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大嶋廻り余話013 -天開神事-

作中曲「風渡の歌」のDLリンクはメモ書き(https://ncode.syosetu.com/n5560gr/1/

)にあります。

 風渡返ふっとかえりの里は懸巣浦かけすうらに突き出す高い崖の上にあって、断崖に巣を張る鳥たちがひっきりなしに上昇気流を掴んでは舞い上がっていた。その雄姿を追えば、空は未だ分厚い雲に覆われている。昨夜通って来た風の道は、低く垂れ込めた雲に文字通りの雲隠れだ。

 見渡す里の人口は四百人ほどになるだろうか。これは風渡台地の玄関口である滝口の里とほぼ同数。共に風渡最大の人里と言うことになる。


「昨日は夜半に着いたから随分高い所に篝火があるなとしか思わなかったけど、これが風渡雲居大社かぜわたるくもいのおおやしろで合ってるよね?」


 朝風呂を頂いて直ぐ、朝餉の前に里の様子を見晴らそうと宿屋前の広小路に出た途端、私たちはアホの子のように大口空けて天を仰いだ。


「他にないと思う。間違いなくこれが風宮かぜのみやよ」

「それにしたって凄いなー。あの高さでどれもみんな一本柱だぞー」


 俄然、目を惹いたのは遠く里の西外れから里中へと、徐々に高まって来る巨柱群。それら列柱の天辺には立派な社殿が乗っていて、神社好きなら誰もがその再建を夢見る、古代出雲大社の姿を否が応でも想像させた。然るにそのスケールたるや倍以上も大きいと来ている。

 先ず、高さは一〇〇米に到達する勢い。次いで長大なきざはしと本殿を支える柱は全て継ぎ目のない一本柱。古代出雲大社では三本の大木を束ねて一本の柱にしたと記録されていたけれど、今、風宮を裏から見上げる私たちは、最も高い柱の英姿を目の当たりにして瞬きすら忘れていた。


「圧倒されちゃう。さすがは星霊が建てた太古の九宮だね。今までにだって地底湖を渡る転宮や、土宮の岩屋の五層社殿なんてのを見て来たけど、正直これが一番驚いた」


 目の前の巨大建築物が仮に人の手による建物なら、絶えず吹き寄せる潮風に百年と持たず倒壊していただろう。柱間を抜ける風がびょうびょうと唸る中、この大社は一万五千年に亘って聳え続けて来たのだ。それを思うと、我知らず畏敬の念が沸き起こった。


「大宮様、お連れ様方。朝餉の支度が整いました」

「おー、飯だってよー。さっさと食って風声媛みさをひめに会いに行こー」


 回れ右して宿へ戻る放谷。その切り替えの速さに私と阿呼はキョトンとして、それから顔を見合わせ苦笑い。


「まったく。放谷と来たら敵わないよ」

「ほんとね。でもお姉ちゃん、今日は天開あまびらき神事があるから、あんまりのんびりしてちゃ、お宿の人にも迷惑よ」

「だね」


 しっかり者の妹に諭されて、もう少し味わっていたかった感動の余韻を胸に仕舞い込む。さても今日は、風渡の旅を長らく感傷に浸していた雲を打ち払おうという吉日。私は期待を胸に、何度も風宮を振り返りながら宿へと戻った。




 ***




 朝餉を終えて早々。宿を引き払った私たちは、里を西へ進んで風宮の本殿に登る階を目指した。里の民家はどれも風渡去ふっとさり同様の板葺屋根で、中でも特徴的なのは、棟木の両端に短い柱を立て、鳥居型の笠木を乗せているところにある。そうした風景の中、里人たちは神事の為か、皆打ち揃って白装束を着込んでいた。


「どこもかしこも鳥だらけだ」


 それは民家の屋根の笠木ばかりのことではない。里を西へ抜けた先の地平も、点々とある木々の枝にも、所狭しと様々な鳥たちが群れ集い、鳴く声は風にも負けず耳をろうした。

 足下の鳥たちに道を譲って貰いながら、どうにか階の正面に回り込むと、周囲には檜皮葺きの立派な社殿群。階の正面には三門の如く立ちはだかる柱高い拝殿が聳えていた。

 立派な吹き放しの柱を抜けて拝殿に上がり、こうべを垂れること二回。私は四度の柏手を打って、締め括りの一礼を終えた。


「んー? 首刈ー、今のはなんだー?」

「お姉ちゃん、拍手は二回よ」

「いいの。ここはね、なんだか四回柏手を打ちたくなる気分なんだよ」


 二礼四拍手一礼は出雲大社に伝わる礼拝の作法。その太古の姿を映す風宮を前にして、私は心のままに前世の作法を取り入れた。

 奥へ進むと九面連なる大扉の向こう、間近に見れば気の遠くなるほど長く登る階。幅は約三〇米。勾配を三〇度、高さを一〇〇米と仮定して、本殿までの距離は凡そ二〇〇米。一段の高さを二五糎と見積もれば八〇〇段にも及ぶ荘厳な階だ。


