11. 夜会への招待
コンコン
朝一番に執務室のドアがノックされて、マキシムは反射的にゲンナリしてしまった。
扉が開けられる前から分かっている。訪問者は同僚のミハイルだ。
最初にロクサーヌから手紙を貰って以来、三日に一回はこうしてミハイルが彼女からの手紙を届けにくるのだが、これが実に不毛な手紙なのだ。
「朝から中々酷い顔をしているな、マキシム。」
「毎度毎度、変な手紙を届けられたら、そりゃこんな顔にもなるよ。」
ノックの主は予想通り同僚のミハイルであった。手にはいつもの通り封筒が握られている。
そんな彼をマキシムがうんざりしたような顔で出迎えたので、さすがのミハイルも苦笑してマキシムに同情するしか無かった。
手紙の内容までは分からないが、この手紙のやり取りが、マキシムにとって悩みのタネであることは、ここ数回のやりとりを見ていて察したのだ。
「そんなに嫌ならば、返事を書くのを止めればいいのに。そうしたらこれ以上は文通は止まるだろう?」
「そんなことしたら、あのお嬢様は暴走して何しでかすか分からないぞ?!最悪、五大公爵家の一つが取り崩しになるかもしれないんだぞ?!!」
「いや、まさかそんな……」
大袈裟な、と続けようとして、ミハイルは言葉を止めた。そう話すマキシムの表情が本気なのだ。
ミハイルとしては、ただのご令嬢が、公爵家が取り崩しになるようなやらかしをするとは思えなかったが、マキシムは冗談などではなく、本気でロクサーヌはやらかしそうだと思っているのだ。
何故ならマキシムは、あのガーデンパーティーの時に、彼女の思い込みが激しく無駄に行動的な所を目の当たりにしているから。
「けれど……スタイン家的にはノルモンド家は居なくなった方が嬉しいんじゃ無いのか?」
「……さぁ、どうだろうね。」
ストレートなミハイルからの質問に、マキシムは本音をはぐらかした。
確かにスタイン家としてはノルモンド家に良い感情を持っていないが、けれどもいくらこの場にはミハイルしか居なくても、滅多なことは口に出してはいけないと、その身に染み付いていたのだ。
どこで誰が聞いているかも分からないし、何気ない一言で窮地に立たされる事もあるのだから。
その代わりマキシムは、ミハイルからの質問に対して、自分の考えを続けたのだった。
「けれど、この国のバランスが崩れるのは良くないと思っている。王家と五大公爵家。この国の中枢はコレで上手く回ってきたんだ。だから例えノルモンド家であっても欠けるのはよく無いと思っているよ。」
それは、自分の感情など抜きにした、国の事を第一に考えた模範解答であった。
そんなマキシムの様子を見て、ミハイルは少し憐れんだように彼を見遣った。
「……真面目だな。」
「まぁ、お陰で苦労しているよ。」
自分は貧乏くじを引きやすいタイプであると自覚しているマキシムは、ミハイルからの評価を苦笑いで肯定するしか無かった。
「とにかく、コレが今日の分の手紙だから。」
そんなマキシムにミハイルは少なからず同情を寄せつつも、そう言っていつも通りにロクサーヌからの手紙をマキシムに手渡した。
そしてマキシムは手紙を受け取ると、いつも通り直ぐに開封して中に書かれている文面を確かめ始めたのだが、その内容を確認すると思わず声が漏れてしまったのだった。
「……はっ?」
「……何が書いてあったんだ?」
ロクサーヌからの手紙を読むとマキシムはいつもなんとも言えないような表情をするのだが、今日は特に困惑したような表情をしたのでミハイルが思わず声をかけると、彼はこの手紙は見せても問題のない文面だと判断して、ミハイルに自分で確認するようにとロクサーヌからの手紙を渡したのだった。
彼女からの手紙には、こう書かれていたのだ。
“二週間後、お兄様が主催で我が家で夜会が開催されます。
そこでお兄様は何かをお披露目をすると言っているので、きっと計画を実行するのだと思います。
私は、お兄様の過ちを止めなくてはなりません。
だから、招待状を送りますからマキシム様は、陰ながら私の助手として手助けしていただきますわ。”
それは、ノルモンド家で開かれる夜会への招待状(?)だった。




