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大嶋廻り余話006 -最果ての向こう-

作中曲「白守の歌」のDLリンクはメモ書き(https://ncode.syosetu.com/n5560gr/1/

)にあります。

 ふと熱を感じて、それが痛みだと気付いた。感覚を伝ってどこが痛むのかを確かめる。肘、肩、膝、おでこ。順を追って行くたびに、稜線から滑落して投げ出された記憶が甦って来た。


「はっ、阿呼!」


 がばっと起きれば目の前に焚火。体の下には枯草を重ねたお布団。どうやら私は誰だかの手によって寝かされていたようだ。

 人の気配はしない。阿呼もいない。懐を確かめると放谷すらいなくなっている。


「やだやだ、どうしよう? 阿呼ー! 放谷ー! 誰かいませんかー!」


 どこかも分からない洞窟に私の声だけがこだました。ひょっとしたらここは雪男イエティの住処じゃないのか。そんな不安を抱えつつ、痛む体を押して薪を一本取り、松明代わりに通路へと歩いて行く。

 しばらく進むと足音が近付いて来て、角を曲がった辺りで阿呼と放谷にバッタリ。


「いたっ! 何よもう! 二人とも置いてかないでよ!」


 不安が高じて思わず怒った。

 聞けば二人ともここで目覚めて、この場所がどこなのか、なんなのかと探検していたと言う。

 見た限りは天然の洞窟。でも干し草や薪があったからには利用者がいた訳だ。


「それで、何か分かった? 誰がここへ連れて来てくれたの?」

「それが阿呼たちにも分からないの」

「阿呼が先に目を覚まして焚火を焚いてくれたんだー。暖かくなったからあたいも目が覚めたー」

「ん? 阿呼が焚火を炊いたの?」

「そうよ。目が覚めた時、他には誰もしなかった」


 おかしな話だ。私たちをここへ連れ込んで、なのに火を焚かずに出て行ったというのか。

 通路の先は出口だと言うので私たちは一旦奥へ戻り、先ずは腹拵えをすることにした。私はその前後に阿呼の御業で手当てをして貰い、それからみんなで装備や持ち物の確認。


「痛んだ装備もないし、ちゃんと全部揃ってる。残る問題はここがどこかだけど」

「それがね、お姉ちゃん。さっき放谷とお外を覗いたら、雪被りの大きな岩が見えたの」

「大きな岩?」

「おー、それでなー、こいつなんだけどー」


 放谷が薪を取って壁の方に寄ると、壁面に浮かび上がったのは手掘りの地図。


「おお! 何これ、これで場所が分かるってこと?」

「そうなの。一番下の大きな丸が多分、今、阿呼たちのいる洞窟よ」

「んでー、ここにポコッと書いてある三角が、あたいたちが見て来た岩だなー」


 壁の前に三人並んで、ふむふむと大雑把な地図を確かめる。

 丸から伸びる線は道だとして、岩の横を通ってずっと上で二又に分かれている。一方は文字らしき書き込みに突き当り、一方は記号らしきものに繋がっている。文字はかすれて読めないけれど、記号の方は直ぐにピンと来た。


「鳥居だ! そこに神社があるんだ」

「うん。岩がここから見えるくらいだから、神社も直ぐ近くだと思うの」

「よし、そうと分かれば早速行こう。そこで道を聞けば一宮への行き方も分かる。放谷はどうする? 多分かなり寒いと思うけど」

「まー、途中まででも頑張ってみるかー。あたいが起きてないと、雪庇から落っこっちゃうもんなー」

「あーあー、聞こえなーい! ほら、行くなら早く支度してっ」


 そんなこんなで極夜の雪原へGO!

