見えてきた迷走
翌朝の下村探偵事務所。
ここに住んでいるルイは、欠伸を噛み締めつつワイシャツに袖を通す。
時刻は七時。
「秋! なんか入れてくれぇ!コーヒー的な奴ぅ!」
ルイの特殊能力発動。
秋を召喚。
何でも願いを叶えてくれる秋は、目の前のカラステーブルにコーヒーを用意して、事務所のソファーに座る。
召喚獣秋は、ルイに探るような視線を向ける。
「マーレちゃんに、事務所に来るなって言ったの?」
「あぁ。これ以上はヤバい気がするんだ。何となくなんだけど」
「何となくだけでマーレちゃんを...ちょっと過保護すぎんじゃないの」
「そうかぁ?」
「そうだよ。お父さんか、彼氏かみたいなレベルだよ」
「あんな娘要らんわ!」
ルイは悪態をつき、ソファーにどさりと座る。
「秋はどう思う? この事件は全部関連してると思うか?」
「そうだねぇ...。僕は実行犯は別だと思うよ」
ガラステーブル上の資料を眺めながら秋は答える。
「その根拠は?」
「ルイからの情報が全部正しいとすると、不特定多数の密猟者と二人の特殊な人間が動いてることになる。なんで関連してるけど犯人は別って説を押そうかなと?」
「...取っ掛かりが何もないからなぁ..誰か情報くれねぇかなぁ」
ルイが、空から情報が降ってくればいいのにと思っていると、覚えのある気配。
駆け出す毛玉。
ルイは、何事かと思い玄関を見る。
「そんなら、俺が教えてやろうか?」
「下村さん。こんにちは。いや、おはようかな?」
あの日、ルイをボコボコにしたドラゴン達が居た。
「...何の用事で?」
ルイの疑問ももっともだ。
相手が、人間の姿を取っているためそこまで荒事にはならないとルイは思っているが、それでも警戒せずにはいられない。
「要件は簡単だ。最近起きている事件諸々のヒントをやろうと思ってな」
願ってもないことだが、不信感が先に来る。
「...何が欲しいんだ?」
「報酬は美味しいご飯がいいですね」
事務所を興味深そうに徘徊していた康太がティルにちょっかいをかけながらそう言う。
「ってことは金か?」
ドラゴン達は視線を交わしては頭を傾げている。
そんな二人に光明を齎したのはドラゴンの隣でのんびりコーヒーを飲んでいた秋だ。
「ではでは、これはどうかな? 近所の定食屋の唐揚げ定食定期券」
秋が懐から取り出したのは、二枚のプラスチックカード。
クレジットカードのように見えるそれを覗き込む俺達。
「なんじゃそりゃ?」
「これがあれば、そこの飯屋の唐揚げ定食が一日一回食べられるって券だよ。期間は一カ月だね」
ドラゴンコンビに電撃が走る。
明日の飯を求める彼らにとって、一か月間の食事が保証されているという環境は天国そのもの。
彼らには、金塊よりも輝いて見えた。
「マジかよっ!? ってことは、飯の心配要らねぇのか!? 」
「神の券が降臨!!!」
立ち上がり涙を流し抱き合う二人。
彼らの中には、言葉にしつくせない程の歓喜の感情が巻き起こっているのだろう。
「これで満足してくれるかな?」
その言葉に頭をぶんぶん振って肯定する。
ドラゴン達の優先順位は何よりもご飯なのだろう。
秋は、二人の餌付けに成功したことにご満悦の様子。
だれも不幸にならないいい取引だ。
「んじゃ。カーバンクルを狙う理由は予想ついてるだろうから省くぜ。カーバンクルを狩り始めたのは去年あたり。そして、俺達が簡単に警備された地域に入れた理由を考えると...どうだろうな?」
ドラゴンからもたらされた情報は、カーバンクル捜索の件ではなく、つい先日のことについて。
今まで、過去の事件しか追っていなかったルイ達は、そもそも先日の件と結びつけていなかったのだ。
