17. 元凶
「やぁ、マキシム。君も出席していたんだね。」
「レオンハルト殿下、ご機嫌麗しゅう存じます。」
ロクサーヌをミハイル達に任せて一人でレオンハルトを探しに来たマキシムは、多くの夜会参加者の中から目的の人物を見つけると、挨拶もそこそこにつかつかとレオンハルトの隣に歩み寄って、声を落として周囲に聞こえない様に耳打ちをした。
「殿下、少し人払をしていただけませんか?お話があります。」
予想外の申し出にレオンハルトは一瞬驚いた様な顔をしたが、何やら深刻そうな顔でこちらを真っ直ぐに見るマキシムの様子に、直ぐに周囲にいた人達を遠ざけて二人だけの空間を作ると、改めてマキシムに向き直った。
「それで、人払なんてさせて、一体どうしたって言うんだい?」
「先程、ヴィクトール様と別室で話をされましたよね?」
「そうだけど……」
「何を話されたんですか?」
何故急にそんな事を聞くのかマキシムの質問の意図が掴めないレオンハルトは怪訝そうな顔で見返したが、マキシムの表情は真剣そのものなので、変に隠し立てせずに正直に彼からの問いに答えた。
「何って、そうだな……今後の国の在り方についてかな。」
「もう少し具体的に。」
少し怖いくらいにピリピリしているマキシムの雰囲気に困惑しつつも、レオンハルトは彼の望み通りに質問にもう少し詳細に答えた。
「ノルモンド公爵家が、ミューズリー側の貴族に対しても歩み寄って行くようにと、そういった話をしたんだよ。爺さんと違って、ヴィクトールには偏見がなく私の理想に賛同してくれているからね。」
「はぁ……」
レオンハルトからの返答に、マキシムは思わず間の抜けた声を出してしまった。
殿下の言っている事は凄く真っ当で、それは彼が常日頃から自分たち側近にも語っている事だったのだ。
それならば何故ロクサーヌはあんな勘違いを起こしたのだろうか?今レオンハルトから聞いた話だと、特に誤解を招く様なところは無いのだ。
少しだけ考えて、マキシムは質問の内容をより具体的に変えてみることにした。
「ところで、その会話の中で国王陛下って出て来ましたか?」
「そうだな……ヴィクトールが、”いずれ国王陛下になる私の為に古い体制を打ち壊してこの国の輝かしい未来を手に入れましょう”みたいなことは言ったかな。」
(……それだ。)
レオンハルトの言葉を聞いて、マキシムはハッキリとロクサーヌの勘違いの原因を理解した。
多分彼女は、国王陛下、打ち壊す、手に入れると言ったキーワードのみを聞いてしまって、脳内でストーリーを勝手に組み立てたのだ。
謎が解けるとなんてことなかった。やはりいつものロクサーヌの思い違いなのだ。
そうと分かって、さて彼女にはどう説明して納得してもらおうかと、なんとも言えない複雑な顔で腕組みをしてマキシムが考え込んでいると、今度はやや不機嫌そうな表情のレオンハルトが彼に質問を問いかけた。
「ところでさっきから一体何なのだい?人払をしてまでする様な質問だったか?」
レオンハルトは、一体全体このやり取りが何のためなのか全く分からないのだ。
「まぁ、それは……念のためという事で……」
マキシムはロクサーヌが盛大な勘違いを起こしている事をレオンハルトに伝える事も考えたが、口を開きかけて止めた。
彼の性格からして、余計にややこしくなりそうだから。
するとそんな歯切れの悪いマキシムにレオンハルトは益々不満そうな目を向けたのだが、彼は直ぐに気持ちを切り替えるとニッコリと笑って、生き生きと別の話題を話し始めたのだった。
「まぁ、マキシムが話したく無いのなら別に良いけど、それよりもさ、ヴィクトールとの会話には続きがあってね。こっからが大事なんだよ。」
「そうなのですか?」
「そうなんだよ。そしてこれは、君にとっても大事な話だよ。」
ニコニコと機嫌よく笑顔でそう言うレオンハルトに、マキシムは嫌な予感しかしなかった。
こういった笑顔を見せる時は、いつだってろくな事を企んでいるのだ。
「私はこの国のミューズリー蔑視の風潮を変えたいと思っているし、ヴィクトールはミューズリー側の貴族ともっと仲良くなりたいと思っている。そんな我々が出した結論がこうだ。シュテルンベルグ純血主義筆頭のノルモンド家が、ミューズリー系譜の貴族と婚姻を結べば良いのではないかと。」
「……」
「そして、丁度良いことにミューズリーの英雄カイン王子の子孫である君は、婚約者も居ない状態だ。とても都合が良いよね。」
「はぁぁっ?!!!」
今まで声を潜めて話し合っていたのに、それを聞いてマキシムは思わず大きな声を上げてしまった。
「貴方は一体何を考えているのですか?!」
「何をって、今言った通りだよ。」
「その話は一度ちゃんと断っているでしょう?!」
「うーん、そうだったかなぁ?」
マキシムの言葉などまるで聞いていないかのように、レオンハルトは爽やかな笑みを浮かべたまま首を傾げた。
こうなってしまっては、何を言っても無駄なのだ。
いつもそうだ。
レオンハルトが理不尽な事を計画しては、マキシムは否応無しに巻き込まれるのだ。
彼はこちらの話など全く聞いてくれないのだから。
そんな今迄の経験則から、マキシムは嘆きとも諦めとも何とも言えない気持ちになって、心の中で深いため息を吐いた。
(そもそも、殿下とレスティア様がガーデンパーティーで変な芝居を企まなければロクサーヌ様が崖下に落ちてヴィクトール様達の会話を聞く事は無かったんだし、なんかもの凄い拗れて大変な目にあってるのは、本を正せば元凶は全部この人だ……)
そんな恨み事を思い浮かべながら、マキシムはレオンハルトを非難する目付きでじっと見つめたのだった。