 洞窟を出て振り返ると満天の星空に浮かぶ稜線。この山のどこかに目指す一宮があるのだけど、今の私たちには道が分からない。とにかくも地図にあった神社へ向かい、後のことはそこで話を聞いてからだ。




 ***




「おーい、もう岩を過ぎてから随分経つぞー! ちっとも神社に着かないじゃないかー!」


 そりの上で放谷が叫ぶ。雪も風もないから風衣かざごろもは必要なくて、今は単純に見張り役。そしてご指摘通り何も見えて来ない。


「ねぇ阿呼。あの地図、ひょっとしたら縮尺が全然違うのかも」

「うん。阿呼もそう思った。どうしよう? まだまだ遠いのかな?」

「あたいはもう限界だぞー! 限界なんだぞー!」

「分かった。分かったから騒がないでっ」


 こっちだって必死なんだと、一人騒いでる放谷をシャットアウト。立ち止まってもいられないので、とにかく歩きながら阿呼と相談を続けた。


「この雪の下で道が分かれてるとして、埋もれかけの道標とか、何か目印はないかな?」

「阿呼もずっと探してるんだけど、岩を過ぎてからなんにも出っ張ってるものがないの」

「困ったなぁ」

「困ったねぇ」

「うわー!!」


 また放谷が騒ぎ出した。


「ちょっと、今度は何!?」

「見てみろー、空が大変なことになってるー!」


 そんなに騒ぐなら寝てて貰った方がましだよ、などと思いながら空を見上げて絶句。そこには私の異世界まほろばなんか目じゃない別世界が広がっていた。


「奇麗……。お姉ちゃん、この光ってるのは何?」

「…………オーロラだ」

「おーろら?」


 私たちの真上に、まるで光のカーテンを下ろしたように揺らめく極夜の幻想。私たちは極限の寒さも忘れて、魂を引かれたかのように見入ってしまった。

 泣いたら涙が凍る。そう思っても込み上げるものはどうしようもない。これまでの旅で何度となく、「これ以上美しい世界はない」と思える景色に出会って来たけれど、白守の冬の厳しさがそうさせるのか、今、私たちが目にしている夢幻の光は余りにも、そう、余りにも格別だった。