「これ、真ん中は神様の道って言うけど、脇の階段から行かないと無理だよね?」

「うん。真ん中の坂も行けないことはないと思うけど、鳥さんたちのフンで滑ると思う」

「一遍滑ったら下までスッテンコロリンだなー」


 階は三〇米幅の両脇に組まれていて、中央一〇米は滑り台のような白木の板敷。そこに等間隔に明神鳥居が並んでいた。

 階も鳥居も、彼方まで鳥たちで溢れている。海鳥、磯鳥、渡り鳥。大小様々に色も形も啼く声も十色の鳥たち。普段は風渡にいないだろう南国の鳥たちまでが犇めく中、これから行われる神事の性格からか、飛べない類の鳥はついぞ見かけることがなかった。


「お姉ちゃん、見て。八十柱の鳥さんたちよ」

「おお、ここからは指定席みたいだね」


 大混雑の階をどうにか半ば以上登り詰めて、残り半分と気合を入れ直してから間もなくのこと、雑多を極めた鳥たちの種類が段々と絞られて来た。

 斑鳩いかるが神社のいかる牙良豆豆木けらつつき神社の啄木鳥きつつき木叩きたたき。そして呼子よぶこ神社の郭公かっこうたち。それぞれの一団が、三段五段と階を占拠して、みさご千鳥ちどり葦切よしきりと、八十柱の格に従って眷属の雛段を構成している。


「ほぎゃー! かわいい! お団子みたいな雛がいるっ」


 続いて現れたのは夜夜よなよな神社の夜鷹たち。どれも皆、朝寝したそうに眠た気な目をして、その中にピァピァと啼く真っ白な蝦蟇口夜鷹がまぐちよたかの雛が紛れていた。余りの可愛らしさに思わず掬い上げると、掌の温もりを感じたのかストンと眠りに落ちてしまう。


「ふわぁぁ、めちゃくちゃ可愛い! ふわふわの雪見大福」

「阿呼も抱っこしたいっ」

「うまそーだなー」

「こらっ」

「きゃー!」


 ひょんな出会にきゃいきゃい騒いでいると目の前でドロン! 過日出会った夜鷹の女神が悠然と姿を現した。


「首刈様、御一行様。そろそろお着きになる頃だろうとお迎えに上がりました」

戦鬼そよめきさん! え、この子、戦鬼さんの子?」

「はい。昨年の暮れに生まれたのですけど、神事に合わせて孵化させました。次代の子ではありませんが、玉の男の子です」


 次代の子ではない、と言うのは、神が子を産めば、それが例え姫であっても、必ず代目を継ぐ子になる訳ではないと言うこと。神々は次代を期して慎重に結婚相手を探すけれど、必ずしもそれで跡目を取る子が生まれる訳ではないのだ。中でも多産のトーテムはその傾向が顕著に見られる。裏を返せば、それによって選りすぐりの後継者を得るということでもあった。

 とはいえ手の中の雛も族神となる大事な子には違いない。ここまで成鳥ばかりを目にして来たけれど、この場に雛を伴った理由は一つ。我が子に風渡の神事を見せようという戦鬼姫の親心からだろう。

 私は雛鳥を両手に乗せたまま、戦鬼姫の案内に従って続く階を登って行った。そしてついに開ける最頂部。


「おお! 広いっ、そして高い!」


 分厚い板張りの大舞台に重厚な大社造りの御本殿。そこへ、階中央の坂板部分だけが伸び上がって、天へ飛び立つ滑走路のように続いている。

 舞台上に犇めくのは鷲、鷹、百舌鳥もずといった風渡の一宮から三宮までの眷属たち。更には白守一宮の梟。同じく三宮の白鳥。水走二宮の鶴。黒鉄三宮の鶺鴒せきれいと、目白押しの賑わいだ。


