邂逅 密猟者
「ふぅ...」
捜索すること数時間。
カーバンクルはとても臆病な性格の為、人ごみが見える場所には居ないだろうと推測し、公園の外れを探しているが結果は芳しくない。
聞き込みも交えた操作に切り替えると早速当たりを引いた。
妖精が言うには、「酷く怯えた様子で公園内を徘徊していた」とのこと。
この公園の外周は数キロにもおよび、隈なく探すとなったら一日は掛かるだろう。
ただでさえ、日の光がない薄暗い場所だ。
夜も近いという事もあり、数メートル先もハッキリ見えない。
「...ここから居なくなったのか、それとも元から居なかったのか」
この公園での捜索は打ち切って、別の場所に移るべきかもしれない。
ルイは、事務所に帰り情報の整理からやり直すことにした。
太陽が沈み、すっかり人が消えた公園。
(偶にはこんな静けさもいいもんだ)
ルイの革靴の足音が消えて行く余韻を楽しみながら、大きな湖の前を歩いていた時、
「おーい、ルイ! おーい!」
ルイの癒しが壊れた。
声が聞こえるのは、湖の中心。
ルイは手前の木製の柵に身を乗り出しながら、目を凝らすとそこには人魚の一団が居た。
その中で手を振っているのは、先ほどルイの助手になりたいと言ったマーレだ。
「なにか用かぁー!」
ルイがマーレに気付いたことを察知したのか、上半身を水面に出しながらスイスイと移動を開始。
あっという間にルイの元へ。
「ねぇねぇ、ルイが探しているのって、カーバンクルの子じゃない?」
「おぉ? お前に教えたっけ?」
「実はね、皆がこの公園でカーバンクルを見たんだって。凄く怯てたって」
「ほんとか! その子は何処に行ったか分かるか?」
「私が案内するよ!」
「いいって。場所を教えてくれれば」
「いいのね? 分かった!!」
「ダメの方のいいだよ! お前絶対にワザとだろっ!」
ルイの言葉を無視して水中深くに潜っていくマーレ。
数秒後に、激しい水しぶきを上げながら、イルカの如く大ジャンプ。
綺麗なフォームを維持して、ルイを飛び越える。
するとマーレ下半身が光に包まれ、人間と同じような二本の足に変化した。
沢山の水をまき散らしながらルイの背後に着地成功。
「どやぁ」
どや顔のマーレとは対照的に、上から降ってくる水をおぼつかない足取りで何とか躱すルイは酷く慌てている。
「あっぶねぇ! 俺の一張羅は耐水性無いんだからなぁ!」
「今どきのスーツにしては、珍しいね」
「このスーツは、ビンテージなの! 子供には分からない大人の身嗜みなの!」
現在、市場に出回っている衣類には耐水加工を施された物がほとんどだ。
理由としては簡単で、マーレのように水場に住む幻想種と接する機会が増えたから。
彼らと接するたびに、今回のような水に襲われ、衣類をダメにしては共存なんて言ってられないだろう。
勿論、耐水以外でも燃えない、臭いが付かないなど色々な要素が多くの製品に付け加えられている。
「それじゃ、付いてきて!」
「マーレッ! 話聞けってっ!」
何処からか取り出したサンダルを履き、公園の出口とは反対方向に走っていく。
「ちょっ、待てって!」
あっという間にマーレの背中は微かに見える位に遠ざかっていた。
明かりは街灯のみで視界が悪いという事もあるが、マーレ自身が走るのが速いのだろう。
ルイはその背中を失わないように、全力で追いかけた。
「ここら辺だよ! あの子がいたっていう場所は」
ここは公園の入り口とは反対側にある深い森。
ルイが捜索を断念した場所から近かった。
「あららら? あらららあらららら?」
ルイはポケットをまさぐるが、ペンライトがないことに慌てる。
スマホのライトじゃ光量が足りず、ルイはこういう時の為にライトを携帯していたのだが、それが無い。
という事は、暗い場所での捜索は決定的な証拠を見落とす可能性が出てきた。
どうすべきかと考え込むルイ。