「ねぇ、私分かったよ」

「うん。阿呼も分かった」

「私たちはこれを見に来たんだね」

「おー、そーだなー」


 ともすれば天邪鬼に、誰もが止めるのも聞かず、何度かあった緊急避難の機会にも耐えて、私たちはここまでやって来た。

 一宮への道を見失って、彷徨っているのだと思ったけれど、そうじゃなかった。

 ここでよかったんだ。

 この極夜の下にこそ、私たちの目指す場所はあった。


「頑張ってここまで来てよかった。見て、まるで宝箱みたいなお空よ」


 阿呼は降り注ぐ光を受け止めようと、背伸びをして両手を一杯に広げた。


「あたい、もー限界だけどー、この空はもっとずっと見てたいなー……」


 まるでこれが最期でもいいみたいな放谷の台詞。気持ちは私もおんなじだ。


「凄いよね。私たちが住んでる世界はこんなにも美しい。どんなに厳しい冬だろうと、こうしてちゃんと、生きる希望ちからを与えてくれてるんだ」


 そこが美しい場所かどうかは、命が辿り着いて初めて分かること。

 今日、私たちはこうしてこの場所に辿り着き、その美しさを知ることができた。

 頭でも心でもなく、命で受け止める感動――。

 とめどもなく胸が熱かった。


「でも体は寒い! 名残惜しいけど神社を探そう!」


 引き綱を掴み直し、私たちは再び歩いた。

 歩いて歩いて、果てもないこの世界。

 お約束のように放谷がダウンして、それを懐に入れ、橇を仕舞い、阿呼と二人、手繋ぎで歩き続ける。

 ああ、もう限界だ。

 今度こそ、本当に…………。


「お姉ちゃん、阿呼もう……」

「うん、今、お姉ちゃんが風声みさを通信で……」


 ドタッ、バサッ――。


 それっきり意識は途絶えた。




 ***




 気が付くと、私は温かいお布団の中にすっぽりと収まっていた。

 右隣に阿呼。左隣に放谷。一つのベッドに三人並んでいる状態。見上げる天井は奇麗に磨かれた白木の梁組みで、ひと欠片の寒さも感じない。

 ベッドの軋む音がして、阿呼の側が沈み込む。見れば布団の上に身を乗り出す白い毛皮の虎。


「あれ? お前はあの時の……」


 ガバッと起きれば二人も目を覚まして、霧の通路かよいじで一晩を共にした若虎とご対面。


「お前が助けてくれたの?」


 ぐるる――。


 喉を鳴らして手をペロペロしてくれる白虎。

 見渡す部屋は山荘風ホテルとでも言おうか、大嶋では中々見ない円筒形のお部屋だ。高い天井は木造なのに円天蓋アープスになっていて、どうやって板材を反らせたのか、まるで塔の中にいるみたい。テーブルや椅子は北欧家具風。他を見てもどれも見事な建具や調度。家主は相当な西方かぶれと見た。

 私たちの着ていた毛皮なんかはコートハンガーに掛けられて、そこだけ石造りの暖炉の近くに乾かされていた。

 私はそろっとベッドを抜け出し、部屋を見て回った。その内に二人も起きて来て、真ん中のテーブルに集合。


「ここはどこだー?」

「まあるくて不思議なお部屋ね」

「ここ、こんな造りだけと神社みたいよ」

「神社? 渡人の人のお家みたいだけど」

「それがね、窓を空けても冷気が入って来ないの。ねぇ放谷、それって風系の御業かなんかだよね?」

「ならきっと風間簾かざますだれだろーなー。風の膜を張ってあるんだよー。渡人ん硝子がらす窓みたいなもんさー」


 そんな風に話し込んでいると、ウッドビーズのカーテンが掛かった通路の向こうからドアの開く音がして、


「目が覚めましたか?」


 カップを乗せたお盆を手に姿を見せたのは見知った女神。

 灰白色かいはくしょくのショートヘア。淡紅色たんこうしょくの唇。藍色の瞳はトレードマークの銀縁眼鏡を通して少し大きく見える。いつもは袖なしだけど、今回はラッパ型の長袖を付けた白のワンピース。


北風きたげさん! え、じゃあここって一宮?」


 まさかそんなと驚いていると、北風さんが湯気の立つ紅茶を配ってくれて、気付けは喉カラカラの私たちは慌ててそれに手を付けた。


「あづっ」


 三人揃って熱湯トラップに引っかかる。そんな様子に微笑む北風さん。


「それで、ここはやっぱり一宮なんですか?」

「いいえ、ここは私の別宮ことみや雪梟ゆきさけ神社です」

「雪梟神社ってことは……、ええっ!? 北風宮きたげのみや? あの洞窟の地図にあったのって北風宮だったの?」


 最北と言われる白守四方祝神社いちのみやよりも尚、北に存在する神社は北風宮だけ。西風宮まぜのみやもほんのちょっと北にあるけど、四方祝社とほぼ同じ緯度だ。


「阿呼たち、本当の最北端に来ちゃったのね」

「ねー、びっくりしちゃう」

「まったくなー」

「何を笑っているんですか」


 銀縁眼鏡の奥で藍色の瞳が鋭く光った。こわい。


「罷り間違えば今頃は、三人とも死んでいておかしくないところでした」


 言いながら北風さんは白虎を手招き、何度も何度も優しく撫でた。


「この子が首刈様たちを見つけて洞窟へと運び込み、そのことを知らせに私の社までやって来たのです。そうでなければ本当に今頃は……」


 そういうことか。だから助けるだけ助けて、火も焚かずに出て行ったのだ。


「ごめんなさいでした」

「阿呼もごめんなさい!」

「おー、悪かったよー。でも首刈が息巻いて頑張るからさー」

「ちょっと!?」


 おい放谷、裏切る気か!? 北風さんは怖いんだから、怒られる時は三人一緒でしょ!

 そろりと顔色を窺うと、北風さんは別段怒った風でもない。この分なら長いお説教にはならない感じかな?


