参 学校の日
学校の日
「なぁ白夜、霊前さんと八重柳さん、絶対に付き合ってると思わへんか」
今日は曜日でいうと金曜日。午前八時すぎ。
「ん、それは察知したのか?」
「いやぁちゃうな」
「なら知らん」
俺は机に突っ伏したまま返事をする。ちなみに朝には弱いほうだ。くだらないことが頭の中に渦巻く感じの弱さ。
「じゃあ白縫さんと東雲さん、相性良さそうや思わへん?」
…なんでこやつ恋愛の話をここまでしてくるのでござるか?
しかも、白縫さんと東雲さんは俺の恩人だ。それだけも俺も彼女らのことを知っているわけで。確かに二人は仲がいいが、絶対に付き合ってないと断言できる。そんなことがあったら俺が嫌だからだ。
二人の名前を出してこられたことに腹がたったのでわざとらしく不機嫌に声をあげる。
「お二人を馬鹿にすんのか?」我ながらいいすごみだったと思う。だが
「おおう、すごいリスペクトやなぁ。じゃあ、八雲さんと黒陽さんはどう思うんや?」とにへらにへらと返された。
どんだけ恋愛厨なんだよ。しかもよりによって八雲さんと黒陽さんのペアかよ。こいつの脳内、恋愛草とかイチャイチャフラワーとか咲いてんじゃねーの。ぱぁ。
とはいえ、この質問は大いに困る。悩みに悩んで
「それは困る」とだけ答える
「困るんや?」
「けっこう困る」
俺が空前絶後に嫌な顔をしているのに、ニヒルな笑顔がうざい。ってかニヒルの意味って何だろう。
「ふーん。へぇー。ほーなるほど。『好意』を感じるなぁ」
「なんか察知しただろ」
「残念。俺の異能は未来に起こることを見るものであって、人の心を見る異能じゃないんよ」
「じゃあおれがわかりやすいだけなのか?」
「そういうのを口に出すのがわかりやすいんやて」
またもやニヒルな顔で笑われる。そういや、ニヒルってのは非情で冷酷なさまのことらしいですよ。ソースは神谷。
長谷川さんの《情報分析》の異能と神谷くんの《思考伝授》によって情報が運ばれてきました。ほんとになんでもお見通しだね。
ラブラブで息ぴったりの二大ブレイン。今日も助かります。
プライバシーはこのクラスにはない。みんなの悩みは彼らにすべて知られている。
ふと、顔を上げると「そうかぁ。白夜は八雲さんか黒陽さんどっちかが好きかぁ」とぼやく少年が一人。
「お前ってさぁ、すぐに俺をいじめるよな…ほんと死んでほしい」
しかし、俺の率直な愛の告白が、彼には聞こえらなかったらしい。
ましてやさらに攻撃を仕掛けてくる目だ。なんで気持ちが折れない?
…ポレモンだったらむらっけオニゴ〇リ並みに害悪。
「おいおい白夜さん、いったいどちらが意中なんや。八雲さんかー?」
「言わない」
「え、じゃあ黒陽さんなんか?うん?」
「あのなぁ…」
席を立とうと思ったが、道を防がれ通せんぼされた。流石にこの察しの良さは異能だろう。《察知予知》恐るべし。
くろいまなざしが俺の心にきっかり映るのが分かる。ゴーストタイプには無効かもしれないが、俺には効果てきめん。俺を逃がしてくれる気はないらしい。
白夜は 逃げられない。
…このネタ分かる?