するとルイの内に、マーレが何かを渡してくる。
「ほら、懐中電灯! 必要だと思って借りてきたの。褒めてもいいんだよ?」
ルイは、事務所での秋の言葉が頭をよぎるが取り敢えずは置いておくことに。
「...助かった。ありがとな」
「うん! 素直でよろしい!」
そこらの木の上で眠っている妖精たちを起こさぬように注意しながら、ルイとマーレは捜索をしていく。
すると、マーレが何かを発見。
「ほらっ! カーバンクルの毛が落ちてるよ!」
マーレが指さす先には、灰色の毛が一房落ちていた。
ストレスが過度に掛かると体毛が抜け落ちるという症状が発生する生き物がいる。
人間や猫は勿論、カーバンクルもそれに当てはまる。
ルイは春から貰った写真をチェックし、毛色が同じであることを確認。
「だがよぉ、マーレ。これカーバンクルの毛なのか?」
「うーん。多分そうだよ。同じ幻想種だからかなぁ、気配と言うかこう力というかそんな独特な奴が分かるのよ。んで、その毛からはカーバンクル特有の力が感じられるの。ほら、人間だって本物の髪の毛か作り物か直ぐに分かったりするでしょ? それに近いよ」
マーレの有用性がまた一つ、証明された瞬間である。
毛が落ちているという事は、まだ近くに居るかもしれないと二人は捜索を続ける。
「となるとまだ近くにいるのかも...」
辺りをライトで照らしてみてもそれらしい姿は見当たらない。
状況に変化が起こらないまま、何かをするとなるとどうしても集中力が切れるという物。
それはマーレも同じようで、ポツリポツリと始まった雑談は遂に、盛り上がりを見せ愚痴大会へと突入。
愚痴をグチグチ言っていると、ルイが異常を察知した。
視線の先には、暗闇の先に突如出現した丸い光。
ルイは太陽が上っている内に確認していたのだが、この公園は周囲を塀とセンサーが囲っており、専用の出入口以外では立ち入ることは出来ない。
そして、あの光の位置はどう考えてもおかしい。
(俺の思い過ごしならいいんだが、塀をよじ登った位置に丁度ライトがあるような...そんな感じが)
暫くすると、地面に何かが落ちるような音と共にライトも落下していく。
「マーレ...俺の近くに」
ルイは嫌な予感を感じ、小声でマーレを呼ぶ。
「ルイ。どうしたの?」
「あれを見ろ。もしかしたら"密猟者"かもしれない」
密猟者とは、幻想種を利益の為に狩る人間の総称だ。
暗闇に浮かぶ巨大な蛍のような光を目にして、マーレの表情も強張る。
「なんでっ! 今まで此処に来なかったのに!」
「まだ、決まったわけじゃない。ただ念のために...お前は仲間にこのことを伝えておけ。出来れば避難の準備も」
「ルイはどうするの!?」
「俺は、あの正体を確かめる」
何か言いたげな様子だが、マーレが口を開くよりも早くほっそい肩を押しだす。
「携帯の番号は変わってないよな?」
「うん...」
萎れた花のように元気がない。
マーレは、過去にも密猟者とトラブルがあり、彼らの恐ろしさと言うのを目の当たりにしている。
今も尚、恐怖の対象である彼らが目の前に現れたとあっては、仕方のないことだろう。
だが、マーレが思っている不安は自身の危機に対してモノではない。
それは、目の前のナルシスト男に対しての物なのだが、当の本人は知るよしもない。
「ルイ、もう怪我だけは...」
「マーレ。俺を誰だと思ってんだ? ――幻想探偵、下村ルイだぜ?」
マーレが不安げな表情を浮かべながらも静かに走り去っていく。
「うっし」
ルイは、物音を立てないように姿を暗闇に紛れさせながら、小さな明かりに近づいてく。
薄暗くて視認しにくいが、近づいてみると光の正体はライトだと判明した。
そのライトを照らしているのは、顔には風邪用マスク両手に軍手を付けた二人組の男。
背中にリュックのような檻を背負いながら何かを探しているようだ。
(あの檻は...)
