苦い甘味 【月夜譚No.106】
手作りのケーキは、とても甘くて、少ししょっぱい味がした。正直、あまり美味しくはない。渡せなくて良かったと、彼女は涙を流しながら俯いた。
トイレの個室の中、誰もいないのは判っているが、自分の声が響いてしまうのが嫌で声を押し殺す。
今日は――今日こそは、世間の浮かれたイベントに乗じて彼に告白をするつもりだった。その為に、ほぼ徹夜でチョコレートケーキを焼いたのだ。可愛くラッピングをして、リボンをかけて、大事に学校まで持ってきた。
彼は中々捕まらなくて、放課後になってようやく声をかけられると思ったら、他の女子に先を越されてしまった。
その時の彼の横顔はびっくりしていたが、頬は桃色に染まっていた。やがて照れたように笑って、何か言葉を返す。その声は彼女には聞こえなかったが、何となく判ってしまった。
惨めな自分に、口に広がった甘さが追い打ちをかける。こんなもの、作るのではなかった。渡せないのでは意味がないし、渡せたところでこんな味では目も当てられない。
大きく息を吸い込むと、手に残ったケーキを一思いに口に頬張った。涙と一緒に飲み込んで、早くこの気持ちを忘れたかった。