仲間ができそうです
大変お待たせして申し訳ありませんでした!
なるべくお待たせしないように頑張りますので、是非お付き合いください…!
⭐︎前回のあらすじ
買い物に出たことによって王太子のトリスタンに見つかったシュゼット。
絶望的な状況に見えますが、果たして…?
サディアスの帰宅から始まります。
家に帰り着いた俺は、玄関を開けたところで異変に気付いた。
気配がする。シュゼットしかいないはずの我が家に、二人の人間が入り込んでいる。
いつでも両手が使えるように、まずは鞄を床に置いた。
足音を立てない様にして慎重に廊下を進み、リビングのドアの手前で壁に背中を貼り付ける。一体誰がやって来たのか知らないが、状況がわからないうちは慎重に動く必要がある。
そっとドアノブに手をかけた。しかしその時、扉の向こうからよく知る声が漏れ聞こえて来たので、俺は警戒心を捨て去り勢いよく扉を開け放った。
果たしてそこにいたのは、ダイニングチェアに腰掛けてふんぞり返ったトリスタンと、その対面に座って俯いたシュゼット、そして側に控えるモーリス副長だった。
「おお、サディアス! 早かったな!」
トリスタンが家主の帰宅に気付いてこちらを向く。まるで住人であるかのような振る舞いに、俺はまず頭を抱えた。
「なんだこの状況⁉︎」
なにこれ幻⁉︎ 一体何がどうなったら、こんなことになるんだ!
*
サディアス様が帰ってきた。説明を求める視線を向けられて、私は無念の思いで目を瞑った。
「ごめんなさいサディアス様。私、自主的に食事抜きにします……‼︎」
「いやいや落ちつけ、飯は食おうな」
極論に至ったところで冷静に諭されたけれど、大反省の真っ最中である私の耳は彼の言葉を拾わなかった。
ああ、本当にごめんなさいサディアス様。まさかこんなにご迷惑をおかけすることになるなんて。
「……えーと、シュゼットが何かの用事で外に出たところ、トリスタンに見つかった。合ってます? アドコック副長」
「はい、正解です。流石はライト団長」
トリスタン殿下の副官様は、名をモーリス・アドコックと名乗った。
魔導師二人の手から逃れる術などあるはずもなく、観念した私は既に事情を説明し終えている。アドコック様とサディアス様は気さくな間柄だったようで、今までの経緯を確認し合うのに時間はかからなかった。
「ライト団長、本当に申し訳ございません。貴方が留守の間に勝手にお邪魔するのはよくないとお止めしたのですが」
「良いんですよ。トリスタンが聞き入れるとは思えないし、黙ってた俺が悪かったんで」
アドコック様が洗練された所作で腰を折り、サディアス様もまた頭を下げる。
お二人は何も悪くないのに、私のせいで謝らせてしまった。
しかも第一魔導師団は、フメルからの要請を受けて私のことを大々的に探していたらしい。
忙しい魔導師の皆様には本来の業務があったはずで、本当にたくさんの人に迷惑をかけているのだ。
「サディアス、水臭いではないか! シュゼット嬢を匿っていたのなら早く教えて欲しかったぞ! はっはっはっは!」
「悪かったよ……」
トリスタン殿下が聞き慣れた高笑いを上げ、サディアス様はため息を吐いている。お二人は本当に仲が良いようだ。
微笑ましい光景に少しだけ気が緩んだところで、サディアス様が気負わない動作で私の隣に腰掛けるので、つい肩を震わせてしまった。
王太子妃教育を受けていた頃は、少しのミスでも先生方に怒鳴りつけられて、罰として宿題が増える毎日だった。
こんなにも大きなことをしでかしたのだから、怒られるだけでは済まないだろうけど、それも当然だと思う。
私はやっぱり不出来な人間だ。サディアス様に合わせる顔がない。
この国の王太子殿下に見つかった私の未来は……やはり強制送還が妥当だろうか。
「シュゼット。どうして家を出たんだ?」
それなのに、サディアス様が問いかける声は殊の外優しかった。
「わ、私……お買い物を」
