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大魔導師様との出会い②

 どうして。見ず知らずの私のことを、庇って下さったの……?


「何だ貴様は。平民風情が、我々の仕事に口を挟む気か」


「平民ですいませんね。けど、あいにく今は俺がお嬢さんと話していたんだ。割り込んできたあんたらの方が、よっぽど礼儀がなっていないと思うけどな」


 サディアス様の返答は痛いところを突くものだったらしい。騎士たちは一斉にいきりたつと、腰に差していた剣を抜き放った。


「何だと⁉︎」


「貴様、無礼であるぞ!」


「我らが誇り高き近衛騎士と知っての振る舞い、見過ごすわけにはゆかぬ!」


 いけない。サディアス様は丸腰なのに、もしも斬りつけられたりしたら……!

 恐ろしい想像に突き動かされて、私は俄に立ち上がった。


「サディアス様、彼らを怒らせてはなりません! 私なら、大丈夫ですからっ……!」


「本当に?」


 サディアス様の腕を引いて何とか下がらせようとした私は、海のような瞳に見つめられて息を呑んだ。


「お嬢さんはここで泣いていたんだろ」


 大きな手が伸びてきて、私の目元をそっと拭った。あまりにも優しく、壊れ物にでも触れるかのように繊細な手付きだった。


「これからどうしたい?」


「どうしたい、とは」


「あいつらと戻りたいのか、逃げたいのか。お嬢さんの意志が知りたい」


 その時、私は胸の内で役目と本音をせめぎ合わせていた。

 ほんの短い時間で押しつぶされそうな現実と未来が脳内を駆け巡った。


 帰らなくては。帰りたくない。

 勉強しなくては。したくない。


 私は責任のある立場で、今まで沢山のお金と手間をかけて教育を施してもらった。

 戻らなかった場合は周囲にどれほどの迷惑をかけるのか想像しただけで恐ろしい。

 だから私は、責務を全うしなければならないのだ。


 だけど。


 これは私の人生なのに……?

 今まで生きてきて、反比例するように心が死んでいくのを自覚していたのに。


 言いなりのままでいいの?


 ああ、どこか別のところへ行きたい。



 ——あいつらと戻りたいのか、逃げたいのか。



 そんな、そんなの。



 答えなんて、最初から決まってる……!



「逃げたいですっ!!!」


「了解。任せときな」


 サディアス様が楽しげに頷いた瞬間、近衛騎士たちの足元に魔法陣が展開した。

 強大な力をこれでもかと見せつけるような、美しくも眩しい魔法陣だった。私はあまりのことに声の出し方も忘れて、驚愕の表情を浮かべる騎士達と、右手を前へと翳したサディアス様に視線を往復させた。