「首刈様はそのまま本殿へお上がり下さい。媛様がお待ちです」

「はい。それじゃあ戦鬼さん、また後で」


 白玉団子のような雛をお返しして一路本殿へ。

 天へ伸びる坂板の影に入って真正面から上がり込む。すると巻き上げられた御簾の向こうに複雑な梁組みの御神座が覗かれた。

 梁の上には禿鷲、髭鷲ひげわし、冠鷲。そしてゴールデンイーグルとも呼ばれる貫禄の犬鷲。巨躯と飾り羽根が目を惹く扇鷲。他にも白頭鷲やら尾白鷲やら、思わず身が竦むほどの猛禽パラダイス。どれもギョロッとした目で、頭を上げ下げしながらこちらを窺って来る。

 緊張気味に進んで外陣と内陣を隔てる羽根の掛衾カーテンを前にしたら一斉の鳴き声。猛禽の声は厳つい見てくれに反して高く通る澄んだ声なのだけど、これが屋内で一時に重なると鼓膜が破れんばかりの大音量になった。

 思わず伏せた耳を両手で押さえて身を固める。すると掛衾カーテンの開く音がして、そろりと開けた両の目に飛び込んで来たのは内陣に居並ぶ鳥神の列。


「よくぞ参った首刈よ。千羽せんばから聞かされてはいたが、万が一には間に合わぬのではないかと気を揉んでいたのだ。先ずは祝着。さぁ、突っ立っておらんでく参れ」


 神々の列を割る真正面。一段高い御神座から声を発したのは鷲羽の女神――風立別大真鳥かぜたちわかるおおまとり風声媛命みさをひめのみこと

 私は手招きに応じて中道を進んだ。

 右に左に所狭しと居並ぶ有翼の神々に目をやれば、手前小さ神の中に水走の水鳥を統べる水毬みずまり姫と目が合った。続いて八十柱の列になると風渡で出会った托戸たのべ姫に千羽姫。更には黒鉄の恋知鳥、白玉しらたま姫と詠美尊しのびのみこと。御神座手前に到っては白守の四姉妹が揃い踏みで並んでいる。

 私は勧められるまま、神座の隣りに用意された籐の椅子に腰を下ろし、阿呼と放谷はその後ろに回り込んで佇立した。それから風声さんが、先ずは挨拶の一つでもしてやれと言うので、勢揃いした鳥神に向けて何を言ったものやらと頭を捻る。やがて遅蒔きに戦鬼姫が列に加わって、それを機に席を立ち、軽く咳払い。


「ええと、皆さん勢揃いですね。今日の神事は翼ある神々の神事と言うことで、私たちも一層の期待を胸にここまでやって来ました。お久し振りの方も、初めましての方も、どうぞよろしくお願いします」


 ペコリと頭を下げると、最寄りに立つ四陣風の中から三女の南風さんが、他人事と笑う仕草で「続けて」とニヤケ顔。私は詰まる喉を下して思い付くままに言葉を接いだ。


「あ、そうそう。私事で恐縮ですが、ここ風宮を以って、大嶋廻りの一つの目標だった八大宮参詣も最後となりました」

「あれー? 峰峰宮には来てくれてないよねぇ? 私の宮も素通りでさぁ」

「そうだけど。白守では北風さんのお宮に行ったんだからいいでしょ。茶々入れないでよ」


 南風さんのツッコミを迎撃したと思ったら、西風さん東風さんまでもが不満を表明し始める。


「皇大神は常々秋が好きだと仰っていたのに、西風は後回しですか。がっかりです。しょんぼりですよ」

「いや、ちょ、そんなことは……」

「白守の冬とかなんにもないからね? 足りないおつむで考えたって、雪解けの春こそが見せ場でしょー?」


 恨み節に当て擦り。まったく以って容赦がない。


「だから今度行くってば。誰も行かないなんて言ってないでしょ。四桁の神様がヘソを曲げないで下さいよ」


 白守の姉妹は四季を司る。私が一番に冬の白守を訪れたことに対して、春夏秋を司る三人にしてみれば承服しがたい想いがあったのだろう。ねちねちと絡んで来る様子に周囲からはドッと笑い。北風さんに至っては騒ぐ妹たちを制しもせず、知らぬ顔の半兵衛を決め込んでいらっしゃる。ちょっとくらい助けてよっ。


「とにかく! とにかくですね。これからも大嶋廻りの旅は続けて行きますけど、今日こうして節目の日を迎えることができて、それが天開神事と重なったとなれば吉の中の吉、大大吉な訳ですよ。なのでお集りの皆さんには是非、天開神事の盛大かつ勇壮な舞いをとくと披露して頂きたいなと思います。楽しみにしてます。以上、おしまいっ」


