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社畜系悪役令嬢の限界な日々

短編版では応援をありがとうございました。

お陰様で超見切り発車の連載版、始めました!


ご感想はお返事ができていませんが、全て大切に読ませていただいております。


連載版もお楽しみいただけましたらこれ以上ない幸いです。

 朝が来ないでほしいと思いながら眠りにつく。そんな夜を何度繰り返しただろう。


 カーテンの隙間から差し込んだ朝日が瞼の裏側まで追いかけてきた。私は重い体を無理やり引き起こして、意味がないとわかっていてもため息をついた。


「王城、行きたくない……」


 知ってる。死ぬほど行きたくなくても、行かなきゃいけないことくらい。


 のろのろとベッドから出たところでメイドがやってきて、身支度を手伝ってくれる。近頃はギリギリの時間にしか起きられないため、簡単なヘアメイクの時間しか確保できないけれど、メイド達は気の毒そうな目をするだけで何も言わない。


 私は飾り付けが終わった自分を鏡に映した。

 平凡な栗色の髪に、くすんだグリーンの瞳。目の下のクマは化粧では隠しきれず、パッとしない目鼻立ちも相まってどうにも陰気臭く見える。


 つい最近十八歳になったばかりの私は花も恥じらう年齢のはずだが、実際はお洒落について考えなくなって久しい。とにかく朝が辛いので、我が家にメイドがいなかったら、髪を一つに縛るだけで王城に向かっていたかもしれない。


 重い体を引き摺って食堂に降りてゆくと、お父様も同時にやってきて、朝の祈りの後に食事の時間が始まった。


 朝食のメニューはパン、スープ、焼いたベーコンにスクランブルエッグ、そしてサラダ。彩も豊かな美しい食事を口に運んで、またため息が出そうになる。


(お腹、空いてない。噛むの疲れる……)


