12. 腹を括る
ロクサーヌの手紙の文面からは色々な情報が読み取れる為、ミハイルは与えられた想像できる事の多さに一瞬固まってしまった。
けれどもそこは王太子の側近を務められる程の賢明な頭脳を持っているミハイルなので、直ぐに状況を把握すると、先ずはマキシムに一声をかけたのだった。
「夜会のお誘いだな。……良かった……な?」
「疑問系で言うようじゃ、コレが良いお誘いだなんて、お前も微塵も思ってないだろう?!」
マキシムが恨みがましい目でこちらを見てきたが、気にせずミハイルは手紙に目線を落として話を続けた。
「それで、この文面に出てくるお兄様が何か企んでる、過ちを止めないとって言うのは……」
「彼女の妄想だ。」
「えぇ?」
質問を全部言い終える前にマキシムがバッサリと彼女の妄想だと言い切った事に、ミハイルは困惑した。
そんなハッキリと断言できるものなのか、そもそも本当にマキシムの言う通りならば、一体なぜロクサーヌがそんな思い込みをしているのかが分からないのだ。
けれども、マキシムは至って深刻そうな顔で先日のガーデンパーティーでの出来事をミハイルに伝えたのだった。
「ガーデンパーティーの時に偶然聞いたんだよ。ヴィクトール様と、シゼロン公爵家のエリオット様との会話を。ほら、ヴィクトール様ってラウルと張り合ってて最近だと他貴族との結びつきを強固にしてアストラ家より優位に立とうと画策してるだろう?その事についての二人が話している会話を部分的に聞いて、彼女なりに解釈した結果がコレだ。……自分の兄が、クーデターを起こそうとしていると思い込んでいる……」
「えぇ……?そんなこと、あるのか?」
「そんなこと……あるんだよ……」
そう言ってマキシムは、少しうんざりしたような顔で、ここ数日のロクサーヌとの手紙のやり取りの内容を掻い摘んでミハイルに明かしたのだった。
「こちらが、”勘違いだろうから、ヴィクトール様に直接確認した方が良い”と促しても、
彼女は、”お兄様が本当の事を言うとは思えません。そんな確認をしてお兄様に私が計画に勘づいていると知られてしまったら計画を阻止するための隙が無くなってしましますわ!”と言ってこっちの忠告を何にも聞いてくれないし……」
マキシムは頭を抱えて深いため息を吐いてから、更に言葉を続けた。
「この夜会だって、単にヴィクトール様が他貴族と交流を深めて地盤を磐石にする狙いだけだと思うんだけど、それを彼女が変に勘違いをして事を大きくしそうなのが、……物凄く不安だ……」
火のないところに煙は立たぬと言うが、何も無いところで彼女自身が火種になりそうなのだ。
彼女の行動次第では、有りもしないクーデター計画が、有るものとして認識されて大事になってしまいかねないのだ。
そんな事になってしまったら本当に国を揺るがす大事件なので、マキシムはそうならない為にも当日は自分が常に彼女の行動を監視するしかないと腹を括ったのだが、ふと目の前のミハイルと目があったので、彼の脳裏にあるアイディアが浮かんだのだった。
「……そうだ、彼女が何かやらかさないように、お前たちも一緒に見張るんだ。ここまで話を聞いたんだし、断らないよな?!」
「お前たち……とは?」
「決まってるだろう、ミハイルとアイリーシャ様だよ。そもそも、二人はロクサーヌ様からの手紙を届けてる時点で既に彼女に手を貸してしまってる訳だし、それならば彼女を止めるのも筋だろう?」
無茶苦茶に思える論拠であるが、マキシムの目は真剣そのものであった。一人でも多くの彼女の暴走を止める同士が欲しいのだ。
マキシムは逃がすまいとミハイルの腕をガッツリと掴んで、目の奥が笑っていない笑顔で、彼に圧をかけたのだった。
「……分かった……。出来ることは協力しよう……」
あまりのマキシムからの気迫に気圧されて、ミハイルは承諾せざるを得なかった。
この先、面倒くさい事になるとほぼ確実に予測出来ているのに、それでも、”はい”と言うしか無かったのだ。
こうして、ミハイルたちを巻き込む事に成功したマキシムは、少しだけ表情を明るくして、ロクサーヌへの返信を書いたのだった。
“そのお話お受けいたしましょう。その代わり、夜会にはミハイルとアイリーシャ様も招待してください。”
そしていつもの通り返信の手紙をミハイルに託すと、マキシムはもう一度大きな溜息を吐いて零したのだった。
「この夜会で、何事も起こらずに彼女の誤解が解けると良いんだけどなぁ……」
これは彼の希望であったが、ロクサーヌの性格上、すんなり叶う希望ではないだろうとも思っていた。
だからせめて、夜会当日に有りもしないクーデター計画が明るみに出ないよう、マキシムは自分が犠牲になって彼女を注視しようと決めたのだった。




