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サディアス・ライト

 次々と運ばれてくるおつまみを少しずつ食べながら、私は二杯目のビールを傾けるサディアス様を盗み見た。


 不思議な人、よね。


 ウェリスの第三魔導師団長という所属以外、他は全て謎に包まれている。団長というにはとても若いように見えるけれど、実は見た目より年嵩だったりするのだろうか。


 歳を聞くのは失礼だと理解してはいたものの、どうしても気になった私は尋ねてみることにした。


「あの、私は十八歳なのですけど、サディアス様はおいくつなのですか?」


「俺? 二十四」


「えっ……!」


 私は思わず驚きの声を上げ、サディアス様は「どういう意味の『え』だよそれ」と苦笑した。

 失礼な反応をしてしまった。でも二十四歳だなんて、びっくりもすると思う。


「申し訳ありません、違うのです。ただ本当に見た目通りお若いので、師団長様だなんて凄いなあと」


「別に凄かねえよ。貧乏くじばっかの面倒な仕事さ」


 サディアス様はフライドポテトを口に入れて肩をすくめた。どうやら謙遜ではなく本気でそう思っているようで、私は改めて彼の仕事に興味を抱いた。


 魔導師とは、国お抱えの魔法使いを指してそう呼ぶ。


 魔法の力で人々を導くから魔導師。誰でも最低限の魔力を持つこの世で、国の中でもトップクラスの魔力を有し、更にはあらゆる資質に秀でた者しかなることができない憧れの職。


 ただし戦にも出なければならないお仕事だから、実際の業務はイメージよりも相当過酷だと聞く。


「大変なお仕事なのでしょうね」


「業務自体はそうでもないよ。ただ国が絡むと色々ややこしいってだけだ」


 なるほど、そういうことならよくわかる。何せ私は王太子殿下の婚約者だったから。


 大きな権力に近付けば近付くほど、面倒なしがらみが増えてくる。苦しい、やりにくいと思っているうちに、絡め取られて動けなくなるのだ。


「結構面白い職場だからな。あんたもウェリスの王都に着いたら、外側くらいまでなら案内してやるよ」


 暗い顔をした私に気付いたのか、サディアス様は特に触れることもなく明るく言った。


 本当に優しい人。何も聞かないでいてくれるのは有難いことなのだと、今更のように実感する。

 私は是非よろしくお願いしますと笑って、ビアの最後の一滴を飲み干した。


「もうお腹一杯です。こんなに食べたのは久しぶり」


 本当に満足だ。近頃の砂を噛むような食事と違って、どれも凄く美味しかった。

 しかし満面の笑みを浮かべる私に対して、サディアス様は怪訝な顔をしている。


「お腹一杯? 本当か」


「はい。大満足ですが……」


 何だろう。私、何か変なことを言ったのかしら。

 恐々としていると、サディアス様は言いにくそうに切り出してきた。


「シュゼット、自分が痩せすぎてる自覚はあるか」


 そして思いもよらないことを言われたので、私は首を傾げるしかなかった。

 確かに太ってはいないと思うけれど、痩せすぎという程でもない。むしろ王太子妃になるなら体型維持は絶対だと言われて甘いものは控えていたくらいだし。

 ああ、でも最近は疲労がピークに達して食欲も湧かなかったのだっけ。


「実は最近あまり食べられなかったのです。少し元気がなくて」


「少し元気がない、ね……」


 サディアス様は難しい顔をして黙り込んでしまった。しかしそれも一瞬のことで、彼はすぐに笑顔を浮かべて立ち上がった。


「腹一杯になったなら良いんだ。そろそろ部屋に戻ろう。風呂にも入りたいだろ?」


 お風呂。その単語は満腹になった身体が無意識下で求め始めていたものだったので、私は逸る気持ちを抑え込みつつ立ち上がった。


「はい……! できることなら、入りたいです」


「おう。部屋に風呂が付いてる筈だ」


 テラスを後にして無風の船内に入ると、確かに体を洗えていないことが気になり始めた。

 昨日は朝から王城に向かい、衣装合わせをした後に夜会、そして婚約破棄。そのまま乗合馬車に乗ってあれよあれよという間に船の上なのだから驚きだ。


 サディアス様の斜め後ろについて歩いてゆく。船内は広々としていて、道中にはさまざまなレストランや売店、休憩所が用意されていた。

 どうやら想像よりも設備が充実した客船らしい。フメル王国とウェリス王国の間に広がるこのステービナ海峡は、もっとも重要な海域として古くから栄えている。きっと各社で競合して、かなり質の良い船が採用されているのだろう。

 物珍しくて顔を左右へと振り続けていると、サディアス様が楽しげに笑った。


「珍しいかい? あんたは貴族の中でもとびきりのお嬢様なんだから、豪華客船くらい乗ったことあるだろ」


 当たり前のことを述べたと言わんばかりの声音に、私は素直に首を横に振って見せた。


「いいえ。私は公務以外で旅行はしたことがありません」


 するとサディアス様は明らかな驚きの表情を浮かべた。まるで鳩が豆鉄砲でも食ったかのような顔だ。


「何だそりゃ。旅行をしたことがないって?」


「はい。幼い頃から王太子妃教育に忙しく、ただの外出はあまり……」


 私は何だか申し訳なくなってきていた。

 交通網が発達し、一般庶民でも少し頑張れば旅行に出ることができる時代だ。そんな中でも家と王城の往復しかしてこなかった私なので、もしかすると他にも想像もつかないような常識はずれをしているのかも。


