13. 波瀾の夜会の幕開け
そのヴィクトール・ノルモンド主催の夜会にはシュテルンベルグのほとんどの上位貴族が招待されていて、彼の威信を誇示するかのように、とても大規模に催された。
意外だったのが、ミューズリー所縁の貴族も少なくない数が招待を受けていたようで、ノルモンド家と犬猿の仲と言われていたステイン公爵家の嫡男であるマキシムがこの場にいる事も、そこまで目立たなかったのだ。
(まぁ、好都合と言えば好都合……かな。)
会場の隅の方で、周囲の人々の賑やかな雰囲気に飲まれぬよう静かに会場を見回していたマキシムは、分け隔てなく招待された客層を見てそのように思った。
けれどだからと言ってステイン家の自分が、公の場で表立ってノルモンド家の令嬢のロクサーヌと話などしたら、たちまちある事ない事を噂されてしまうのは目に見えていた。
だからマキシムは慎重に彼女の行動を遠くから観察していたのだが、そんな彼の思慮など全く気付いていないロクサーヌは、マキシムを見つけると周囲の目など気にせずに、一直線に彼に近づいて来たのだった。
「マキシム様!なんで貴方こんな隅の目立たないところにいらっしゃるの?!探すのが大変でしたわ!!」
ロクサーヌは人目も気にせずに堂々とマキシムの前に立つと、誤魔化しが効かないくらいハッキリと、マキシムに向かって話しかけてきたのだ。
そんな彼女の行動にマキシムは頭を抱えたくなるのを堪えて、なんとか引き攣りながらも貴公子らしく笑みを浮かべると、ほぼ棒読みで形式的に挨拶を返した。
「ロクサーヌ様、本日は夜会にお招きいただき有り難うございます。」
恐らく、これは彼がとる事が出来た最良の対応であったはずだ。
他人行儀で最低限の社交辞令を返す事で、彼女との間には距離があって親しい間柄では無い事を周囲に示したのだ。
しかしロクサーヌは周囲からどの様にみられるかを気にしてる場合ではなかった。彼女はそんなマキシムの思惑を汲みとる余裕などなく、焦った様子でさらに一歩詰め寄ってきたのだ。
「呑気に挨拶している場合じゃありませんわ!お兄様がレオンハルト殿下と一緒に会場を出て、別室へ向かったんです!急がないと大変なことになりますわ!!お兄様を止めないと!!!」
中々に危うい発言を大きな声で伝えてくるロクサーヌにヒヤヒヤしながら、マキシムは慌ててまず周囲を見渡した。
幸いにも端の方に居た為に、周囲の人影はまばらであったが、それでも彼女の大きな声に気を取られて何人かはこちらを注目していた。しかし、ロクサーヌの発言内容に注目が集まったわけではなく、こちらを見ている彼らはノルモンド家の御令嬢とステイン家の嫡男が一緒に居る事が珍しくて注視しているようだったので、危ない誤解はまだされていないと、マキシムは一先ずホッと胸を撫で下ろしたのだった。
それから彼は直ぐによそ行きの貴公子の笑顔を貼りつけてロクサーヌに向き合うと、真面目な声でこの危うい御令嬢に、言い含めるように忠告を送った。
「ロクサーヌ様、あまり大きな声で話してはいけません。本気でヴィクトール様を止めたいのであれば、我々は秘密裏に動かなくてはいけないのですから。周囲に勘付かれてはならないのです。」
「わ……分かったわ。気をつけるわ。」
周囲に聞こえぬようマキシムが小さな声で彼女を嗜めると、思った通りロクサーヌは素直に聞き入れたのだった。
彼はここ暫くの付き合いで大分ロクサーヌの取扱い方を分かってきていたので、彼女が思い込んでいる妄想に沿ったアドバイスをすることで、彼女を制御することに成功したのだ。
こうしてロクサーヌが暴走しないよう釘を刺して、そしてそれを彼女も理解したのだが、しかし理解をした上でマキシムの注意をしっかりと守ろうとしてとったロクサーヌの行動が、かえって別の誤解を周囲に与えてしまったのだった。
「それで、お兄様たちの後を追うから、貴方も一緒に来るのです。」
彼女はマキシムの腕を取ってぐいっと引っ張ると耳元に口を寄せて、小声でそう伝えてきたのだ。
その様子は、傍目には親密な男女の様子に映っただろう。
事実こちらを注視していた何人かは、二人に対して好奇な目を向けて、興味津々に様子を伺っているようだった。
マキシムはそんな周囲の目を敏感に察して、なるだけ自然な態度で彼女から少し離れると、周りに聞こえるように大きな声で返事をした。
「ロクサーヌ様、兄君をお探しなんですね。分かりました、お手伝いいたします。」
マキシムは彼女との仲を変に誤解されては困るので、ロクサーヌとは親密な会話をしている訳ではないことを、周囲に印象付けたくて、わざと大きな声で答えたのだ。
しかし、ロクサーヌはそんなマキシムの行動に納得がいかなかったようで、眉を顰めると不機嫌そうな表情で彼に異を唱えたのだった。
「貴方、私には小声で話せって仰っておいて、自分は随分と大きな声を出すのですね?!矛盾しているわ!」
「周囲に聞かせてはいけない話を小声で話すんです。普通の会話ならボリュームを落とす必要はありません。ですが貴女の場合全て小声で話していた方が安全です。何故なら貴方は多くの事を知り過ぎているから、うっかりと知らないうちに重要な事を漏らしてしまうかも知れないでしょう?」
不満そうなロクサーヌを納得させる為に、マキシムは表面的には穏やかな様子でそれらしい言葉を並べて彼女を説得した。
そして、問題の本質ではない事で拗れるのも面倒くさいし、今はとにかく夜会会場で彼女が思い違いしている妄想を大っぴらにさせない事が重要だったので、彼女が更に何かを言わないように、先手を打ってマキシムは言葉を続けた。
「それで、ロクサーヌ様、ヴィクトール様を探しに行くのでしょう?さぁ、行きましょう。早く行きましょう。」
「え、えぇ。そうよ、そうね、急がないといけないわ!!」
彼の言葉にハッとしてロクサーヌは慌てた様子でマキシムの腕を取ると、一緒に来るようにと、彼の腕を強く引っ張った。
マキシムを探していた本来の目的を思い出したのだ。
こうして、上手くロクサーヌを促す事に成功したマキシムは、ここは彼女に従ってヴィクトール達を探しに行った方が大騒ぎにならないと見込んで、大人しく彼女に腕を引っ張られながら二人で会場を抜け出たのだった。