「悪いな、騎士様たち。俺は困っている女の子を捨て置けないたちでね」


 サディアス様は悠々と喋る。近衛騎士たちはどうやら足が動かないらしく、「くそっ!」「何だこれは!」「貴様ぁ!」などと、各々呪いの言葉を吐いている。

 こんなことがあるのだろうか。近衛騎士は剣術と魔法、両方とも高い実力を持つはずなのに。


「——全てのものよ、眠れ」


 魔導師が呪文を諳んじる声は、かけられた対象ではない私にも不思議な反響を纏って聞こえた。

 魔法を正面から浴びた近衛騎士たちにはひとたまりもなかったらしい。三人ともが倒れ伏したのを見下ろしたサディアス様は、右手の一振りで魔法陣を消し去ってしまった。


「さてと、ついでに記憶でも消しておくかな」


 そして騎士たちの一人一人、こめかみに人差し指を当てて何事かの呪文を唱えていく。作業はあっという間に終わり、サディアス様は呆然とする私を振り返って目を合わせた。


「ありがとう、ございました。貴方は、一体……?」


「俺はウェリス王国の第三魔導師団長サディアス・ライト。寄せ集め集団の、しがない雇われリーダーさ」


 サディアス様は裏表のない笑みを浮かべている。差し出された手を反射的に握り返すと、爽やかな風が駆け抜けて草花を揺らしていった。


「私はシュゼット・フォルタンと申します。フォルタン侯爵の娘で、つい昨日までこのフメル王国の王太子殿下の婚約者でした」


「ははっ、なるほどそりゃあ大物だ。通りで育ちが良さそうだと思ったよ」


 快活に笑う彼の顔は、既に太陽が登りきって青く染まった海を背景に、私にはとても色鮮やかに見えた。


「あんたは海に見惚れていたと言った。俺に付いてくればもっと色んな景色が見れるけど、どうだい?」


 知らない人に付いて行ってはいけないことくらい、小さな子でも知っているだろう。


 どうかしていることは承知の上で、私は不思議な予感を抱いていた。

 この人に付いて行けば、きっと楽しいんじゃないかって。


「行きます。付いて行きます!」


 勢い込んで身を乗り出した私に、サディアス様はにやりと笑った。


「いいね。そうこなくっちゃ」


 その時、遠くから蹄の音が聞こえてきた。振り返れば何等かの馬が駆けていて、新たな追手が来たことは明らかだった。


「行くぞ、シュゼット! あいつら全員倒して、あんたをウェリスに連れていく!」


「はい! よろしくお願いします、サディアス様!」


 手を引かれた私は走り出す。海の音は既に聞こえず、目の前には草原が開けている。

 何が起きているのか正直いまだによくわからないけれど、きっと前をゆく背中を見て走ればいい。



 そう、これこそが大魔導師サディアス・ライトと、文字通り崖っぷち令嬢である私の出会いだった。




***




「バスチアン、お前は本当に愚かなことをしてくれたぞ……!」


 執務机についた父上が頭を抱えて呻く。

 国王としていつも毅然としていた父上の見たことのない仕草に、僕は動揺した。

 何故こんなにも糾弾されなければならないのだろう。僕は自他共に認めるこの国の後継者であり、自身の結婚相手に相応しくない女を追放しただけだというのに。


「しかし、父上。シュゼットはカロルに嫌がらせを」


「馬鹿者! フォルタン侯爵の前で何を申すか!」


 僕の斜め後ろに立つのは、鎮痛な面持ちをしたフォルタン侯爵だ。あまり話したことがないにせよ、彼は冷徹で有能な外務大臣と聞いていたのに、随分とイメージと違う表情をしている。


「申し訳ない、侯爵。この事態は全て私の責任だ」


「いいえ、陛下のせいなどと。シュゼットは婚約破棄をされるという極限状態にあって、父親を頼ろうとしなかった。全ては私が娘からの信頼を得られなかったせいです」


 二人の纏う空気は地の底に潜り込むように重々しい。

 僕はそろそろまずい状況であることを悟り、何を言えば良いのかわからなくなった。


あのこと(・・・・)があるからこそ、娘のためと思い厳しく育ててきました。シュゼットは望んでなどいなかったのに……その事実に今まで見て見ぬふりをしていたのです」


 あのこと? 何の話だ……?

 やけに勿体つけた言い回しが気にかかるが、空気が重くて問いかけられない。


「侯爵、自分を責めても仕方がない。私が愚息を躾けられなかったのがいけなかった。もっときちんと見ておくべきだったのだ」


 父上は沈んだ声で状況の説明を始めた。

 色々と調査したところ、シュゼットの講師たちは揃って彼女を出来が悪いと断定し、異常な量の宿題を課していたらしい。そしてその全てをこなしたシュゼットは、どうやら体力的にも精神的にも相当すり減っていたのだろうと。


 つまり、こういうことなのか。


 いつも陰気で口数が少なかったのは、ただ単に疲れていたからだとでも?


「シュゼット嬢のことは私が責任を持って探し出すゆえ、どうか信じてほしい」


 父上はフォルタン侯爵に約束すると、正面から僕を睨みつけてきた。本題が始まることを察した僕は背筋を伸ばす。


「バスチアン、よく聞きなさい。カロル嬢を取り調べした結果、シュゼット嬢が行ったという嫌がらせは全て虚偽だということを自白した。お前の気を引きたかったのだそうだ」


 ……は?


「馬鹿だとは思っていたが、あのような小娘に騙されるような愚か者だったとはな。シュゼット嬢は今時珍しいほど真面目に堅実に、王太子妃となるべく努力していたというのに。きっと彼女ほど勤勉な令嬢には、今後二度と出会えまいよ」


 ……は⁉︎


「それにシュゼット嬢は『あの力(・・・)』をーーいや、これはお前にする話ではないな」


 あまりの衝撃に、僕は父上が何かを言いかけて口を噤んだことにも気が付かなかった。

 カロルが嘘をついてた? シュゼットは、何もしていなかったのか……?


「そんな、父上! 納得がいきません、カロルと話をさせて下さい!」


「黙れ! お前は処分が決まるまでの間、自室で謹慎とする。此度のことを深く反省せよ!」


 父上の一喝を皮切りに、部屋の隅で控えていた近衛騎士が動き出す。僕はあっという間に両脇を抱えられてしまい、慌てて全身をばたつかせたが、鍛え上げた騎士たちに敵うものではなかった。


「父上、お待ちください! 僕は悪くない! もしそれが本当だったとして、悪いのはカロルでしょう⁉︎ 僕はっ……!」


 抗議を続ける間にも部屋の外に引き摺り出されてしまう。扉が閉まる寸前、父上が呆れきったように頭を抱えたのが見えた。




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