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20. 三曲目

(もう直ぐ二曲目が終わってしまうが、アルバート様を上手く連れてこれなかったのか……)


 ロクサーヌとダンスを踊りながら、ミハイルは周囲を見渡したが、兄を呼びに行くと言った婚約者の姿が未だに見えないことに焦りを感じていた。


「ミハイル様、もう直ぐ曲が終わりますけど、私やはり、どうしても貴方様と踊った事が国の為になるなんて思えないんですわ。だってどう考えたって、ただ踊っているだけじゃ無いですか。」

「そんな事はありません。長い目で見たら絶対に良かったと思いますから。」


 不審そうな目を向けるロクサーヌに対してミハイルはそうは言ってみたものの、実際の所彼女の暴走を止めると言う意味で国の為である事に違いはないのだが、本当にただ踊っているだけなのだ。


 そして彼女自身が未だに自分の兄がクーデターを起こすと思い込んだままなので、このまま彼女を足止めする必要があるが、しかし流石に婚約者でも無い女性と二曲連続で踊る事は憚られた。


 打つ手がないまま踊り続けて、アイリーシャがアルバートを連れて戻ってくる事を願ったが、しかしいくら周囲を見渡してもその姿を見つける事は出来なかった。


 ……が、ミハイルは中央で踊る人々を見つめる人々の中に、こちらの様子をじっと見ていたあの人物を見つけて、すかさず睨むように目に想いを込めて、じっと見つめたのだった。

 彼ならきっと、こちらの意図を気づいてくれるだろう。いや、彼は気付かなてはいけないのだ。そんな風に思って見つめていると、彼の方もしっかりと意図を汲み取ったようで、僅かに眉間にシワを寄せながらも、こくりと頷いたのだった。


 そして曲が終わり、最後に礼をしてミハイルがロクサーヌの手を離すと、今度こそと、ロクサーヌは勢いよく走り出そうとした。


 ……いや、走りだろうとしたのだが、またしてもそれは出来なかったのだ。何故なら彼女のその手をスルリと掴む人物が居たから。


「ロクサーヌ様、お待たせしました。」

「マキシム様……」

「さぁどうか、私と一曲踊って下さい。」


 ロクサーヌが振り返るとそこにはマキシムが立っていたのだ。


 突然マキシムに手を取られて、ロクサーヌは驚いて思わず言葉を失ってしまったが、直ぐに我に返ると、慌てたように口を開いたのだった。


「離してください、私はお兄様の企みを止めに行かないと!」

「行くって一体どこへ?」

「国王陛下の所ですわ!」


 彼女の言葉にマキシムは眩暈がするのを覚えたが、なんとか堪えて、そして表情を崩さぬように冷静を装って続けた。


「ロクサーヌ様が真剣にこの国の行く末を憂いているのはよく分かりました。ですが、先ずは俺の話を聴いてください。」

「こんな時にダンスだなんて、そんな悠長な……」

「そんな悠長な時間はあるんですよ。それに踊りながらでも話は出来ますからね。さぁ、お手を。」

 そう言ってマキシムが恭しく礼をして手を差し出したので、困惑しながらもロクサーヌは差し出された手にそっと自らの手を重ねた。


 先程から周囲の注目を集めている事は薄々感じていたから、今ここで、マキシムの誘いを断ってしまっては、彼の立つ瀬が無くなってしまうので、応じるしかなかったのだ。


 こうしてマキシムはそのままロクサーヌの手を取ると、ホールの中央へと歩き出し、そのまま流れるような仕草で彼女をリードし踊り始めたのだった。




「……貴方、ダンスがお上手なんですね。」

「そりゃ、まぁ、公爵家であれば当然の嗜みですからね。」


 ホールの中央で、マキシムとロクサーヌは優雅にワルツを踊っていた。

 ただでさえ、スタイン公爵家とノルモンド公爵家という組み合わせで人々の注目を集めていたのに、二人ともダンスの腕前は相当なもので、会場の注目を一身に惹きつけるほどであった。


 そして二人が踊り始めてから少し経った頃、マキシムはそつなくリードをこなして、ロクサーヌのステップを軽やかに誘導しながら、とても真剣な顔で本題を切り出したのだった。