先頭を歩く大柄な男が背負っている檻は、密猟者たちがよく使用している幻想種捕獲用の檻だ。
丈夫で、内側からの脱走は不可能、更には重厚な見た目とは裏腹に、背負った状態でも走ることが出来るほど軽い。
ルイはここで飛び出すことが得策ではないと考え、密猟者の動きを注視する。
「おっ。こいつは少し安いが...」
密猟者の行動を茂みの中から伺っていると、男たちは木の上で休んでいた妖精たちを次々に檻の中に放り込んでいく。
突然のことに驚いた妖精は、辺りを見回し捉えらえたと把握したようだ。
慌てて、檻の隙間から抜け出そうとするが、見えない壁のような物に激突し目を回しながら、後ろに吹き飛んでいく。
「はっはっは、この檻はお前ら幻想種を逃がさないようになってんだよ...大人しくしてな」
「妖精一匹だから...ご飯はどれくらい食べれるかな?」
「そうだなぁ、白米に上手い肉と山盛りのサラダがつくだろうぜぇ」
彼らは妖精を金塊のように見えているのだろう。
にやにやと笑いながら、眠っている妖精達を次々に檻へ放り込んでいく。
仮にここで飛び出せば、警戒した密猟者たちが逃亡してしまう。
そうすれば、捕まった彼ら幻想種達は助からないだろう。
そう考えたルイは、クールになれと言い聞かせる。
だが、これ以上の蛮行は耐えきれなかった。
「んだよぉ、おめぇは?」
「ビックリしたぁぁぁ、お化けかと思ったよ」
突然現れたルイに驚く二人。
「...そいつらを解放しろ」
「あぁ?お前には関係ぇねぇだろ?」
ライトを左手に持つ男は、腰から拳銃を抜く。
右手の拳銃を此方に見せびらかす様に上下に振る。
下手な事すれば撃つぞと言いたのだろう。
「良いのかよ? 銃刀法違反だぞ?」
「そんなんでビビる奴が密猟をやるかよ」
「そりゃそうだ」
銃を手に持つ大柄の男が仕切っているように感じたルイは、とりあえずの目標を目の前の男に定めた。
「どうしても投降する気はねぇのか?」
「ないねぇ」
「クールじゃねぇんだけどな...仕方ない」
ルイの掲げるスローガンは、常にクールでカッコよくだ。
だが、クールに話し合いで解決できない場合は、暴力も辞さない。
「なぁ、スーツの色男さんよぉ?」
「なんだ?」
「お前さんが、引くってのはどうだ? お互いに拳を振るうのは野蛮すぎないか? んでお前が引けばこの事態は解決するぞ?」
野蛮そうな言動とは裏腹に、思考は至って冷静、理知的なその提案にルイは驚く。
「そいつは魅力的だ。俺の手はカワイ子ちゃんを愛でるためにあるでね。俺も出来ることなら暴力なんて野蛮なことはしたくないんだ」
「ほぉ、そいつは良い趣味じゃねぇか? だったら、つまんねぇ正義感なんて捨てちまえ。そうしねぇと、もうカワイ子ちゃんと会えなくなんぞ?」
「すまねぇが、ここで逃げ出す男の腕じゃ、満足してくれないのよ最近の子は。そんな訳で野蛮な暴力で倒れてくれよ」
「そいつはゴメンだ。しっかり、抵抗させてもらうぜ色男」
交渉は決裂。
武器の有無も、体格も全てにおいてルイは不利。
「行くぜぇっ!」
勝てる要素は無くても、それは立ち向かわない理由にならない。
ルイはいつもそうだった。
がむしゃらに突っ込んで、僅かな希望を見つけて、捕まえる。
全力で戦って、隙を突いて勝機を掴む。
「はえぇっ!」
ルイは風を切るように走り、相手の目の前で飛び上がる。
相手が防御態勢に入る前に、上から拳を振り下ろす。
「ほぉ、骨と皮だけって訳じゃねぇな」
ルイの拳を受けとめながら声を漏らす大柄の男。
さして、驚いている様子もなく、手を差し出しただけという感じだ。
ルイは、パンチが通用しないと分かると攻め手を変える。
体勢を崩させようと足を刈り取る。
それがダメなら、急所に向かって細かく拳を入れてみたりとあの手この手で攻撃するも全く通用しない。
良いダメージが入ったとしても、奴の筋肉が鉄板のように硬く、逆にルイの拳の方がダメージを受けてしまう。
「いっつつ。お前の体は金属で出来てんのかよっ!」
右手を見ると、奴の体を殴りつけた個所が赤くなっている。
「がっはっは、金属ではないな。だが、人間如きの拳では貫けないという点では確かだ」
腰に手を当て笑い声をあげる男。
その言葉にルイは引っ掛かりを覚える。
("人間如き"? その言い草はまるで。それに、膨れ上がっていくでっかい気配...)
