2. とんだとばっちり
ドアを開けると、目の前に王太子レオンハルトが現れて、マキシムは一瞬固まってしまった。そのままドアを閉めなかった事だけは誉めてほしい。
「レオンハルト殿下、ミハイルに何か御用ですか?」
「何の用かって、お祝いを言いにきたに決まってるだろう?」
マキシムは慌てて道を譲ると、レオンハルトは真っ直ぐにミハイルの元に歩いて行った。
「ミハイル、アイリーシャ嬢と婚約したんだってね、おめでとう。」
「はい、有難うございます。殿下から直にお祝いの言葉をいただけるなんて光栄です。」
そう言って恭しく礼をして殿下のお言葉に応えるミハイルをレオンハルトは満足そうに眺めると、今度は不意にくるりと後ろを振り返り、目が合ったマキシムに対してニッコリと笑ったのだった。
「あぁマキシム、それで君はどうなの?」
危惧していたこと、レオンハルトの矛先がマキシムに向いてしまったのだ。
「どう……と申しますと?」
嫌な予感しかしていなかったが、殿下に問いかけられたら無視などできない。
マキシムは観念して仕方なく、レオンハルトと向き合った。
そして、嫌な予感は的中するのだった。
「ミハイルは私の婚約者候補であったアイリーシャ嬢と婚約をしたんだよ?で、君はどうなの?」
思ってた通り、レオンハルトは以前の話を掘り返してきたのだ。とんだとばっちりである。
「どうもこうもしません!」
「何故だい?だって君、恋人も婚約者も居ないじゃないか。マキシムならとても信頼できるから、今まで私の為に婚約者候補として拘束してしまった御令嬢たちにとって、不足の無い相手なのになぁ。」
全く他意無くレオンハルトは本気でそんな事を言うからマキシムは頭が痛くなってきた。
この人を言葉で説得できた試しが一度もない上に、今この場には、一緒に戦ってくれる同志もいないのだ。ミハイルもラウルも既に婚約者が居るから。
「そうだ、良いことを思いついたよ!」
そう言ってレオンハルトは顔をパァっと明るくして満面の笑みを浮かべたが、側近たちは分かっている。こういう時の彼の思いつく事は、絶対にろくでもないことだと言う事を……
「レスティア嬢に頼んで、私の婚約者候補だった令嬢たちとのお茶会を開催して貰おう。そしてそこにマキシムも参加しなさい。そうすれば、レスティア嬢も他の有力家の御令嬢たちと関係を築けるし、君もその中の誰かと仲を深められるし、良い考えだろう?」
一聞すると確かに良い考えのように聞こえてしまうが、マキシムにとっては全く良い事がない。
御令嬢たちの社交の場に、雑に自分を放り込まれるなんて堪ったもんじゃないのだ。
マキシムは必死に反論を試みる。
「確かに正式に婚約者に決まったレスティア様と他の元候補者たちとの交流を図ると言った面では、殿下の仰るお茶会は有益だと思います。しかし、そんな女性たちのお茶会に、男である自分が参加するのは不自然ではないでしょうか。」
「そんな事ないでしょう。前にミハイルが教えてくれたじゃないか。アイリーシャ嬢の兄君は、そう言った御令嬢たちのお喋りの場に参加する事で、様々な情報を得ているんだって。だから前例があるんだから、マキシムはそんな事気にしなくて大丈夫だよ。」
「けれども……やはり御令嬢たちの集まりに私が参加することで、彼女たちも気を遣ってしまうかと思います。女性だけの時と、一人でも場に男性がいる時とでは、会話の内容も選別されます。だから女性だけの方が、きっと彼女たちも忌憚なく思っていることを何でも話せて、深く交流が出来るのではないでしょうか。」
屁理屈や話のすり替えなどが得意なレオンハルトに、話術で勝てた試しがないが、それでもマキシムは必死に抵抗した。
すると、意外な事に珍しくレオンハルトがマキシムの言っている事に理解を示したのだった。
「ふぅむ。マキシムの言うことも分かるな……」
殿下のこの反応はマキシムにとっても意外であったが、このチャンスを逃すわけにはいかなかった。
「そうでしょう!ですから……」
止めましょう。マキシムがそう言葉を繋げようとしたその時だった。
レオンハルトは良いアイデアを思いついたと言わんばかりに目を輝かせて、マキシムの発言に被せて新しい考えを披露したのだった。
「よしっ!!だったら我々もみんなで参加しよう。どうせならもっと規模を大きくして、五大公爵家から御令嬢以外の関係者も招いて交流が出来る会にしよう。そうだな、どうせなら私と近い年代の人を集めよう。この国の未来を背負う、次世代たちが交流するガーデンパーティーだ。どうだラウル、いい考えだろう?」