「それで、結論から申しますと、殿下とヴィクトール様の会話はロクサーヌ様の聞き間違えです。」

「嘘をついているかも知れませんわ!」

「……ロクサーヌ様。そのような事を言ってはなりません。誰かに聞かれたら不敬罪に取られかねませんよ。」


 相変わらず危うい事をうっかり口にしてしまうロクサーヌにマキシムは肝を冷やしたが、なんとか顔色を変えずに穏やかに彼女を嗜めて、そして話を続けた。


「確かに、ロクサーヌ様の聞いた言葉を殿下たちは口にしていました。ですがロクサーヌ様は全ての言葉を聞いていないのです。ヴィクトール様は、”いずれ国王陛下になる私の為に古い体制を打ち壊してこの国の輝かしい未来を手に入れましょう”と言ったのですよ。」

「そ……そうなのですか……?」


 マキシムから告げられた事実に、ロクサーヌは俄には信じられなかったのか、戸惑った様にそう呟いたのだが、ふと、彼女が最初に聞いていたヴィクトールとエリオットとの会話を思い出してハッとした。


「け、けれどそれでは、あのガーデンパーティーの時のお兄様の話はどうなのですか?!

“必ずあいつを抹殺して、あいつの立場を奪ってやる”って言っていたわ!」

「ヴィクトール様が蹴落としたいのはアストラ公爵家のラウルです。あの二人昔から折り合いが悪かったからね。だからまぁ、何かしらラウルに嫌がらせは考えているんだとおもうけど、でもそれはロクサーヌ様が思っているような重大な物ではないんじゃ無いかな。」

「抹殺だなんて言葉を口にしてましたよ?穏やかではありませんわ?!」

「頭に血が上って、その時たまたま言葉が強くなってしまったんだと思いますよ。よくある事です。」


 冷静に一つ一つロクサーヌからの問いに返答を返すマキシムに対して、ロクサーヌはそれでもまだ納得が出来ないようで困惑したように反論を続けた。


「そ、それでは、先程お兄様に言われた

ことは、どういう意味ですの?」

「一体何を言われたんですか?」

「”この計画は殿下の意向でもあるんだよ。この国の未来を考えれば絶対に必要な事だし、その為にロキシー、君も協力するんだよ。”と言われましたわ。」

「この計画の具体的な内容は聞きましたか?」

「……いいえ……」

 マキシムと話して、ロクサーヌは遂に自分が早とちりをしていた事に気が付いたようで、次第に声が小さくなっていった。

 そんな風に俯きがちになった彼女の様子を見て、マキシムは心の中でホッと息をつくと、努めて優しい声で彼女に声をかけたのだった。


「まぁ、今こうして俺と踊っている事で、ロクサーヌ様は十分にヴィクトール様の計画の役に立っていますよ。」

「どう言う事ですの?!」

「つまり、ヴィクトール様は、ノルモンド家とスタイン家の仲を取り持った立役者になりたいんですよ。両家の関係の好転が殿下の意向でもあるからね。」


 大分大雑把で、色々と端折ったが、大筋では間違った事は言っていない。これで全て丸く収まるだろうと、マキシムは思った。

 すると彼の言葉を聞いて、ロクサーヌは驚いた様に目を丸くして、信じられないと言った顔でマキシムを見つめたのだった。


「それってつまり……私……マキシム様と仲良くして良いの……?」

「えっ?まぁ、そうなった方が都合が良い人が多くいるって事ですね。」

「本当……本当に?」


 信じられないといった顔で、こちらを見つめるロクサーヌに対して、マキシムは「本当です。」と頷いてみせた。すると彼女は、目を潤ませながら嬉しそうに笑みを浮かべると、まるで花が咲くようにパッと顔を輝かせながらマキシムにお礼を言ったのだった。


「あのっ!!私、ずっとマキシム様にお伝えしたい事があったのです。あの時マキシム様が助けに来てくださったこと、本当に嬉しかったんです。有難うございました。」

「えっ……、あ、あぁ。どういたしまして。」


 彼女からの突然の言葉に、マキシムは戸惑いながらもなんとか返事を返したのだが、しかし、彼を本当に動揺させたのはこの後だった。


「あぁ、やっと言えましたわ。」

 そう言って、ロクサーヌは少し頬を赤く染めて嬉しそうに微笑んで見せたのだ。


(そのギャップは反則だろう……!!)


 普段のロクサーヌを知っている者からすれば、今の彼女の表情はとても新鮮で、そしてとても可愛らしく見えたのだ。


 その笑顔が自分に向けられたことに動揺して、思わずマキシムはステップを踏み間違えてしまったのだった。

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