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1 訴えられなければギリ犯罪じゃない!

「ついに来たわね……」


 ミーシャ・ブルートパーズ男爵令嬢は、小さな声で呟いた。

 いつかくる。それは分かっていた。だからこそこの日のために、好きでもない努力をしてこの仕事を手に入れて、一人で立っていけるようにした。そしてどんな形になって問題が身に降り掛かろうと対処出来るようにと、心構えもしていた。

 だからこそ彼女は落ち着いていた。普通の貴族令嬢であれば、頭を殴られるような衝撃を受けるだろうが、前々から身構えていたお陰で突然肩をたたかれた程度の衝撃しか受けていない。幸いな事だった。

 手に持つ手紙は、実家から届いた物。中を開けば綺麗な字が並んでおり、使用人の誰かが書いたのだろうと簡単に想像がつく。


 両親の離婚。


 それにともない、母とミーシャは貴族の身分を無くし、平民となる。


 その事が綴られた手紙だった。



 ◼️



「結論から言いますが、私と結婚してもらいます。ロルフ・マンダリンガーネット卿」

「…………はいぃぃ?」


 ミーシャの言葉に、彼女に呼び出されていたロルフは目を点にした。


「な、なに……何言ってるんだ、アッ――貴女は! 俺のこと好いてたのか?」

「いえ、異性としては別に」

「はぁぁ? ならなんで結婚? 意味が分からん! 断る」


 ロルフは不機嫌そうにそう言い捨てて、帰ろうとした。その腕をミーシャは掴む。そして服の隙間に挟んで持ってきていた一枚の紙を取り出す。


「あらあら困りましたね……。ここに貴方のサインがされている契約書がありますよ、マンダリンガーネット卿。この契約書に書かれている通り、貴方には私の提示する契約を受け入れ、遵守する義務があります」


 ミーシャの突き出した紙を、ロルフは目を白黒させながら見つめた。

 たしかにその契約書には、ロルフ・マンダリンガーネット騎士爵は、ミーシャ・ブルートパーズの提示する契約を受け入れて遵守する事を誓うと書いてある。ミーシャが書いたのだろう。綺麗な字だ。

 そしてその下に、酔っ払っていたのがわかるグデングデンになったロルフのサインもある。


 ロルフは頭を押さえた。


「待て、ブルートパーズ嬢。覚えがない。まっっったく覚えがない。本物か? 契約書の偽造は犯罪だ」

「あら、先々月の飲み会の記憶が飛んでおられるようね」

「ぐぅ……」


 飲み会という単語にロルフは頭痛がした。そんな男をミーシャは呆れた顔で見る。


「お酒好きは構いませんが、記憶を無くす悪癖は先になんとかするべきでしたわねぇ?」

「ぐぐ! い、いやな! 真っ当な状態でなかった時に結ばれた契約書は無効に出来るんだぞブルートパーズ嬢! 知らなかったかも知れないが!」


 話の途中で思い出した法律を持ち出すと、ミーシャはニコリと微笑んだ。ミーシャに不利になるはずの話題を出したにも関わらず綺麗な笑顔を浮かべるミーシャに、ロルフはゾッとする。


「あらあら、騎士ともあろうものが、剣を掲げた契約を反故にすると?」


 その言葉と共に、ミーシャの小指が契約書の下部、折り畳まれた部分に挟まれる。ロルフは契約書の上部の部分と、真ん中にある自分のサインしか見ておらず、下の部分が折られている事にまで意識が行っていなかった。

 ぺらりと契約書の全体が露わになる。


「んなぁーー!!」


 ロルフ・マンダリンガーネット騎士爵という実名のサインの下に、こう書かれていた。


 私はミーシャ・ブルートパーズの願いを叶える

 ロルフ・マンダリンガーネット騎士爵


 サインと同じ、酔っているためにぐにゃぐにゃした見辛い字だが、解読不能というレベルではない。

 そして、二回目のサインの上に被せるように、赤みの少し残った親指の跡……血判が、押されていた。


 ロルフはその場で崩れ落ちそうになった。騎士の意地で耐えたが。


 血判そのものの法的な力は、絶対的な強力さがある訳でもない。

 だが、血判を押したにも関わらずその契約を反故にすれば評判は落ちるし、何より、ミーシャは先程()()()()()と言った。

 騎士にとって命と同等に重要なものである剣。それを掲げてこの血判を押したとなれば、それを反故するのは騎士の名誉を傷付ける。職を無くす位では済まされず、同僚先輩後輩全てから冷たい目で見られる事だろう。それぐらい、騎士たちにとって剣に誓う行為は重要視されている。