「そんじゃ、頑張んな。相手はバカでアホだが金がある。それに俺達以上とは言わねぇがそれなりの奴もいる。今のお前じゃ気合入れねえと簡単に死ぬぞ」
「券、ありがとうございます!」
唐揚げ定食が余程楽しみなのだろう。
どんな物なのか楽しみだと話しながら玄関へ。
「お前たちは、この件からは降りるって認識でいいのか?」
「次は、とんかつが欲しいな。丁度、豚を喰いてぇんだ」
そう言うと、大声で笑いながら消えて行った。
やけに豚と言う単語を強調したことにルイは疑問を持つが、今はそれどころではない。
「いいのルイ? その情報を信じても?」
「今は嘘でもいいから飛びつくしかねぇだろ」
「...だね」
ルイはドラゴンからの情報を整理していく。
「秋。幻想種の保護地域を警備してる会社って言えば...あれだよな?」
「そうだね。オフィスはこっから電車一本で行けるね。今、送ったから確認よろ」
「サンキュ! そんじゃ、適当に回った後そこにも行ってみるわ」
ルイは事務所を飛び出す時に秋に一言。
「秋。春さんのこと見てやってくれ」
「ふーん。そういうなら...了解」
幻想種保護地域を警備している会社と言えば、FAISOCKだ。
ルイが向かったのは、FAISOCKが警備しているいくつかある幻想種保護地域。
ここはハーピーが連続で失踪した場所だ。
ドラゴンの言葉から、FAISOCKが関連していると推測し、過去の事件が発生した場所と結びつけるとある繋がりが浮かび上がった。
「こりゃ、でけぇな」
現在、ルイが見上げているのは、ビル群の中に紛れるように立つ大きな樹木。
自然公園に存在する物とほぼ同じものだ。
ここは、ハーピィの様に高い場所を好む幻想種が住んでいる場所だ。
ルイは人間用の入り口から、階段を使ってロビーのある三回まで上る。
カフェの様に開かれたここには、椅子に座って談笑するハーピィや妖精などがいる。
「んじゃ、聞き込みすっか」
ルイは手当たり次第に、事件当日の目撃情報を探っていく。
手ごたえがないまま時間だけが過ぎていく。
収穫無しとして、この場を離れようとしたその時だ。
「いやぁぁぁぁぁぁぁ!」
悲鳴のようなちょっと嬉しそうな男性の声が聞こえた。
此処に居るみんなは聞きなれているのか対して驚いていない様子。
明らかに事件ではないのだが、好奇心に負けたルイは、声のする方向に進んで行く。
「ここらだろう...」
悲鳴が継続的に続く部屋の前についた。
名目としては、心配になったと言えばいいだろうと考えたルイは、ノックをしてみる。
すると、中からドスドスと力強い足音と共に、扉が開かれた。
「ちょっとまだ使ってるんですけどぉ!」
「いやぁ、すまんすまん。中から悲鳴が――」
ルイは藪蛇だったかと後悔するが、
「あれ? 誰かと思ったら探偵さんじゃないの! 久しぶりじゃない!!」
彼女は前の依頼で一目ぼれした男を誘拐した捕まっていないだけの犯罪者ハーピィだ。
「久しぶりだなぁ。てかここは何の部屋なんだ」
彼女の背景を覗いてみると、中々豪華なホテルのような内装の部屋が。
そしてベットの上には干乾びたあの日の男子学生が転がっていた。
「済まねえな、お楽しみ中に邪魔しちまって。ほら俺って悪戯心があるじゃん?」
「まぁ良いわよ。彼も限界近かったし。暇があるなら、一緒に食事でもしない?」
彼氏持ちだがいい女との食事は大歓迎のルイ。
ついでに聞き込みもすることに。
「じゃ、水持ってくるから待っててね~」
ハーピーの彼女はセルフサービスの水を持ってくるとかで暫し離席中。
「あの下村さん。助けてくれてありがとうございます。あのままだったら...搾り取られて...死んでましたよ...」