この、俺と今現在進行形で話しているウザったらしいやつは神条叶都。金髪、碧眼で常にヘラヘラしている。しかもへらへらしててへらっへらぁしてる。
顔もまぁまぁかっこいいし、細見。身長はすっと高くで、身のこなしも軽い。
性格も、軽い。
神条の《察知予知》の異能は未来に起こることを察知、または予知する異能で、危険度が高いことほど早くに察知や予知ができるらしい。一回の察知予知にかかる魔力の消費は多くも少なくもなくって感じだと聞いている。
こう聞くと「未来の予知⁉?⁉?⁉すげぇ!」って超強そうに聞こえるが、異能世界はインフレ気味。弱いと言ったら嘘になっても、伝説級の強さはないだろう。
こいつの一見、チートみたいな異能でも最強の異能使いになりえないということだ。
…別に悔しいからそう言っているのではない。
ネアという有限供給の魔力根源の仕組みこそあれ、やはり一撃ですべてをひっくり返すような異能力。そういった異能力には、実質的な「質」の違いがあるだろう。
二律背反、力がすべての世界では、ゴムゴムの異能なんかで最強になれるわけない。
だってゴムだぜ?異能として強いわけがない。そこからも、世のアニメや漫画は主人公補正ましましなのが分かる。
たとえ、俺の異能が弱かったとしても、主人公となれれば問題ないわけだ。
結論。ワンワンピースは主人公補正と感動話の塊。
ついでにいうと、この世界にゴムはない。
アニメも、ない。
漫画はある。
俺がそんな有意義なことを考えているときも、叶都の口は収まることを知らない。
口調はそんなになくても、底意地の悪い笑顔で俺をおちょくってるのが分かる。うざい。
「自分やったら黒陽さんが好きになるやろやなぁ。肉弾戦命なところが俺の心にジャストミートやわぁ。八雲黒陽ペアの絶対的攻めポジや」
違った。自分のタイプを喋ってるだけだった。
「お前の好きな人とかどーでもいいよ。それより脳内のお花をちゃんと摘めよ。てか、だったら八雲は何ポジなんだよ」
「受けありきの攻めやないか。受けに決まってるやん」
神条はさも当然という顔で、攻めと受けの話をしている。鼻血拭け。
こいつと話をしていると、まるで、腐りに腐りきった腐女子と話をしている気分になってくる。
すいません。腐女子の方々に失礼ですね。
「でも八雲は八雲で性格荒いぞ?確かに黒陽ほどではないが」
「じゃあどっちも攻めでええやん。俺がうれしいだけや」
神条さんは「うふ」とさわやかスマイルで答える
絶望。おれはなぜか、おまえが喜ぶたびに、気落ちしていく一途なんだが。
「お前が喜ぶ世界線なんていやだ」本音だ。
「なしてや!人の趣味を取らんといてほしい!」こいつも本気だ。
「もはやそれ、趣味じゃなくて性癖だから…」
マジとマジのぶつかり合い。
ちなみに俺的には真面目と書いてマジなのだが、世間的には本気と書いてマジと読むらしいね。
こういうときはさっさと引いとこ。
デッドヒート前に撤退に限る…
俺は神条大先生の話を聞き流すことに決めた。
…まあ察しのいい人はわかっていると思うがこいつ、神条叶都は根っからの百合好き妄想暴走少年である。もちろん今まで出てきた人物名はみんなこの学校の女生徒の名前だ。
もう一回言うね。みんな女性徒。
百合に夢中でいらないだろうからその顔面寄越せと思う。
このイケメン陰キャ。くたばれ。
百合好きとは女の子同士の恋愛というものが好きな特殊性癖だが、こいつはさらに少々M気質だしな。
正直すんぐぉくきもい。
期待して買った異世界ラノベの登場人物の一人として、しかも初期とかにこいつが出てきて、ましてや仲間にでもなろうものなら、みんながみんな、払った金を返して欲しいと思うことだろう。
特に俺の場合は王道ものが好きだからな。即BOOK OFFで売却だそんな小説。
しかも確かこいつは少々M気質だった。自らの察知予知の異能で、何が起こるか察知した上で、攻撃を真っ向から受ける。
つまり、あえて苦痛という彼にとっての快感(?)を受けたがる。
キャラ濃すぎじゃね?戦闘で役立つのそんなやつ。百合好きM男とか需要ある?
そのくせ俺みたいなか弱い人をいじめるのが好きと来ている。どういう神経してるのかわからない。
末期だ。
そんなこの男こそ、俺のバディの一人なわけで。さらにたちが悪いと思う。
一方で話題の八雲と黒陽は、百合伝説を語る神条には気をとめる様子もなく(多分気づいていない)教室の廊下側窓際の一席で一緒に腕相撲をしている。
腕相撲をしている。
(?)
それは可憐ながらも真剣そのものといった感じで、相手をねじ伏せるという殺意がここまで伝わってくる。
どうやら双方が、腕相撲は世界を壊さんばかりの大義な戦いと認識しているらしい。まぁどちらの姫方も、異能までもは使う気がなさそうなのが救いか。
百合恋愛厨大魔神叶都の話を聞き流しつつ、ぼーっと二十分も続く腕相撲を見ている時間。
なかなか乙だ。
こうしているうちにも始業の号令。担任の倒木先生がやってくる。
いつの間にか腕相撲の決着はつくことなく静かに終わり、百合大魔神も自分の席に戻っていた。
しかしながら、八重柳さんと霊前さんの百合話…気になる。
ぼーっとしてたら余計、神条の話が頭に残ってしまった。
いけないいけない、そうだそうだ、授業授業。
異能基礎の授業を行っているのは倒木先生。いかにも昨日、人を殺しましたといわんばかりの陰気な顔をしているが、根は優しいとの噂だ。
逆に言うと根は優しいというのは噂でしかない。
とてもミステリアスな雰囲気で、個人的にしびれる。
どこまでいっても噂は噂なので彼の性格の実態は謎に包まれている。
今日の朝は、ご家族にホットドッグを投げつけられたのだろうか、まるで血のように額に飛び散っているケチャップ(?)がおどろおどろしい。
まさか本当に血…
いや、きっと倒木先生は鈍感なんだ。きっと顔に飛び散ったケチャップに気づかずに学校に来ちゃったんだ。
でも、もしも、万が一、そうじゃなかったら…
先生、殺人鬼説。