「お前...人間じゃないな?」
「...そうだ。まぁ、ヒントはあったか。...康太、久しぶりにやるぞ」
姿が見えなかったもう一人の男は少し離れた場所にある木の陰に隠れていた。
怯えた様子の大学生くらいの康太と呼ばれた若い青年が、ゆっくりと歩いてくる。
「でも、相手は只の人間だよ? やりすぎじゃない?」
「康太、アイツの帽子を見てみろ」
康太と呼ばれる少年は俺の帽子に視線を向ける。
「只の帽子じゃない? ちょっと、古いだけの」
「そんじゃ、ここでもう一つ。俺の予想が正しければだが...。おい、色男! お前さんの名を教えてくれねぇか?」
こんな時に聞く物なんかと思うが、教えて欲しいというのなら教えるのがルイの流儀。
「んだよ。俺の名前は下村ルイ。幻想種専門の探偵だ。そんでお前らをとっつかまえる男でもある」
ニヤリと笑う大柄の男と目を丸くして驚く康太。
「そう...下村ルイか。じゃぁ、その白い帽子も...そういうこと」
「だろ? コイツ相手にはやりすぎって言葉はねぇはずだ」
何か納得した様子の康太と呼ばれた青年が大柄の男の前に出る。
目つきは鋭く、先程までのおっとりした雰囲気は消えていた。
「下村さん。貴方に恨みはないけど、明日のご飯の為に死んで下さい」
康太の右手が、思わず目を覆う程に輝く。
公園から太陽が昇ったと見間違うほどだろう。
直視すると視力に影響があると本能が訴えかけ、ルイは反射的に目を瞑る。
光が止んだことを感じ恐る恐る目を開けると、康太の右手の甲には赤い線が走っている。
直角方向に曲がっている複数の線が絡みあっており、見ようによってはお伽話に出てくるドラゴンのようにも見える。
「行くよっ!」
「おうよぉぉぉぉ」
康太の呼びかけに反応するように、大柄の男の体が変化していく。
膨張する体は洋服を引き裂いていき、見る見るうちにその大きさを増していく。
辺りの木々をなぎ倒しながら拡大していく異形の体は見上げるほどの高さになった。
肌は茶色へ、茶色から黒へ変化していき、肩甲骨辺りから生えてくるのは太い骨。
ある程度まで伸びると、その頂点から四五本の骨が逆手のように伸びていき、それぞれの骨の間を膜のような皮膚が覆っていく。
全身を包む鱗が夜光に反射し、丁寧に磨いたガラスのような輝きを放つ。
腕はそこらに生える樹の幹よりも太く、手足の爪は人間が使うどんな刃物よりも鋭いだろう。
現に、四脚で立っているだけで地面の土を抉っている。
その姿は、ニューヨークの空を割って出てきたあの存在を彷彿とさせた。。
「おぃおぃおぃおぃ、なんでドラゴンがそっち側にいんだよっ!」
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