「とにかく無事で安心しました。でも何故、冬の最中に白守へ? 危険だとは思われなかったのですか?」


 北風さんはスッと叱責の気配を鎮めて私の目を覗き込んだ。その問いの答えは単純にして明快なんだけど、そのまま言っちゃっていいのかな? まぁいいか。隠すようなことでもないし。


「いやー、それは勿論、最北の地だから大変だろうとは思いましたよ?」

「それが何故?」

「何故って、だって、やっぱり白守って言ったら冬じゃないですか。白守の白は絶対に雪のイメージですもん。なら本場を味わうには冬しかないなって――。ね?」


 二人の頷く様子を見て、北風さんは嬉しそうに微笑んだ。中々見ない表情だ。そして中々聞けない言葉を聞く。


「ありがとうございます」

「ほえ?」

「初めての白守に冬を選んで頂けたことは、冬を司る私にとって、とても名誉なことですから」


 白守八大はめずらしくも四姉妹で神座みくらを預かる四季神。長姉の北風さんは方位なら北、季節は冬を司る梟神さけがみだ。

 私たちが冬を選んだことが余程嬉しかったのだろう。北風さんはこれまでない笑顔と柔和さで、私たちの苦労話に耳を傾けてくれた。

 それから見せたいものがあるからと言って、私たちを部屋から連れ出し、御業で温度を保った長い長い外廻廊を渡って行った。

 これがマジで長い。


「この廻廊めちゃくちゃ長くないですか? どこまで続いてるんです?」

「人は誰一人として見たことのない場所です。さあ、着きましたよ」


 ざっと一時間以上も歩いて辿り着いたのは突端の見晴らし台。景色と言えばこれまでと変わらない暗い雪原を見渡すばかり。 


「ここは?」

終浦はてのうらです」

「えっ、ここが海なんですか?」


 終浦は極北の海として地図にもその名が記されている。そこにあるのは氷山の浮かぶ海で、今もこうと定めた航路は拓かれていないと聞く。


天津風あまつかぜよ――」


 北風さんが白い袖を振ると一陣の風が天へと駆け昇り、冷たい空気を攪拌した。そして空から七色の極光オーロラが幕を下ろし始める。

 私たちは息を呑むばかりで声もない。

 真っ直ぐに頭上を見上げた時とはまた違う、広大な北の空一面を覆い尽くす光焔万丈の夢世界。その輝きが雪原を照らせば、凍り付いた海の彼方までをも映して、遠くに薄っすらと流氷や氷山が見えた気がした。


「かつて皇大神が仰ったように、生命いのちは自らの生きる場所、景色を求めて遠く遠く旅をします。けれども、そこがどれほどまでに美しく、恋焦がれる場所であっても、決して辿り着けない涯ての涯て。それがこの輝きの向こうにある極北の世界なのです」

「極北の世界……」


 ならば今、私たちは生命の限界点に辿り着いたということか。眩い光のとばりは、ここまでだよと告げる惑星楓露のささやきか。


「お姉ちゃん、見て。あそこに何か生き物たちが集まってる」

「おー、沢山いるなー。なんだあれはー」


 遠くを見ていた私は、横に延びる欄干の延長線上に目を向けた。雪原が段差になっているのは恐らく湾岸線だろう。その段上にできている塊りに私はこの上なく覚えがあった。思い当たれば途端に口元が綻ぶ。


「阿呼、放谷、あれが企鵝きがだよ! あそこはペンギンたちの繁殖地コロニーなんだ」


 ネイチャー番組で幾度となく目にしたペンギンの大群。それが今、輝くオーロラの下で大きな大きな円陣を組んでいた。


「行ってみますか?」


 北風さんの一言に三人揃ってがぶり寄り。


「行きたい! いいんですか!?」


 北風さんは勿論ですと、再び御業を紡いで、見晴らし台から降りる為の氷のきざはしを掛けてくれた。


「私がいちばーん!」

「阿呼もーっ」

「誰もあたいにかなうもんかー!」


 我先と駆け出して雪原の競争レース。放谷が前に出る一方、阿呼が遅れたなと思ったら、


「お姉ちゃん、放谷、お先にー!」

「あー! 飛鳥あすかずるっこだよぉ!」

「ならあたいも飛ぶー」


 こなくそっ、遅れてなるものか!