「お分かりになったかしら、マンダリンガーネット卿。貴方は私の願いを叶え、そして私が持ちかける契約を受け入れなくてはなりません。嘘だと思うのなら隊長様に後々確認されてみては? まあ急ぎなので、とりあえず、貴方には即刻、私と結婚をしてもらいます。さあお立ちなさい。行きますよ」

「い、今? 今から!?」

「当たり前です。時間の猶予などありませんから。はい行きますよ」

「ああああぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 ロルフは情けない言葉を上げながら、サッサと歩くミーシャを追いかけたのだった。



 ◼️



 貴族の結婚というのは、処理されるのに少し時間がかかる。教会に行き愛を誓って終わり、ではない。


 とはいえ沢山の立場を持つ名のある貴族とは違い、既に実家から独立して働いているミーシャとロルフの結婚は、そこまで時間もかからず処理されるだろう。

 王宮内において、王宮で働く貴族出身の侍女と、騎士団やその他官僚の貴族がくっつくのは珍しくないからだ。

 恐らくその場で貰った書類に名前を書き、その場で提出した事は少し珍しがられるだろうが、大して問題にもならないだろうとミーシャは確信している。


 書類を提出したその足で、ミーシャは騎士団へと向かった。

 ジュラエル王国にはいくつかの騎士団がある。

 その中でも王都を守るのは、王族を守る王立騎士団だ。王都の治安維持も行っている。

 大きく二つに別れ、貴族出身者しかいない剣の騎士団と、実力があれば出身を問わない盾の騎士団に分かれているが、貴族であるロルフは剣の騎士団に所属している。

 なのでミーシャが向かったのは剣の騎士団の詰所だ。騎士たちとは顔見知りのミーシャはロルフの上司である五番隊隊長にロルフと結婚した事、そして細かい話を詰めたいので大変申し訳ないが本日はロルフを休みにして欲しい旨を伝えた。

 隊長は笑ってその申し出を受け入れた。ロルフが唖然としている間に話は進み、二人はロルフが暮らしている寮へとやってきた。王宮からより近かったのが、ロルフの家だったからで他意はない。


「なんで、なんで」

「騎士にも関わらずメソメソしないで下さいます? 今から結婚後の関係についての契約をまとめますから、お酒は飲まないでくださいまし」

「なんでこうなったんだ! あ、あ、悪魔か君は!?」

「人間ですわ。自分の欲望に忠実なだけですよ」


 何も恥ずかしがらず、ミーシャは堂々と言った。

 未だに現実逃避しようとしているロルフの前で手を叩き、意識を自分に向けさせてから話を始める。


「まず私の希望を先に述べましょう。一、私たちの生活は結婚後も今と変わりません」

「……どういう?」

「言葉の通りですわ。私たちは結婚しますが、それぞれの生活は今までと何一つ変更する必要はないという事です」

「は? 待て。待て待て待て。共に住むこともないと?」

「ええ」

「式は?」

「挙げません」

「周囲への報告は!?」

「上司にのみ報告は上げますが、式は必要ありませんので、周囲への極端な通達は必要ありませんよ」

「はぁぁぁぁぁ?」


 理解不能という顔をするロルフに、ミーシャは予想と違うなと首を傾げた。


「おや。これで貴方の願いもある程度叶える事が出来ると思いますが。何回も繰り返しておられましたよね、結婚したくないのに親族からお見合いばかりが回ってくると。近親との結婚だけは絶対にしたくないのだと。それだけでなく、結婚したとしても自分の今の生活を変えたくないし、今は仕事に集中したいから別居にしたいと思っていると。…………全部叶えられますよ?」