 やけっぱちに言葉を結べば羽根の掛衾カーテンが目一杯開かれて、最前まで空だった外陣に酒席が用意されていた。空き始めた内陣にも振る舞い酒が運び込まれて三々五々。すると風声さん、阿呼と放谷にも酒席に加わるよう告げて、二人ぽっちの御神座でおもむろに言葉を紡ぎ始めた。


「よくやった」

「はい?」

「和主は約定を果たした」

「約定、ですか?」

「そうだ。過日より今日に至るまで怠りなく大嶋廻りを進め、ついに儂の元へまでやって来た。話を聞く分には、赤土や護解では苦労した様子だが、よくぞ成し遂げた」


 儂としても喜ばしい、と口元を綻ばせる風声媛。お世辞の気配もない言葉に、私も思わず笑みがこぼれた。


「ありがとうございます。何をするにも誰彼みんなが助けてくれて、本当にお蔭様でって感じでしたけど」

「それでよい。皇大神とは神々を率いてこその役割。なればこそ誰となくけて貰える為人ひととなりであらねばならぬ。和主は大いに助けられて来た。元来そのことこそが、いずれ指折りの皇大神となるであろうことを示しているのだ」

「ええ……、それはちょっと褒め過ぎじゃないですか?」

あらず。和主が今日まで為して来た行いは、どれも誇ってよいものだ。よって儂もここに使命を果たそう。大嶋廻りに区切りの付いた今日より、風渡は渡人に門戸を開く。これまでも決して閉ざして来た訳ではないが、就中なかんずく、容れる考えも持たなかった。だがこの先は水走、護解、青海に倣い、渡人の定住を拒みはせぬ」


 この言葉には驚いた。風声媛は私に大嶋廻りの優先を望んだ最右翼の神だ。それ故に、例え私の旅が大きな節目を迎えたとしても、旅の終わりを見た訳でない今の時点で、こうも大きく態度を変えて来るなど思いもよらないことだった。

 ただ、思い当たる節は一つある。

 八大神招集の折、渡人との融和を唱える私と大嶋廻りを優先せよと言う風声媛とは物別れに終わった。そして風声媛が去った後で、夜刀ちゃんは私にこう言ったのだ。

 大嶋廻りを続けさえすれば風声媛はいずれ戻る。私の融和策が成果を上げる一方、風渡は参加しなかった。そんな不名誉を受け入れられる筈がないのだからと――。

 するとどうだ。ここへ来て風声さんが態度を変えたということは、融和策の成果が風声さんの目にも評価すべき事実として映ったと言えるのではないか。

 私は隣りを振り仰ぎ、鷲羽の女神の銀眼を真っ直ぐに覗き込んだ。すると、かつてその眼光に射竦められ、身じろぎ一つできなかった過去が消え去る。そこに見えたのはただ、一個の私という存在を認めてくれる真摯な輝きだけ。


「過日の無礼を改めて詫びよう」


 目を伏せ、頭を下げる風声媛に私は言った。


「そんな昔のこと、私はもう忘れちゃいました」


 勿論嘘だ。あの日、心の臓を射抜かれた衝撃は私にとって永遠の戒めになっている。血気だけのひよっ子が手前味噌の自論ばかりを振りかざして、古式床しく大切にされて来た大嶋の仕来たりを顧みる心を持たなかった。あの日の私は実に身勝手で大層愚かだった。

 私は禍根のない旨を言葉にし、教えを忘れないとの想いを目で訴えた。返る言葉はない。風声媛は静かに笑みを含んで、ただ頷くだけだった。


竹葉ささを持て」


 脇に控える風宮衆に告げて、風声媛は大きな朱塗りの盃に御神酒を注がせた。それを交わして今日を祝い、明日からを願って、御神座に二人、絆の盃を高らかに呷る。すると、いつの間にか様子を窺っていたらしい鳥神たちが一斉に盃を掲げて口々に祝賀を唱え始めた。

 阿呼が拍手をし、放谷が赤ら顔で親指を立て、それを見た私は大いに頷く。おっかなびっくり手探りで続けて来た旅の、またとない節目の日になった。




 ***




 天開神事は太陽が東の空から去る間際に始まった。

 振る舞い酒の後、本殿を出た神々は、風声媛を筆頭に天を突く坂板を登って列を成した。突端の鳥居の上で風声媛が詔刀言のりとごとを唱えると吹く風は緩まって、鳥たちの声が一斉に静まる。