 私も飛びました。




 ***




 ペンギンのコロニーは大賑わい。鵠宮くぐいのみやで見た白鳥にも負けない数のペンギンたちが大集合して、押し合い圧し合いを繰り広げていた。

 私たちは「ごゆっくり」と言う北風さんから離れて、コロニーの中へと分け入った。そして、ひょこひょこと不器用に歩き、滑ったり転んだりと忙しい彼らに、すっかり魅了されてしまったのだ。


「なんだかおっちょこちょいで可愛い生き物ね。阿呼、ペンギンさん好き」

「こんなんで鳥だって言うんだから不思議なもんだよなー」


 陸に上がったペンギンは確かにそうだ。目の前のペンギンはついに諦めたのか、腹這いになって滑り始めた。それがまた不格好で笑いを誘う。


「こう見えてもみんな、海に入れば魚を獲る名人なんだよ」

「へー、そうなんだ。それにしてもこの子たち、阿呼たちのことちっとも怖がってないみたい」

「見た目通り図太いんだろー」


 ペンギンたちは大人しいものだ。私たちは彼らを襲う天敵の形をしていないから、警戒に値しないのだろう。どの子を見ても「なんか来たぞ?」くらいの反応で、寧ろ興味本位に近付いて来る子すらいる。


「ほら、阿呼。触っても平気な子がいるよ。本当に可愛いね」

「わー、おいでおいで。こんにちは」

「大人しいもんだなー」


 ここにいるのは大柄な皇帝ペンギンの群だ。その中に小柄なひげペンギンたちも幾らか混じっている。


「見て、ほら、皇帝ペンギンの雛たちを髭ペンギンが世話してる」

「本当だ。雛より体が小さいのに、えらーい」

「厳しい土地だから、どこもみんな助け合いだなー」

「そうだね。ここでは助け合いが大切だ」


 私たちの旅にしたってそうだ。虎を助け、虎に助けられ、三人支え合って来たから今ここにいる。

 白鳥の湖。

 ダイヤモンドダスト。

 オーロラ。

 ペンギンのコロニー。

 そのどれもが、助け合い、支え合うことなくしては見ることのできなかった風景――。


 ギャギャギャギャギャ――。

 グワァー、グェッゲー――。


 人が感動に浸ってるってのに、誰ですか騒がしいのは。

 騒ぎの方を振り向いて仰天。二頭の皇帝ペンギンが血みどろになって激しい戦いを繰り広げてるじゃありませんか。

 何事!? と目が点になっていると、阿呼が喧嘩を止めようと駆け出した。


「はい、いけませんよー! そこ、止まって下さーい」


 何やら係員を彷彿とさせる制止の声。驚いた阿呼は固まり、私と放谷も声のする方を覗き込んだ。


「はいはい、どいてどいて。こらっ、私を通さないつもりですか?」


 などと大雑把にペンギンたちを散らしながら現れたのは千早姿のぽっちゃりした女性。


「なんですか貴女たちは? どこから来たの?」


 旋毛つむじの辺りから出てそうなカン高い声。

 これこれこう言う者ですと身元を明かすと、


「あらまぁ皇大神様でいらっしゃる。え? それがまたどうして今時分白守へ? 大嶋廻りも結構ですけど、白守は初めてでしょう? それが冬にだなんて、命をドブにでも捨てに来たんですか? 白守にはドブなんてもの、ザラにはありませんけどね」

「はぁ……」


 確かに死にそうな思いをしたから返す言葉もない。


「あの、いいんですか? あれ」


 阿呼が喧嘩騒ぎの方を指差すと、女神は肩を竦めて目を回す素振り。


「あれは女房を寝取られた亭主と寝取った間男の痴話騒ぎです。半歌はしたうたにもありますでしょ? 間男と、亭主抜き身と抜き身なり。犬も食いやしませんよ。大体が、人の女房と枯れ木の枝は、登り詰めたら命がけ、ってなものですからねぇ。そりゃ私だって腹に据えかねますけれど、浮気とか舐めてるのかって話ですからね。でもだからと言って割って入る訳にも行きませんでしょ? 込み入った事情は当人同士にしか分からないものですから。それよりどうしますか? 記念に卵の一つも持って帰られますか?」