 ここ最近は何を食べても美味しくない。食べ慣れたメニューであっても、何故かまったく美味しいと思えない。

 どうしてなのかしら。アプリコットジャムをつけたクロワッサン、大好物のはずなのに……。


「シュゼット。王太子妃教育の進捗はどうか」


 お父様が感情を映さない緑の瞳で問いかけてきた。

 私と同じ栗色の髪には少しの白が混じっているものの、顔貌に似たところは無いように見える。お父様は私と違って正統派の美形なのだ。


「近頃は一般教養が中心です。結婚式の打ち合わせも行っております」


 出来うる限りの笑顔を作ったが、成功していたのかはよく分からない。

 そう、私は半年後にこのフメル王国の王太子殿下と結婚し、王太子妃となる。


 どう考えたって分不相応な話だ。


 特別な才能がある訳でもないし、取り立てて美人という訳でもない。それなのにこの王城で大臣職に就く父からの命令で、幼い頃から王太子の婚約者としての教育を受けてきた。


『泣くな、逃げるな! お前は将来王太子妃、ひいてはこの国の王妃になるのだぞ!』


 自分の不出来さが情けなくて泣いていると、父はいつもそう言って私を叱った。


 魔法はなかなか上手くならなかったし、勉強もいくら時間を割いても足りなくて、いつだって寝不足でフラフラしていて。


 最近は友人との交流も絶えて久しく、霞む頭で終わりのない王太子妃教育のことばかり考えては暗い気分になっていた。


「そうか。これからも励むように」


 お父様は私の苦しさに気が付かない。いや、気がつかないふりをしているのかもしれない。


 お母様は早くに亡くなって、弟は隣国のウェリスに留学中。たった二人残された私たちは、昔から家族らしい会話なんてしたことがなかった。

 きっとお父様は、家族を政治の道具としか思っていないのだろう。


「……はい。承知いたしました」


 私はサラダを胃の中に押し込んだところでフォークを置いた。勿体無くて胸がさらに重苦しくなるけれど、これ以上は食べられそうになかった。



 *



 王城へとやってくると、まずは勉強の時間となる。

 粛々と授業を受けた後に待っているのは、山のような宿題の受け渡しだ。どさどさと堆く積まれた本の山に、私は人知れず冷や汗をかいた。


「シュゼット様。こちらは今週末までに。王太子妃たるものこの程度の量ならこなして当然ですからね」


 当然なのね、この量。

 お馴染みの講師陣はびしばしと鍛えてくれる方ばかりで、いつもとんでもない量の宿題が課される。教えてもらえるのはありがたいけれど、寝る時間が削られるので中々大変だ。


「あの、先生」


「何か?」


 五十代ほどのマダムである外国語の先生は、眼鏡の奥にある冷たい瞳でこちらを見つめ返してきた。


「……ごめんなさい、何でもないんです。わかりました」


 だめだ、やっぱり出来ないとは言えない。

 せっかく私みたいな分不相応な人間に教えてくださっているのだから、頑張って成果で返さないと。





 近頃は結婚式の打ち合わせに時間を割くことも多い。

 私は今、応接室にて王太子のバスチアン殿下と向かい合っている。関係者は既に立ち去って、部屋の中には他に私たちに付く従者しかいない。

 今日は衣装合わせでくたくたになっており、バスチアン殿下もとみに機嫌が悪いようだ。


「はあ……。衣裳など、適当にしておけば良いものを」


 そうですね。私も完全に同意します、殿下。


 バスチアン殿下は表向きは人気者の王子様として通っている。

 金髪に緑色の瞳が美しく輝き、お顔立ちはご令嬢方が熱心に信奉するのもわかる美形っぷり。民から貴族まで人当たりも抜群なのだ。


 しかしバスチアン殿下は残念なことに勉強嫌いで、更には裏と表の顔を使い分けている類の人。完全に下と認定した私に対しては容赦がない。

 パッとしない婚約者のことを彼がよく思っていないことは明白で、この数年は話しかけても無視される有様だ。


「……あの、バスチアン殿下。お忙しい中、ありがとうございます」


 礼を述べてみたものの、優雅な仕草で紅茶を飲むバスチアン殿下からの返事は当然なかった。


 いや、キツい。キツすぎる。


 バスチアン殿下のことは好きでもなんでもないから、色恋方面のダメージはゼロだったけど、最初の頃はせめて仲良くなりたいくらいのことは思っていたのだ。

 そもそも将来王妃になること事態がキツいのに、結婚相手の王子様に無視されるって、絶望の未来にも程がある。本当に人間関係って難しい。


「おい、お前。今日は夜会があることは覚えているな」


「え……は、はい。もちろんでございます」


 この時、珍しくもバスチアン殿下から話しかけられて、私は驚いてしまった。

 どうしてそんなことを確認してきたのだろう。本当なら家に帰って寝たいところを、今日は夜会用のドレスも持ち込んで準備しているけれど。


 バスチアン殿下が満足げに頷いた時、ノックの音が聞こえてきた。従者がドアを開けると、そこにはブロンドヘアの美しいご令嬢が立っている。


「バスチアン殿下、お話は終わりまして?」


「カロル! ああ、今終わったところだよ」


 バスチアン殿下の秘密の恋人、男爵令嬢のカロル様。何かとうまく立ち回っているようで、今のところ彼らが噂になっているのは聞いたことがない。

 今日も可憐なカロル様は、立ち上がったバスチアン殿下の腕を無邪気に取った。


「良かった、お邪魔かと思って遠慮していましたの」


「そんなことはない。もっと早く来てくれたら良かったのに」


 お二人は熱心に見つめ合いながら部屋を出ていった。部屋に残されたのは私と、屋敷からついてきてくれた従者だけ。


 気まずい沈黙に耐えかねて、私はお茶菓子の金平糖を口の中に放り込んだ。


 ……うん。もう、ノーコメントでいいでしょうか。





 それは夜会が始まってすぐのことだった。一応はバスチアン殿下に伴われて会場に入った私は、腕を振り払われて目を白黒させた。


 バスチアン殿下の隣には、いつの間にかカロル様がぴったりと張り付いている。


「シュゼット・フォルタン侯爵令嬢! そなたとの婚約を破棄する!」


 会場の空気がざわりと揺れて、招待客の視線が突き刺さるのを感じた。


「何事だ」

「フォルタン侯爵令嬢との婚約を、破棄するって?」

「ああ、あの地味な……」


 噂する声が耳に入ってきて、私はキリキリと痛む胃を抑えた。

 何事なのかなんてこっちが聞きたい。何この状況。どういうこと?


 この非常事態に至って、私はどうしたらいいのか解らなかった。助けてくれる人も、同情してくれる人も、周りに誰一人として存在しない。


「婚約破棄、ですか……?」


 絞り出した声は掠れていて、動揺を隠しきれない自分が歯痒かった。

 まさかこんなところで婚約破棄を持ち出されるとは。ああでも、今日はバスチアン殿下に夜会に参加するように言われたのだった。


 つまりは衆人の場で婚約破棄を知らしめる為に、私の存在が必要だったということか。


「お前はこのカロルに嫌がらせをしていたそうだな」


 嫌がらせ? 私が、カロル様に?

 そんなことしていない。そんな時間、あるはずないのに。


「持ち物に刃物を仕込んだり、嫌な噂を流したり……僕の見ていないところで、ご苦労なことだ」


 バスチアン殿下の極寒の眼差しに、私は呆気なく怯んだ。

 ああ、どうしてこんな誤解が生まれたんだろう。針の筵って、こういうことを言うのね。


 キツい。いくらなんでもキツすぎる。


 けれど冤罪をかけられて簡単に認めるわけにはいかない。やっていないことはやっていないと、一言告げるだけでいい。


「わ、私は、そのようなことはしません」


「ほう。あくまでも認めぬと申すのか」


「はい。してもいないことを、認めることは、できません……」


 大人しく平凡な侯爵令嬢が震えながらも口答えをしたことは、殿下や招待客の目にどう映ったのだろうか。

 一つ間違いがないことと言えば、やはりバスチアン殿下の逆鱗に触れたらしいということ。彼は一気に眉を吊り上げると、私を指差して高らかに告げた。


「ええい、往生際の悪い! そなたは金輪際王城への出入りを禁ずる! 即刻出て行くが良い!」


 その瞬間、細い峰の上を耐えて耐えて歩き続けていた体が、ごろごろと転がり落ちる音を聞いた気がした。





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