「しずかになったね、おかーたん」

「うん。大切な神事だから、こっちも静かにしてようね」


 観客である私たちは舞台の端に立って見物を決め込んでいた。

 私の手を取る幼神は過日の托卵騒ぎで預けられた継世辿采姫命ままのよのたどりひめのみこと。神事の前に戦鬼そよめき姫が雛を預けに来たところへ、目敏く呼子神よぶこがみ托戸たのべ姫がやって来て、これ幸いと押し付けて行ったのだ。余りの面の皮の厚さに辟易したものの、辿采たどりちゃんに罪はないので引き受けた。


「詔刀言が止んだ」


 阿呼は包むように手に納めた夜鷹の雛を胸元に寄せた。


「風がまた出て来たなー」


 放谷が掌をかざすと、頬を撫でるほどに落ち着いていた風が、勢い髪を巻き上げた。それを合図に刹那、一斉に飛び立つ鳥たち。


「始まった。凄いっ、空が動いてる!」


 鳥たちは階の中心を境に左右に分かれて飛び立った。眼下の大地にいた鳥も、木々に群れていた鳥も、皆々一斉に南北の空に別れて、さながらモーゼの奇跡が空を割ったかのような世界観。

 群塊を成す鳥たちは滑らかにして変幻自在な動きを見せ、何度も何度も万華鏡のように空模様を塗り替えて行く。

 巨大な流れは海側からの追い風を受けて遠く西へ。南北に別れた鳥たちが西の空で合流すると一気に降下。そこから捲り上げる波のように大きな宙返りを打ち、今度は猛然と東に向かって来た。

 地を這うように横一線となった最前列。それが次第に収束して、階の下に建つ拝殿を目指して戻って来る。

 総数は優に一千万羽を超えるだろう。それが一体となって拝殿を潜り、階中央の坂に立ち並ぶ明神鳥居を潜るたび、いや増しに加速して、舞台で見守る私たちの眼前を過ぎる頃には、流れる色ばかりで形を追うことなど最早不可能だった。


「まるでロケットの打ち上げみたい」


 他に例えるならスキーのジャンプ台を逆利用して天高く飛び立つ無限の列。それはさながら銀河鉄道の旅立ちか。

 高い空に一番に翼を広げたのは翼開長五米を超す大鷲。風声媛の化身した姿に違いない。


 ピュイィィィィィィィ―――。


 高く響く篠笛のように、どこか哀愁を引いた啼き声が降って来て、すると天を覆っていた分厚い雲が東西の線上に黄金色の筋を引いた。そうして一筋、二筋と天使の梯子を下ろし始める。


「雲が割れる……。空が、開くよ」


 唖然としながらも見逃すまいと目を皿にする私。


「光の筋にかさがかかってる。奇麗……」


 阿呼の言う通り、天下る光の柱には六角の光暈こううんが幾重にも重なり煌めいていた。そして、それら妙なる美しさの中に、鳥とは別に舞うものがあった。それは桜と藤の花弁。そして五色に耀かがよう秋の色葉だ。


「西風さんの紅葉だ!」

「東風さんの桜もっ」

「藤の花は南風だなー」


 春夏秋を優雅に彩る女神たちの心憎い演出。

 打ち出された鳥たちの先端が高空で再び南北に別れると、空を覆う雲はいよいよ大きく二手に分かれて、東の空に待ち望んだ太陽の姿が現れた。

 鳥たちは降りて来ない。東の岸壁から吹き上げる上昇気流を掴んで、悠然と舞っている。そのどれもが黒い影を落とすのではなしに、星霊の輝きを纏って飛び続けていた。

 無辺の空から落ちて来る鳥たちの声。それは風渡の風に掻き混ぜられて、細切れになって遠く掠れて行く。


「あっ、落ちた!」


 阿呼の悲鳴にも似た叫びに目を凝らすと、至る所で風を掴めずに落ちて行く鳥たちの姿があった。雀くらいの小さな鳥が多いけれど、雁などの渡り慣れた鳥ですら、一瞬の油断が命取りとなって落ちて行く。


「嘘っ、なんで……」


 風だ――。

 優雅に見えてこの空は、寄せる風に昇る風、斜めに切れ上がる風もあれば真上から打ち下ろす風もある。飛ぶことを宿命付けられた鳥たちですら、苦もなく飛べる空ではなかった。