 割り込む余地も無い長回し。一体誰なのかと千早の御神紋を見れば、そこにあったのは妻夫めおと重ね一対紋。一頭の企鵝のシルエットに上手いこと線を引いて、寄り添う二頭に見せる図柄だ。如何にもつがいの絆が強い企鵝らしい御神紋。ただし、浮気も不倫もあるそうな。


「えと、貴女は企鵝宮きがぐうの?」

「あらやだ、名乗りがまだでしたね。わたくし白守二宮を預かります、浮気絶諸恋姫命あだけたつもろこいひめのみことと申します。以後、お見知り置きを」


 凄い名前が飛び出した。浮気絶あだけたつって、浮気絶許うわきぜつゆるって意味だよね? こわっ。


「それはどうも。卵は遠慮しとくけど、二宮とこことじゃ随分離れているんじゃない?」

「それはもう大切な時期ですからね。こうしてあちこち見回りをしているんですよ。今みたいな浮気騒動ならまだしも、この時期の子たちは子育て本能が暴走しますからね。自分の子を見失うと平気で他人の子供を奪い取ろうとします。丸い物でも放り込んでご覧なさいな。子のない者らが奪い合って温めようとしますから」

「あははっ、面白い」

「面白くはありません」

「え、あ、はい」


 真顔で言われてお口チャック。


「一つ間違えば生まれたての雛はあっという間に凍死です。男親が卵を温め、孵ったら母親に移す。足から足へ渡す間に落とそうものなら、はい、それで一巻のお終い。とは言えここの子たちはもう随分育っていますから安心ですけどね」

「なるほど、そうした事故を防ぐ為の見回りなんだ」

「いいえ、直接の手出しはしませんよ。ただ、こうしてこう、と手本を見せてやる訳です。賢い子は直ぐに呑み込みますし、上手な子が増えれば見様見真似で全体の質も向上するという訳ですね」


 そうか。ここまで厳しい環境でも、それが例え眷属でも、手を貸すことはしないのか。私にはできないことだなぁ。絶対に手を貸しちゃうよ。

 そこで私は思い当たった。それは三宮の白鳥たちを目にした時に、降って湧いた疑問だ。


「でも、じゃあどうして、どうしてこんなに大変な場所で子育てを? 親はまだしも子供たちが可哀相じゃないですか」


 私自身の中には答えを見付けられなかった問いかけ。それを素直にぶつけてみた。何故、こうも厳しい環境を選ぶのか――。

 すると諸恋姫は凍り付いた海の彼方に目をやって、


「企鵝は海を得意としながらも鳥ですから、海の中で子育てはできません。陸に上がれば御覧の通り、十歩も歩けば転びます。だからこうして天敵の少ない場所で、そこがどんなに辛く厳しい環境でも、歯を食いしばって生きて行く他はないんです。もっと南の企鵝たちだって変わりはしませんよ。海岸から遠く離れた安全地帯を必死になって探します。そうなれば海への往復は並大抵のことじゃありません。だからと言ってそのことに不平不満を言ったりもしない。何が大切で、何をすべきか。成し遂げた時にどんなにか幸せを感じられるか。この子たちはちゃんと分っているんです。だから逃げずに立ち向かう。それが生きると言うことでしょ?」