 ミーシャの言った言葉に、思い当たりがありすぎるロルフはそっと顔を手で覆った。


「……確かに、言ったが、言ったが! 普通そういう事を聞いたら結婚しようなどと思わないよな? なぁ」

「普通の愛し愛されを希望する貴族女性ならそうでしょうね。私は違います。私が欲しいのは、貴方が持っている爵位だけですので」

「もっと分からなくなったぞ。爵位目当てなら、普通世襲可能な爵位持ちを狙うだろ……」


 ロルフの言う事も正論だ。


 ロルフ・マンダリンガーネットは、騎士爵と呼ばれる爵位を持つが、これは一代限りの爵位。成果を残した騎士に対して与えられる褒賞の一種であり、問題を起こさずある程度騎士団に勤めていれば大体の騎士に与えられる爵位だ。

 一般的に爵位を理由に結婚を求めるとしたら、相手が土地も持つ爵位を世襲出来る立場にあるとか、土地は持たなくても様々な財産を持つ世襲可能爵位を持つ相手とかを狙うのが一般的だ。或いは結婚相手本人は爵位を持たなくても、近しい・親しい親族が強い権力を持っている場合とか。


 ロルフはこの条件には当てはまらない。

 実家であるマンダリンガーネット男爵家は土地なしの世襲貴族で、末っ子のロルフに回ってくるものなどなかった。だから早くから騎士を志して、成人少し前から騎士団に所属。成人後は即座に実家から独立し、一個人として騎士団で職務を全う。その過程で少し功績と言える事案を対処した事で、正式に騎士の爵位を与えられて、世襲は出来ないもののロルフ自体は騎士という名の貴族になった。

 実家とはほぼ没交渉が数年続いている。騎士団の先輩や上層部にはそれなりに可愛がってもらっているが、それぐらいだ。

 とてもではないが爵位を理由に、こんな詐欺そのものみたいな方法を用いて結婚をねじ込みたいと思う相手ではない。


 そんなロルフに対してミーシャは何を言うのかと眉を吊り上げた。


「まあ! 貴方と結婚すれば、妻である私は分類上貴族になります! それが何よりも重要な事なのです!」

「……と、言うと?」

「貴方と結婚して貴族の妻になれば…………私は今のまま、王宮で仕事を続けられますから!!! 私にとっては何よりも、最も大事な事ですわ!!!」


 ミーシャの力強い発言に、ロルフは目を点にして「……はぁ」とだけ漏らすのが精一杯だった。

 ロルフとの温度差を認識したミーシャは咳払いをしてから、彼の前に書類を差し出す。


「結婚する事で、貴方はしたくないお見合いも望まない女性と結婚して仕事に支障をきたす事もなくなります。そして私は貴方と結婚する事で仕事を続ける事が出来ます。よろしいですね?」

「アア、ウン」

「では次へ。確かに、半ば騙すようにして書類を書かせた事は事実ですから。私から貴方へ出来る最大限のお礼はいたします。具体的には私の給料から一定額を毎月貴方の生活費として振り込ませていただきますわ。お金が増えれば出来る事も増えますから、それで好きな事をして下さいませ」

「待て」

「次に女性関係ですが、もし今後卿が思いを寄せる女性等が現れた時、その女性と関係を持つ事は止めませんし絶対に訴えたり、相手女性を追い詰めるような事はいたしません。私との離縁に関してはその時の状況次第ではお受け出来ませんが、女性との間に出来た子供を貴方の子として正式に認知していただいて問題ありませんわ。当然です」

「待て! 俺に不誠実な事をしろというのか!? 言っておくが、貴女と結婚した以上、他の女を抱くつもりはないぞ!!! そんな騎士としてあるまじき行為はしない!」

「そうですか。まあ、新しい恋に関してはしたくても出来るものではありませんから、強要している訳ではありません。ただもしそういう感情を抱く相手が他に出来たとしても、私にいちいち許可を得ずに行動していただいて大丈夫という点だけは覚えておいてください」

「あ、貴女な、正気を疑うぞ、本当に」


 ロルフの言葉に、ミーシャは少し目を丸くしてから、こう答えた。


「結婚なんて正気でするものではありませんよ」

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