「……思ってたよりも随分根深そうだな」


 サディアス様が小声で何かを呟いた時、空いた丸窓から強い風が吹き込んできた。私は聞き取れなかったことを詫びたのだが、彼は微笑むばかりでもう一度言うことは無かった。


「なあ、その白い花。シュゼットが持つと、生き生きして見えるな」


「花が?」


 私は先ほどもらったばかりの白い花を目の前にかざした。

 これはアネモネの花だ。綺麗に咲き誇ってはいるが、特別に生き生きしている印象は無い。


 サディアス様は機嫌よく微笑んでいるので、彼は息を吸うように女性を褒めるということなのだろう。


「ふふ。似合いますか?」


「ああ、凄くな」


 朗らかな台詞にお世辞は感じられない。本当にお上手ですねと返すと、サディアス様は声を上げて笑った。


 その後も船内で物珍しいものについて話しているうちに、いつしか部屋の前に辿り着いていた。601号室とのプレートがかかった扉は白い壁の中でも際立つ木製となっており、いかにも高級感がある。


 ここは最上階だから、いわゆるスイートルームというやつだ。


 元々サディアス様が予約していたこの601号室以外に、空いている部屋が一つもなかったため、私はありがたくも同室として乗船させて貰うことになった。


 本当にサディアス様にはお世話になりっぱなしだ。気持ちだけで十分と言われてしまったけど、いずれはどうにかしてお礼をしなくては。


「ほい、これが鍵。俺は飯食ってくるんでゆっくりしてな。ちゃんと内鍵かけろよ」


「え、あ、はいっ……!」


 慌てて花を持たない方の手を差し出すと、金属の擦れる音がして鍵が掌に収まった。お礼を言って礼をした頃にはサディアス様は歩き出しており、「じゃあな」と言い置いて遠ざかる背中を見送るしかなかった。


 サディアス様はまだ満腹ではなかったのに、私に合わせて切り上げてくれたのだ。申し訳ないことをしてしまった。


 彼は明らかに女性慣れしている。


 ゆえに紳士的であり、さらには色気のない小娘には興味がなさそうだ。これは私にとって、とても幸運なことなのだろう。



 ***



 シュゼットと別れた俺は階段を降り、一つ下のセミスイートルームの階へとやって来ていた。


 スイートの客専用の休憩エリアにて、ジャケット姿の男が煙草をふかしている。俺は音もなく歩いていくと、容赦なく男の胸ぐらを掴み上げて口を塞いだ。


 どうやら強硬手段を取られるとは思っていなかったらしい。動揺を隠しきれない呻めき声が指の隙間から漏れ聞こえ、男の手から煙草が滑り落ちたので、靴の裏でほのかな火の色をすり潰しておいた。

 危ねえなあ。火事になるだろうが。


「『はい』か『いいえ』で答えろ。さもなくば殺す」


 低く言い放つと男は絶体絶命の危機に陥ったことを理解したようで、青い顔でしきりに頷いて見せた。


「お前はフメルの諜報員か」


 男が頷く。


「シュゼットを追ってきたんだな」


 頷く。


「命令したのは国王か」


 頷く。


 なるほどな。俺が思っていたよりも連中の動きが早いし、絶対に探し出すのだという執念を感じる。


 アホみたいなお役所仕事の近衛騎士と違って、この男は隠密行動に長けた諜報員。シュゼットを安全に確保する算段が整うまで尾行していたというところだろう。


「シュゼットを見つけたこと、国王に連絡は?」


 男は首を横に振った。遠隔地点と通じる魔法は基本的に難易度が高いため、この男には扱えないらしい。


 フメル国王が本気の追手をかけているところを見るに、俺の直感は間違いなかったようだ。


 シュゼットはおそらく「世界中の国が欲しがるあの力を持つ人物」だ。

 口に出すのも憚られる、重要な存在。本人は自覚がないようだが、俺は会って早々に気が付いてしまった。


 何せ崖の上で振り向いた彼女の目が、エメラルドの色に輝いていたのだから。


 かの力を持つと、感情が昂った時に目がエメラルドグリーンに変化するらしい。そして周囲のものを修復する効果があると聞く。


 俺が先ほどシュゼットに差し出したのは、陸地から適当に摘んで取り寄せたアネモネだ。あの花は刻一刻と茎がくねって形を変える筈だが、不思議と張りを保っていたようにも見えた。


「最後の質問だ。お前の仲間はこの船に乗っているか」


 男はもう一度首を横に振った。

 鍛えられた諜報員ならそう簡単に脅しには屈しないだろうが、俺はこの尋問方法を取ると相手の嘘が何となくわかる。

「はい」か「いいえ」となるとごまかしの聞かない返答のため、嘘をつくと必ず表情のどこかに現れるのだ。見たところ、絶望を滲ませた男の顔に嘘の色は見当たらない。


 俺は階下から部屋に戻ろうとする、一般客の賑やかな雰囲気を感じ取った。どうやら時間切れだ。


「今からお前の記憶を消して、フメルの適当な山奥に送る。頑張って王都まで帰ってくれ。ご苦労さん」


 男が何かくぐもった叫び声を上げた。その内容は言葉になることなく、展開した魔法陣の中へと吸い込まれていくのを見送って、俺は窓の外へと視線を向けた。


 侯爵令嬢シュゼット・フォルタン。恐らくは気の毒な事情を抱えた訳ありのお嬢様。


 ただ逃してやれたら良かったのにな。

 許してくれ。俺は、あんたの力を借りなきゃならない。





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[気になる点] 味を感じないって、典型的なうつ病‥
[良い点] 5話まで読みました。隠された才能が有る(本人は知らない)主人公。それを欲しがる周囲。今までに無い始まり。これからを期待します。 [気になる点] 何も出来ないご令嬢が、何故、周りを固めている…
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