「いいってことよ。まぁなんだ...そういう時はレバーとか食べるといいらしいが」
レバーと言う言葉に怯える彼氏。
どうやらトラウマを抱えているようだ。
そして、それはルイには何となく伝わった。
「すまんな。頑張れとしか言えんわ...」
「その言葉だけで十分ですよ。...僕も彼女と一緒に居れて嬉しいですから」
「そりゃ羨ましいこった...」
ルイの興味は彼の価値観へ移っていく。
「彼氏君はさぁ、人間と幻想種が一緒に居ることについてどう思う訳? 姿かたちも違うし、寿命も違うじゃん?」
「僕は、彼女と出来るだけ一緒に居たいですね。僕は空も飛べないし、直ぐにおじいちゃんになります。だから、一緒に入れる瞬間を大事にしていきたいんです。全部を思い出に出来るように...」
ルイは彼の言葉一つ一つに眩しさを感じる。
あの時、ルイが失ったピュアな心を彼は未だ持っている。
その輝きは、ルイ以外にも勿論、眩しく映ったようで、
「いやぁ...そんなこと言われるとなんか嬉しいねぇ。なんていうの? 体の芯からポカポカしちゃう感じ?」
「えぇ...僕は全然やる気あるよ!? でも、ほら身体と心は別モノって言うしぃ? 取り敢えずはご飯を食べたいなって...」
ルイは今すぐにでもおっぱじめようとする彼らの邪魔したくなかったのだが、これだけはと思い、
「そういえばよぉ、ここでパーピーちゃんが立て続けに居なくなった件について何か知ってるか?」
「うーん。それは分からないんだよねぇ。皆で探したり聞き込みもしたんだけど全然。あの子達の気配って言うの? それが感じられなくて...」
「僕も気になってここの警備を見て回ったんです。だけど、正面入り口以外は入り込む隙は無いし、誘拐しようものなら警備員に即見つかっちゃいます。なので、誰も知らない裏口があるのか、彼女たちは自分の意志でそこに向かったのか...素人の僕にはこれが限界ですね...」
彼氏の探偵も脱帽する調査方法に驚くルイ。
「でか、よく調べたなぁ。普通はそこまでしない気もするが...」
ルイは偶に、物凄い推理力は発揮する。
何故、彼氏君はそこまで調査をしたのか。
この答えがルイには分かった。
そして、彼氏君もルイが答えに辿り着いたことを察した。
だからだろう、しだれかかるハーピィちゃんをそっちのけで、首を横に振っているのは。
ルイは問題ないという意味を込めてサムズアップ。
彼氏君もありがとうのサムズアップ。
男同士の友情は固く厚い。
だが、嫉妬の感情はそんなものをあっさりぶち壊す。
「成程! 彼女さんの為に態々、こんなバカ広い場所に警備を見て回ったり、推理したりしてたわけか。それもこれも全部、彼女との大切な時間を全部思い出として残すためなんだなぁ! こいつは愛がなければ出来ないねぇ、彼女さんもさぞ嬉しいだろうよぉ!」
ルイは満足したのか、名刺を残して退散する。
「んじゃ、何かあったら連絡しろよぉ」
「そのなんかあった時が今なんですけど!?」
彼氏の声は、ハーピィの嬌声で掻き消された。
ルイは良いことをした気分で、この施設内の警備状況を見て回る。
彼氏が言ったように、外部からの侵入はとてもじゃないが出来ないだろう。
だが、現にドラゴン達のような奴らは入っている。
幻想種も人間も簡単に入れない場所にどうやって入れたのか、その謎は解けないままだった。
ルイはその後も、毛玉の里と勝手に名付けたグレムリンの住みかを行ってみたが、手掛かりは掴めなかった。
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