当たり前の事をしたまでですよ。」
「そうだったとしても、あの時からこのタイは、私の宝物なんですの。」
そう言ってロクサーヌは手の中に大事そうに握りしめていた真っ白いタイを愛おしそうに見つめた。
それは、ガーデンパーティーの時に手当てに使ったマキシムのタイであった。
「そんな物が?そんなの何処にでもある無地のタイじゃないか。」
「ええ。ですがこれは、マキシム様が私の手当てのために使ってくださったタイです。だから宝物ですわ。」
目を潤ませて頬を少し染めながら愛しそうに微笑み手にしたタイを見つめる様子は、如何にそれが彼女にとって大切な物であるかが一目瞭然であった。
(ああ、もう、だからずるいんだってば!)
その笑顔を見て、マキシムはドキリとした。こんな風に慕われたら、誰だって悪い気はしない。その上、普段は自由で勝ち気な彼女が、しおらしく恥じらいながら好意を伝えてくる姿はとても可愛く映り、彼の心は激しく揺さぶられたのだった。
「……そんな無地の男物のタイなんかじゃなくて、もっと代わりの物を贈りますよ。」
「えっ……?」
「……婚約の話、前向きに考えますよ……」
これでいい。これを皆が望んでいるのだからと、自分がロクサーヌに惹かれていることを誤魔化すかの様に、心の中で繰り返しながらマキシムは顔を逸らして、照れ隠しの為にぶっきらぼうに返事をした。
ロクサーヌの顔はとてもじゃないが見れそうに無かったので、マキシムは顔を逸らしたまま彼女の反応を待つと、するとロクサーヌは、そんな彼からの言葉に顔を真っ赤にして、嬉しさのあまり勢いよくマキシムに抱きついたのだった。
それから暫く経ったある日、王城の一室ではレオンハルトが上機嫌で、側近の三人を執務室に呼びつけていた。
「やぁ、マキシム。婚約おめでとう!!」
レオンハルトは、側近の内の一人が部屋に入ってくるや否や満面の笑みで出迎えたのだが、対して出迎えられた方のマキシムは心底嫌そうな顔をして形式的に頭を下げたのだった。
「殿下から直々にお祝いのお言葉を頂けるだなんて、光栄です。」
「清々しいまでに棒読みだね。」
不快な表情を隠そうともしないマキシムの態度にも、レオンハルトは嫌な顔をせずにニコニコと応対する。それ程までに彼は機嫌が良いのだ。
対照的にマキシムの方は、レオンハルトを前にしてずっと不機嫌そうに硬い表情をしていた。彼にはどうしても不満があるのだ。
そんなマキシムの気持ちを知ってか、レオンハルトは構わずに彼の気持ちを逆撫でする様なことを嬉しそうに話すのであった。
「それでどうだい、私の言った通りになっただろう?」
まるで自分の手柄みたいに得意げな顔で話すレオンハルトに、マキシムは更に眉間のシワを深くして睨んだ。
「それに関してだけは、本当に、本当に、本当に不本意です……」
この度マキシムはノルモンド家のロクサーヌと婚約をしたのだが、それは以前レオンハルトが思いつきで言った”自身の婚約者候補であった令嬢と、自分の側近との婚約”がまんまと実現した形なので、マキシムは釈然としない気持ちでいっぱいで、心底悔しそうに呟いたのだった。
「しかし意外だったな。ロクサーヌ様のこと、お前は迷惑そうにしていたのに。」
遅れて部屋に入ってきたミハイルが、不思議そうに尋ねると、マキシムは気恥ずかしそうな顔で答えた。
「確かにそうだったんだけどさ、まぁ、一緒に居ると飽きない……というか、何をしでかすか分からない所が放っておけないというか……」
「確かに、あのお嬢様は中々だったな。」
そう言ってもう一人の側近ラウルは、夜会での出来事を思い出してクスリと笑った。
「……心労が増すぞ?」
「まぁ、そうかもな。」
同僚からの心配を、マキシムは苦笑しながら受け取った。
ミハイルの言う通り彼女のあの性格はきっと直らないだろうから、彼の言う通りこの先もずっと振り回されることだろう。けれども、それで良いと思ったのだ。
「何はともあれ、これは歴史的な事だよ。国を上げてお祝いしたいね。」
「やめて下さい。放っておいて下さい。」
マキシムはうんざりしながら、本当にやりかねないレオンハルトに釘を刺した。
ミューズリー出身者とシュテルンベルク純血主義者との和解の象徴。レオンハルトはマキシムたちにそれを望んでいるようだけど、そんな物になる気は彼には微塵もないのだから。恐らくロクサーヌだってそんな事考えてもいないだろう。
けれども本人たちの思いをよそに、スタイン家とノルモンド家の婚姻は、後の世に多大な影響を与えた重大な転換点になったのだったが、今はまだその事は誰も知らないのであった。
本編完結です。ここまでお読み下さり有り難うございました。
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この後もう少し閑話を続けます。
またこの話は、「当て馬令嬢は、吟遊詩人の歌声に魅せられて理想の恋を手に入れる」のクロスオーバー作品です。
よろしければそちらも読んで貰えると嬉しいです。