そっと見上げた彼の瞳は、優しい海の色をしている。私は絞り出すようにして話しながら、テーブルの上に置いた籠を引き寄せた。
「買い物?」
「晩御飯を、作りたかったんです。できるかは、わかりませんでしたが……」
サディアス様が覗き込んだ籠の中には、色とりどりの野菜とお肉の包みが入っている。するとトリスタン殿下が得意げに鼻を鳴らして、鶏肉が包まれた紙を指差した。
「安心しろサディアス! シュゼット嬢の頑張りを無碍には出来ぬと思い、魔法で冷やしておいたからな!」
そう、トリスタン殿下はお肉が痛まないように気遣って下さったのだ。突拍子もない性格の持ち主ではあるけれど、やっぱり素晴らしいお方だと思う。
サディアス様は籠の中身と私、そしてトリスタン殿下とアドコック様とで視線を行き来させて、最終的には仕方がないなとばかりに笑ってくれた。
「ありがとな、シュゼット。トリスタンとアドコック副長も、世話になった」
大きな手が伸びてきて、私の頭を撫でた。豪快な仕草には「気にするな」との想いが込められているような気がして、私は俯いて目の奥が熱くなるのを誤魔化さなければならなかった。
「夕飯を食いながら話し合いをしよう。二人とも食べて行ってくれ」
「む! 何か手伝おうか、サディアス」
「王子様は座ってな。アドコック副長も、楽にして下さい」
サディアス様からの提案を受けて、トリスタン殿下とアドコック様も表情を緩めて頷いている。
こんなのは駄目だ、と私は思った。
サディアス様にあまりにも大きな負担を強いている。簡単に許されては、どう謝ればいいのか、どう感謝すればいいのかさえも、わからなくなってしまう。
「サディアス様、私は……!」
「シュゼットは手伝い。はいエプロン」
突如として手渡されたペールピンクの布地に、私は目を白黒させた。思わず顔を上げると、サディアス様は悪戯っぽく笑っている。
「晩飯を作りたかったんだろ。だから手伝って貰おうかと思って」
……もしかして。これが罰則、ということなのだろうか。
だとしたら、サディアス様は優しすぎる。だって彼の言う通り、私はもともと晩御飯を用意しようと思っていたのだから。
「はい! 私、何でもします!」
勢い込んで頷くと、トリスタン殿下が楽しそうに笑った。
「なんだなんだ、仲が良さそうではないか! もしやお前たち、恋人同士なのか?」
「え⁉︎」
「は⁉︎」
あまりにも的外れな指摘に、私たちは同時にトリスタン殿下を振り返ってしまった。私は一応、訂正のために口を開きかけていたのだが、サディアス様の動きの方がずっと早かった。
「馬鹿言うな、トリスタン! シュゼットの迷惑を考えろ!」
サディアス様がトリスタン殿下の肩を結構な力で叩いた。よろめかなかったのは戦闘も担う魔導師の体幹ゆえか、それとも王太子殿下の覇気がものを言ったのか。
トリスタン殿下はダメージを負った様子もなく、出会った時のままピンピンしている。
「痛いぞ、サディアス! 照れ隠しならもう少し弱くても問題なかろうに! はっはっは!」
「照れ隠しじゃない、本当に違うから本気でひっ叩いたんだ!」
その時のこと。サディアス様が言い切る声には怒りすら宿っていて、私は胸を撫で下ろすのと同時に不思議な痛みを覚えた。
ちく、と心臓の裏側に、小さな針が刺さったような痛み。その正体がわからず首を傾げた頃には治まって、すぐに気にならなくなってしまったので、私は微笑ましいやり取りを続ける二人に意識を向けた。
「まあよい。私は腹が減ったゆえ、そろそろ夕飯にしてくれたまえ!」
「座ってろと言ったのは俺だが、なんで乗り込んできておいてそんなに偉そうなんだお前は」
「実際に偉いからに決まっている! はっはっは!」
サディアス様が深いため息をついている。彼は王族のトリスタン殿下に対して気安い態度を貫いており、副官のアドコック様も何も言わないのだから、きっと本当に仲が良いのだろう。何だか羨ましいな。
それにしても、何だかんだで私の処遇は夕飯時に持ち越されたらしい。本当に大丈夫なのかしら……?