バカとナルシストの意味のない推理劇
彼女は、とある出来事が切っ掛けで、ちょくちょく下村探偵事務所に遊びに来る様になったマーメイド。
名前を"マーレ"という。
オレンジ色のビキニを付けた彼女の服装は、海水浴客のように見えるが彼女の足に注目するとその特異性が分かる。
その足は人間のように肌色一色と言う訳ではなく、膝から足首にかけて青白い鱗のようなものがふくらはぎ側面に確認できる。
マーメイドとは、元々は水中に住んでいる種族だが、人間との共存に合わせて陸地にも活動できるようになった。
正確に言うならば、科学の力を使って活動できるように無理やりしていると言った表現の方が正しい。
「よぉ、一週間ぶり。此処に住んでんだっけ?」
「うん! 仲間と一緒に中央の湖に住んでるの! ルイはなんで此処に居るの? しかもこんな公園の外れに?」
公園に訪れる人の大半は、舗装された散歩コースか湖が目的だ。
そんな誰も寄り付かない場所に、普段見ないはずのルイが居るのだから怪しんで当然だろう。
「俺は捜索依頼で来てんだよ。マーレこそなんでこんな所にいんだ?」
「あのね、皆に聞いたの。白いスーツに白いハットの怪しい男が居るって! こんな夏の暑い時期にそんな格好をしてるのって、ルイくらいかな?って」
「まぁ、この着こなしが出来るのは俺くらいしかいないかぁ」
「ははは..."怪しい男"って言葉は聞こえないのね」
マーレの乾いた笑いは辺りの木々たちが吸い込んでしまった。
ルイは身なりを整え、クルリと回り、マーレを指さす。
「てな訳で依頼の邪魔だ。さっさと帰え」
「いいのぉ? ルイの依頼ってことは、私が協力した方が何かと都合がいいんじゃなぁい?」
マーレは、脅迫犯のようなニタニタとした憎たらしい笑みを浮かべる。
「ぐぅ...確かに...」
幻想種の事は幻想種に聞いた方がいいに決まっているとルイは考えている。
なので、マーレの要求自体を呑むべきなのだろうが、あの憎たらしい笑みがルイに躊躇いを生む。
が、ルイも探偵の一人。
その推理力は中々の物であり、この状況下でマーレの要求も簡単に導き出したようだ。
「生憎だがカネはねぇぞ? ホントに無いんだぞ! 来月の家賃も払えないんだからなぁっ! その上で金を要求するのか聞こうじゃないかぁ!」
失うものがない男は、目を見開き心のままに叫ぶ。
いい年の大人が言うべきではないだろう。
案の定、マーレは顔を引きつらせながら一歩引く。
「お、お金はいらないもんっ! 」
「じゃぁ、何が欲しいんだよ? 服か? アクセアりーか?」
「もしかして、私って即物的な女に見られてる?」
「ちげーよ。女が欲しがるものなんて知らねぇからよ、欲しそうなものを言っただけだ! 深い意味はねぇ! てか、何が欲しいんだよ、言ってみろよ」
「むっふっふ。しょうがないから教えてしんぜよう。私からの要求はただひとーつ!! ルイの相棒にしてよっ!」
ルイはこの要求は想定していなかったようで、大きく深呼吸をした後にスイッチが切り替わったように真剣な表情を浮かべる。
マーレも思わず息をのむ。
「因みに理由を聞いても? やっぱ聞かない! 答えはNo!」
「理不尽っ! なんでよ!? 理由なんてたったの数文字だよ。ほんとすぐだよ、カップ麺だって出来ないよ! それくらいならいいじゃん!?」
「答えは簡単、お前には相棒の条件を満たしてねぇのさ」
その時、マーレに電撃が走る。
かつてない程の衝撃に、暫し放心状態となった。
人魚にも電撃は有効であることが証明された瞬間である。
「はっ! 余りのショックで...なんで成れないのよっ!」
予約が取れていなかったことに腹を立てる主婦のような剣幕だ。
大方、スムーズに事が運ぶと思っていたのだろうがそうは問屋ら下ろすものかと言うのがこの社会。
「その理由は自分で考えることだな。それが探偵への一歩だ。お前ならできる筈!」
「なっ、なるほど...勉強になります」
握りこぶしを作り納得した様子。
マーレの素直な性格、悪く言うとバカが幸いし、上手く丸め込むことに成功したルイ。
「てな訳で、俺は探偵としての道を歩む。お前も精進することだな」
「で、でも! それなら尚更、一緒に...」
「マーレ隊員! 探偵になるには重要なことがある。それは何か分かるかね?」
「それは...常にカッコつける!」
「違う」
「うーん...ダサいスーツを着る?」
「違う」
「バーに入り浸る?」
「違うわっ! ...それって俺の事を言ってるんじゃないよな?」
ルイは内心焦っていた。
それを表情に出さないように努めて冷静に、そして焦りの代わりに優しい笑みを浮かべることに意識を集中している。
(マーレが知るはずはない、俺が近所のバーに入り浸っていることを)
ルイは情報を一つづつ整理していく。
(マーレはまだ子供だしあの性格だ。酒よりもジュースなバカがバーに行くはずない!)