「そうですね、我々の世代ではわだかまりもなく各家が交流できるように計らうのは良い事だと思います。」
認めるのは癪だが、レオンハルトの提案は国にとって本当に有益な計画だった。反対する理由が特にない。
名指しされたラウルは賛同の意を示すとチラリと横目で同僚の様子を伺った。するとマキシムの顔は能面の様に色をなくして、虚無の顔をしていたのであった。
しかし、そんなマキシムを無視してレオンハルトは話を続けたのだった。
「わだかまりなく……ね。そうなるのが理想なんだけどね。ミハイルのメイフィール家はいいとして、ラウルもマキシムもノルモンド家と仲良く出来るかい?」
そう言ってレオンハルトは真面目な顔をしてラウルとマキシムの二人を見遣った。
ラウルの生家アストラ公爵家は、代々ノルモンド公爵家と五大公爵家内での立ち位置を争っていたが、ラウルの妹のレスティアが王太子妃に選ばれた事で、過去一番に関係が悪くなっていたし、マキシムの生家のスタイン公爵家は、百年ほど前にシュテルンベルグに併合されたミューズリーという国が系譜となっているので、シュテルンベルグの純血を理想とするノルモンド公爵家からは蔑まられているのだ。
そんな相手と仲良く出来るのかと、レオンハルトは側近たちに問いたのだった。
すると、王太子からの問いかけに、硬い顔つきのままラウルが答えた。
「……善処はしますが、どちらかと言うと善処するのはノルモンド家の方だと思います。」
それは、彼が言える精一杯だった。
「ラウルは手厳しいね。まぁ実際そうだと思うけど。どうしてああも古臭い考えなんだろう。ノルモンド公爵家はどうも爺さんの支配力が強過ぎるね。時代の変化に合わせて柔軟になってもらわないと困るんだけどなぁ。」
レオンハルトは先代のノルモンド公爵を思い出して、溜息を吐いた。選民意識が強く、元ミューズリー側の貴族を毛嫌いにしているし、王家への執着も強い人だったので、ノルモンド公爵家自体が、そういった家風になってしまっているのだ。
この国シュテルンベルグを支えている五大公爵家には足並みを揃えて貰いたいのだが、どうにもノルモンド家だけが、浮いてしまっている。これが近頃のレオンハルトの悩みの種だった。
「マキシムがノルモンド家のロクサーヌ嬢とくっ付けば、なんか全て丸く収まりそうな気がするんだけどねぇ。」
「そんな事あり得ないでしょう。殿下だってよく分かっている筈です。ノルモンド公爵家は、ミューズリーの系譜の我がスタイン家を昔からずっと嫌っているじゃないですか。」
どうしてこうも次から次へととんでもない思いつきを口に出来るのか、その頭の切り替えの早さは尊敬するが、マキシムは彼の言う内容には1ミリも賛同できなかった。
不機嫌さを隠すのを止めて、マキシムは不満そうな目でじっとレオンハルトを見返したが、しかしレオンハルトはそんな視線など意に介さずに平然ととんでもない話を続けたのだった。
「だから、君とロクサーヌ嬢が婚姻したら歴史的和解になるんじゃないか。」
「だから何度も言いますが、殿下は人には感情があることを覚えてください!!」
「けれど貴族の多くは、自身の感情を押し殺した政略結婚だと思うけど?」
「それならば殿下は、以前に報いてあげたいと仰っていた婚約者候補に、自身の感情を押し殺して政略結婚をしろと仰るのですか?」
マキシムは考えうる正論で精一杯レオンハルトに反論したが、のらりくらりとかわすレオンハルトの方がやはり一枚上手で、到底敵う相手ではなかった。
気の毒そうに見守る同僚二人の前で、マキシムは一人善戦したが、健闘虚しくレオンハルトは笑顔で結論を結んだのだった。
「そうか、じゃあつまり、ロクサーヌ嬢がマキシムの事を気に入れば良いんだね。なるほど、分かった。」
全然分かっていないっ!!
レオンハルトのその結論にマキシムは再び目の前が白くなって意識が遠のきそうになった。
この人の発想は、いつも斜め上過ぎる。
あまりの事に反論の言葉すら出てこなかった。
そんな風にマキシムが固まってしまっていると、自身のこのアイディアに満足した様子のレオンハルトは、側近三人にガーデンパーティーの日程調整と、出席者の選定、会場の確保等を指示して機嫌よく部屋を去っていったのだった。