「頑張れみんな! 飛んでっ」


 錐揉みする鳥たちがどうにか立て直そうと足掻く姿に突き動かされて、私は青白い頬を震わせ、大声を張り上げた。

 一瞬にして甦る前世の記憶。諏訪の御柱祭りやスペインの牛追い祭りを見れば分かることだ。豪壮な神事ではその激しさ故に人死にも出る。

 これまでの旅に於いて、私自身その手の祭りを見聞しては来なかった。自ら参加した祭りは激しいものもあれば、華やかなものもあって、けれどもその全てが和気藹々としたものだった。

 しかしこの天開神事は様相が異なる。横殴りの猛風と突き抜ける突風が八方乱れ交う空に、陽の当たる世界を求めて一心に翼打つ鳥たち。美しく思えるのは、命を懸けた祈りの舞いだから。


「だからみんな白装束だったんだ……」


 宿を出て里中を歩いた折、見かける里人は皆、白の衣装を身に纏っていた。ここ大嶋に於いて黒は慶事で白は弔事。里の民は落ちて来る鳥たちを弔わんが為、厳粛な白に身を包んでいたのだろう。

 例え翼を持つ者であっても、重力に引かれる世界にあれば、飛ぶことそのものが命懸け。一つ限りの儚い命。翼に願いを乗せて飛ぶ彼らを、耐えて眺める他はないのか――。


「お姉ちゃん!」


 なんとかして、と訴えて来る妹の目。

 なんとかしたいのは山々だ。ならばしかしと言わず、なんとかして見せよう。

 彼らの使命が命をも賭す崇高なものだとして、大嶋を平和裡に導くのが皇大神たる私の使命だ。

 思えば風渡の旅は常にうら寂しさが付きまとっていた。けれどもその寂しさを幾つかの出会いが埋め合わせて、私たちは一日として笑顔を忘れずに来た。


「大丈夫。任せて」


 旅の集大成となる日に死を看取ったのでは空が晴れても心は雨。悲しみも人を育てる糧には違いないけれど、今だけは拒みたい。これまで風渡を旅して感じた物悲しさは、結末に死を見るものではなかった筈だ。

 私は敢然と空を睨んだ。

 ひた向きな美しさの中、ハラハラと散る羽根が降り注いで、その一枚たりとも地に落とすまいと、願いを込めて歌に風を包み込む。



 光る風よ 流る雲よ


 降り注ぐ 雨雫あめしずく


 空の彼方 群れる鳥の


 涼やかな 千の声よ



 遠い旅路を 空に映して


 つながる雲は 千紫万紅せんしばんこう


 けば帰らじ この世のてに


 なおも背を押す 風の声



 春のかすみ 夏の嵐


 色無き風 冬のみぞれ


 高い空に 円を描く


 はいたかの 哀傷歌あいしょうか



 さよならと手を ふるたび涙


 ヒリヒリと鳴く 漂鳥ひょうちょうの胸


 一つの空に めぐる数多の


 想いはどこへ 辿り着くのか



 追いかけて来る この寂寥せきりょう


 風渡る地に 残した心


 泣けど叫べど 二度とは見ない


 一度限りの 人生たびの空



 光る風よ 流る雲よ


 降り注ぐ 雨雫あめしずく


 空の彼方 群れる鳥の


 はげみとなる 千の声よ



 来た道を振り返れば風泣き止まぬ風渡の台地。

 雲厚き灰色の世界にあって俯きがちな毎日だけど、風に負けじと飛ぶ鳥たちの声に、自らも負けまいと顔を上げる人たちがいる。そういう強さが風渡にはある。他でもない。鳥たちこそが秘めたる強さに気付かせてくれるのだ。


「カッコウ!」


 その時、呼子かっこうに身を翻した辿采たどりちゃんが一鳴を上げ、つたない羽搏きで空へと舞い上がった。

 異世界まほろばの空は千紫万紅に彩られて、開かれた雲は懸命に翼打つ若鳥を迎え入れるかのように思えた。


「風に負けるなっ、私が歌で支えるから!」


 母を求めて飛ぶ鳥の、後押しにもなれと私は歌った。

 落ちて来る鳥たちも、歌声に乗せて広がる星霊を足場に、再び空へと挑んで行く。

 負けない。折れない。へこたれない。

 それは絶え間なく風に鍛えられて来た、この土地にこそ根付く精神だろう。

 荒涼として目に映るものの少ない土地で、果たして私は十分な収穫を得たように思う。目に見えない風が織り成す世界は、形のない贈り物を確かに届けてくれたのだから。

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