ルイの額から零れ落ちる汗は、未だ払拭しきれない疑念を意図せず顕にしている。
(だが待て。万が一もある。...いや待てよ、あの時はマーレなんて居なかった。彼女も青髪だったが、マーレよりもずっと長い。背中まで伸ばしていた筈)
ルイの表情は晴れやかな物に一変する。
疑念は払しょくされ、全ての可能性を考えてもマーレはルイの秘密を知る訳がない。
そう確信できたのだ。
「...酔った勢いで口説くってのはダサいよね」
「はぅっ!」
そうルイが秘密にしていたのは、気になった女性を通い詰めて口説き落としていたことだ。
何時もならその事実は隠すことは無いが、マーレには知られたくなかった。
それは、マーレと同じ青髪の女性と言う事実があるからに他ならない。
(考えても見ろ。マーレに口説いた女の容姿がバレたら...「えぇ! ルイって私の事もそういう目で見てるんじゃないのぉ?」みたいなバカな状況になっちまう!)
ルイは今年一番の気合を入れ思考回路をグングン回す。
そして気が付いた。
ある事実に。
「俺がバーに居た時は、客は俺とあの娘の二人だけ。そしてお前は確証を得ているかのように言った"口説く"というセリフ。一体、誰からその情報を得た! 言えぇぇぇっ!」
「...実に初歩的な推理だよルイ君。君が口説いた人の特徴を言ってみたまえ?」
やけに落ち着いた雰囲気のマーレ。
ルイには、マーレの背後に英国紳士的な男性の影が見えていた。
「スラリとした細身、顔は...暗くてよく見えなかったが芸能人的な可愛さで、髪は青色の長髪...」
この時、ルイの頭脳に電流が走る。
パズルのピースが徐々に埋まっていく。
「マーレ...一つ聞くぜ? お前たちマーメイドは酒は飲めるって認識であってるか?」
ルイの質問は事件の核心を突いたようだ。
「そうだね、人間と同じように飲める子もいるし飲めない子もいるよ。因みに、此処に住んでる子は全員お酒は飲めるよ?」
マーレの言葉は、自供する犯人の様に諦めが入っている。
それに気をよくしたルイは、この茶番劇に幕を下ろす。
「初歩的な考えだよマーレ君。答えは簡単、俺が口説いた子はマーレのねぇちゃんだ!!!!!」
驚いた様子もなく、何か悟ったような表情。
「ほぅーらっ!」
そして、男らしい気合の入った声と共にルイに腹蹴りを一つ。
足裏全体を使った、邪魔者を押しのけるような蹴り。
本気では蹴っていないため、吹き飛ぶことは無かったが、確かなダメージを受けた。
「ったく。だから、ルイは半人前なんだよもうっ!...まぁ、依頼頑張ってね?」
呆れたと思ったら、笑顔になって早足で去っていく。
女の気分は山の天気の様だと言うが、あの変わりようは異常だろう。
推理が当たったのか不明だが、茶番をする時間もないことだし、さっさと依頼を進めることにするルイだった。
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