 そうですね、と返事をした時、思わず声が鼻にかかった。

 寒くて辛くて、命も凍える極北の大地。けれど南へ行けば行ったで猛暑や渇水が襲いかかるし、温暖な地方では多種多勢の生存競争から逃れる術はない。

 一見辛そうに見えても生き物たちは皆、自らが選んだ景色の中で、ひた向きに、辛抱強く、胸を張って生きているんだ。

 私は震える胸を落ち着かせるよう、長く息を吐き出した。そうして心の浮間に芽生えた想いをひしと掴む。


「あの、いいですか?」

「はい、なんでしょう?」


 決然と向かえば、てらいもなく真っ直ぐな諸恋姫の瞳。


「今からここにいるみんなに、贈り物をしたいんですけど」

「あらまぁ嬉しいお申し出。この子たちもきっと喜びますよ」


 長春ちょうしゅん色の厚ぼったい唇を大きく開いて、言葉通り破顔するその姿に、私の口元も綻んだ。


「じゃあちょっと北風さんを呼んで来ますね。みんなに聴いて欲しいから」


 私は阿呼たちを残して北風さんの所へ走った。

 この北の果てで頑張っている彼らに歌を贈ろう。私がこの旅で受け取った、ほんの一部でもお返しできるように、精一杯の心を込めて――。


「お待たせー、ふぅ」


 北風さんの手を引いて戻った私は、コロニーの中心で一同を見回した。

 共に旅をして来た二人。

 北の果ての優しい女神たち。

 新しい命を育むペンギンたちの群。

 あの日、唐檜とうひの大木に渡された注連縄を潜り、白守の地へ踏み入ってから凡そ二十日間。私はここに、旅の終着点を見た。それは明けない空に輝くオーロラであり、今こうして円を囲む、寒ささえ忘れさせてくれる仲間たちだ。


「ん? お前も来てくれたの? いいよ、一緒に私の歌を聴いてって」


 手に触れた温もりは、今度の旅で何かと縁のあった白い虎。グルグルと喉を鳴らしながら体を擦り寄せて来る。私はその頭を何度となく撫でた手で、ゆっくりと天上の輝きを指差した。

 さあ、最果ての歌を歌おう――。



 ほら、空をごらん

 冬の星座が落ちて来る

 白く 白く

 真綿のように


 三つの冬と つの花

 手のひらに 舞い降りて

 咲いては 消えてく


 身を寄せ歩こう

 白銀しろがねの向こうへ

 胸に 消えない火を

 燃やして 生きる



 目を、閉じてごらん

 春夏秋の足音が

 淡く 淡く

 めくるめくように


 三つの季節 はかなくも

 雪解けと 雪訪ゆきどいの

 合間に 過ぎゆく


 求めあう声は

 地吹雪じふぶきかすれて

 胸に 光る虹を

 つないで 生きる



 この先は 誰一人

 見たことない世界

 苦しみの 先にある  

 新しい 希望ゆめ



 さあ、息を止めて

 氷海ひみの彼方へぎ出そう

 遠く 遠く

 どこまでも強く


 最果ての空に

 オーロラは輝く

 星よ 歌う星よ

 心の中に



 幻想の雪が舞い、星空が下りて来る。

 三つの冬が不思議と暖かく吹き下ろして、散りばめる雪の結晶たち。

 儚い世界に儚い命。

 あっという間に過ぎて行く季節に置いて行かれないよう、一筋の道を手を取り合って歩いて行こう。

 それぞれの胸に灯を点し、それぞれの灯を虹の架け橋で繋いで。

 そう。異世界まほろばは繋がる心を映し出し、それがどんな困難にも負けない強さなのだと、明るく明るく照らして見せる。

 この、誰も見たことのない世界に、確かに芽生えた新しい命たち。彼らもいつか、ここより北の海に出て、強く強く生きて行く。その全てを楓露ほしの輝きが空から見守ってくれている。

 ここはこんなにも寒いのに、どこまでも温かい世界なんだよ――。


 こうして白守の旅は一旦の終わりを迎えた。

 私たちは甘く見ていた冬にこってりと絞られて、それでも最後には、かつてない感動と共に迎え入れて貰うことができた。そこには確かな手応えがあり、自信ともなって、私たちを大きく成長させてくれた。

 次はまた別の季節に来るとしよう。そして沢山の場所を訪れたいと思う。

 ありがとう白守。

 でも、冬は当分懲りました。

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