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「てかさー。アタシもアンタにゃ色々聞きたいのよ」
箸の先をカウツに向けてそんなことを言う。カウツは思わず顔をしかめた。
「何だ?」
「何でアンタここに来たの?」
「……どういう意味だ?」
「アンタは天才だし、能力的には何にも問題なんてない。正直アンタが来たおかげでブレイクスルー出来たってヤツも結構いると思う。でもね、アンタは魔術の研究とかどうでもいいと思ってんのが透けて見えてんのよ」
「……」
カウツは押し黙る。反論を試みるでもなく言い訳するでもなく、それはトーカの言葉が正しいと暗に肯定しているようなものだった。
その沈黙を揺さぶるようにトーカの箸先が手の動きに合わせて上下する。
「アンタのやってることはチグハグなんだ。そんだけ天才で、そんだけ結果を出しておきながら着ている服は黒ときた。そりゃ、自分の研究結果を自分で確かめたいから前線に出張ってくるヤツもいるだろうけどアンタはそういう手合じゃない。何しろ研究そのものには何の情熱もない。アンタは本質的に研究者じゃないのよ」
「お前だって研究にそんな熱心とは思えないぞ」
言われてトーカが不本意そうに鼻息を漏らして腕組みをした。
「アタシはそれが一番自分の適性に合っていて金が稼げるからやってるの。賞金稼ぎみたいなもんよ。金が第一だけど、金につながる研究にだって勿論興味は尽きないものね。だけどアンタはどこに比重を置いてるのかさっぱり分からないのよ」
研究者には二通りの者がいる。研究が目的の者と手段の者。その二通りだ。トーカは後者であり、そのために研究がしやすい環境にいる。目的のために手段を充実させることにも余念がない。
だが、カウツは違う。研究が目的であるにしろ手段であるにしろ、それを行うのに十分な環境に身を置ける立場でありながらそうせず、戦団という場所にいる。
戦うための力を求めて研究しているというならまだ分かるものの、アークティーアに来てからというものカウツは他者に知見を求めるでもなく研究に身を費やすでもない。そのくせ合同研究には参加する。それは確かにチグハグといわれても仕方がなかった。
「……」
再びの沈黙は瞳を閉じて外界の情報をシャットダウンしたものになった。何か深く思案して考えをまとめている様にも、あるいは迷っているようにもトーカには見えた。
迷っているーー何を?その答えは意外にもすぐ判明した。
「カウツ、相談してもいいと思うよ」
カウツの肩まで降りてきたアレクトが耳打ちするようにそう言った。
「その理由は?」
短くカウツが問うと、アレクトはニヤリと表情を歪ませた。
「本人が言ってたじゃないか。一番重要なのは金だって」
「……成程」
静かに頷き頭を垂れると、そのまま俯いたまま何事かを呟き始めた。
置いてけぼりにされたトーカとしては居心地が悪い。何か言ってやろうかとしたその時にカウツが腹を決めたように顔を上げた。
「お前の言う通り、俺は研究にはさして興味はない。かといって誰よりも強くなりたいだとか成り上がりたいだとか考えたこともない」
静かに抑揚もなく、淡々とカウツは言った。そのくせ溜まりに溜まった淀みのようなものを吐き出すような排出作業のようだった。
「何それ、嫌味?」
鼻白むトーカの言葉には答えずカウツは自分の中に積もっていた淀みを吐き出し続けた。
「俺がここに来た目的は組合のーーそうだな、幹部クラスに接触するためだ」
一度言葉を途切れさせたのは、発言を吟味したからだろうが、トーカはその言葉の意味を考える。これが魔術院の思惑であるならこんな話を自分にする必要がないと考えられる。もっと適したーーそれこそ教会を通すなどしてーー人物がいるだろう。つまりカウツ個人の思惑で組合の幹部クラスと秘密裏に接触する。それは魔術院に対する反逆と捉えられても仕方がない。
「まさか、鞍替えしたいの?」
「そんなわけがあるか」
吐き捨てるように否定する。
「俺は交渉がしたいだけだ。それも出来れば穏健派の人間がいい」
そうしてカウツはまた瞳を閉じた。その顔から何かを読み取れないかとトーカはその痩せ細った顔をまじまじと観察したが、まるで何も分からなかった。
紹介するのは別に構わなかった。トーカの不利益になる事はなにもない。そして恐らくこの話をする相手を吟味していた、その上で自分を選んだのだと思うと多少は勘案するのにやぶさかではない気持ちもあった。
ふむ、と鼻を鳴らし顎に手を当てた。
「穏健派の幹部クラスか……そうなるとパッと思いつくのはクロス部長とかかな」
「クロス・セージか」
カウツが目を開いて呟く。
「知ってんの?」
「組合本部の本部長だろう?さすがに知ってる」
「言っても本部長になったの最近だけどね」
そう言いながらその情報を既にカウツが知っていた事から、カウツが前々から組合の幹部クラスと接触する機会をうかがっていたことがトーカにも読み取れた。
そこまで情報を集めていたのなら、成程と納得せざるを得ない。
つまりカウツはこのアークティーアに組合の幹部クラスの人間が足を運んでいる事も事前に調査済みだったのだろう事を察したのだ。
それならば、このプロジェクトに参加する理由も分かるというものだった。
「で、どうするの?連絡取りたいの?」
「ああ。可能なら依頼したい」
危険な橋を渡っているだろうにカウツが躊躇いなく頷く。
「勿論、タダでとは言わない。望みがあるなら可能な範囲で対応する。金なら話が早い」
そう言うとカウツは懐から一枚の紙を取り出した。センティーア中央銀行の小切手だった。
「好きな額を書いてくれていい。まあ、勿論上限はあるから現実的な範囲でだが」
「……マジで言ってんの?」
「ああ。こう見えて俺は小金持ちなんだ。魔術に関する特許をいくつか取っているおかげでな」
恐る恐るテーブルの上に無造作に置かれた小切手を拾い上げる。署名が既になされており押印も済んでいる。後は額を書き込めばそれは書いた分だけの価値を有する有価証券に早変わりする。
センティーア紙幣は世界各地どこでも通用する通貨だ。その辺りまで抜かりがない。
「……アタシが金が必要だって言ったからこの話をアタシにしたの?」
カウツが頷く。
「そうだな。この話をするにあたっていくつか条件があった。まず地位のある人間に話を持ち込める人間。これはここに来てる以上、大体は問題ないと思っていた。次に話が通じるかどうか。過激派の組合員は魔術師を嫌悪してるからな。お話にならない可能性もあった。後は、交渉材料があるかどうかだ。ロハで引き受けてもらうよりも何かしら条件があった方が確実にやってもらえそうだと思っていた」
成程と納得する。確かにその通りである。トーカは組合の中で特別な地位を持った存在ではないが、それでもクロスに渡りをつけるのは出来なくもない程度の立場はある。プロジェクトに派遣されるにあたってクロスから直接言葉もかけられていた。
組合での派閥にはさして興味はない。どちらかと言えば過激派の薫陶を受けて育ったが、人員を目的のために消費する組織の体制が透けて見えていた分、その思想に染まり切ることはなかった。支配階級を志す彼らの優生思想にいまいちピンとこなかったのは、現実的にゴミ漁りをした経験から彼らの言葉が絵空事にしか思えなかったせいもあるのだろうとトーカは考えていた。
故に先立つものが必要であり、それさえあれば組合のおかしな教育機関に預けずとも妹を養っていく事も出来る。
確かに金は重要だった。




