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おうちに帰るミソロジー  作者: かわのながれ
魔王大征伐
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朝を迎え熱気を取り戻した砂漠を越える。


吹き荒ぶ砂嵐は視界を奪い、足場の悪い絡みつく砂地はただ前へ進むだけの歩みさえ重くさせ、視界が歪むような熱気が体力を奪う。


とはいえ二人は魔術師である。魔力障壁に気温調節機能をかけ内部は外界の影響を受けない快適な環境を維持している。


しかしそれでも強い陽射しが肌を刺すようで煩わしく、更にそれだけでなく薄い霊素が魂に乾きを及ぼしていた。


腹の奥、形のない臓器が悲鳴を上げる。霊素を寄越せと脈打っている。栓を締めた蛇口の滴りのような霊素が幾許かの潤いを魂に与える。そこから更に体内に溜め込まれた霊素さえ魔力として消費されていく。損益計算では全く釣り合わない。


砂塵の間に間にかつて命だったものがあちこちで顔をのぞかせている。大型の四足獣だったのだろう今は白々とした骨の塊、その頭部には暗く穴を開けた眼窩が恨めしそうにこちらへ視線を向けているように見えた。


ただ生きることさえ難しい、死の横たわる世界で岩に挟まれた黒い布がはためいているのが見えた。擦り切れて今にも綻びバラバラになってしまいそうなそれはどこかで見覚えのある布地であった。


ふと気付きカウツは自身の袖口を見る。薄く汚れた黒いロングコートとその布地は似通っているように思えた。


あるいはそれはかつて起きた戦いで散った魔術師の遺品なのかもしれない。


魔王大征伐という狂宴がこの場所で何度も開かれている。戦団の魔術師という怪物と魔王という災厄の衝突が不毛の大地でその痕跡を残している。


命をかけて戦う理由があったのだろう。それに殉ずるに足る使命があったのだろう。そして魔王もまたそれに応えるだけの動機があったのだろう。


この虚無の名を冠した砂の海で数多の命が散り、そんな事を何度も繰り返してきた。そして今の魔王には散々に敗北している。


次にこの地で物言わぬ骸になるのは自分かもしれない。その未来がなるほど確かに虚無としか言いようがなかった。


そんな死の世界を歩き続け、ようやく砂漠を抜ける。群立する石造りの建物が見えてきた。虚無砂漠の出口にして入り口、スナの国に辿り着いた。


砂漠を無事抜けたことに胸をなでおろしていると天を衝くように生えた椰子の木に紐で繋がれたラクダの姿が見えた。砂漠を渡る商隊が使うのだろう。ちらほらと見える人々は皆、細かい差異はあれど似通った格好をしており、白い貫頭衣のような服を着て、頭部を守るように顔を覆い隠すような布を被っている。


「あれを見てみろカウツ」


肩に棲み着く銀色ウサギに髪を乱暴に引っ張られ、それを手ではたき落とすように振って止めさせる。が、見事にかわされたので仕方なくアレクトの言う方向に視線を向けると、他の人々とは毛色の違う格好をした連中がたむろしていた。


それは一般的に着る服装であり、いかにもこの地方ではない他所から来たというのがありありと分かるものだった。


「観光……の、わけがないか」


近年の霊素量増大による影響はのっぴきならないところまで来ている。人が住める土地は減少し続け国と国の行き来は魔術師の護衛が望める列車を使うか糸のように細く繋がる霊素の薄い道を行くしかない。


今の時代に列車を使わない旅はそれだけでリスクが上がる。スナのように鉄道の敷設が難しい土地というのは気軽に来訪する事が出来ない場所だった。


となると仕事、商売でやってきた線も考えられるが、彼らの佇まいや雰囲気はそれを否定する。ガッシリとした体付きや一挙手一投足に見られる体捌きは日常的に訓練を積んだ者のそれであり、暴力に慣れ親しんだ人間特有の他者を害する事に躊躇のない目付きをしていた。


その視線に気が付かれたのか、あるいはカウツ達の格好が悪目立ちするのか、その連中がカウツ達に気が付き指を差す。


しまった、と思った時にはもう遅い。その連中は取り囲むようにして近付いてきた。


「おい、お前ら魔術院の魔術師だな?」


取囲み逃げられない状態。険のある声で話しかけてきたのは三十路を半ば超えた髭面の男だった。


「……ああ。そうだけど何の用だ」


一瞬、語気を強めそうになったのに気が付いて一拍おいて応える。それでも友好的な態度は取れなかったし取ろうとも思えなかった。そうするには相手の態度が高圧的で下手に出るわけには行かなかった。


「ここにはお前らにいい感情を持ってない奴らが腐るほどいる。何の用で来たのかは知らないがとっとと立ち去ってもらおうか」


冷たい目、敵意に満ちた口調。一方的なその言い分は良くなかった。カウツの中でかろうじて抑えていたものが噴出するのがありありと感じ取れた。


「そういうあんたらは何だ?スナは教会の護衛圏だろう?聖鈴騎士でもなければ坊主でもない。オマケにこの土地の人間ですらないな?そんな連中にああだこうだと指図を受ける謂れがあるのか?」


堰を切ったように言葉が溢れてくる。突き刺すように指を突きつけるとそれにも構わず男が前に出てくる。


「状況が見えてないのか?ここで袋叩きにされて砂漠に投げ捨てられるなんてことも考えられないのか?」


こうなれば売り言葉に買い言葉である。ふん、とカウツは鼻を鳴らし自分のコートの襟をつまんでみせた。


「俺たちが着ているコートの色が分からないのか?それともこの色の意味も知らないのか?」


男は鼻で笑った。


「虎の威を借る何とやらだな、小僧。お前のコートが何色だろうとそんな事には何の意味もない。黒いコートを着るだけならカカシにだって出来るからな」


ブフーっと堪えきれずにアレクトが吹き出した。体を震わせ笑いを必死にこらえている。


謎の生物の空気の読まなさに熱くなっていた二人も気勢を削がれ、振り上げた拳の置きどころに困っていると「はいはい、そこまでですよ」とビチューが割って入った。


「上手いことオチをつけてくれたことだし、喧嘩するのもバカバカしくなったところで両者矛を収めましょうね」


男達は互いに顔を見合わせ、白けたように三々五々散っていく。最後に一人残った髭面の男が何ら暖かな感情を持たないくせに含みのある目を向けながらも無言で去っていくとカウツとビチューの二人が取り残された。


「もう行きましょう。確かに長居はしない方がいいみたいですね」


「……すいません。頭に血が上りました」


恥じ入るように顔をうつむかせカウツが詫びるとビチューはその頭に手をおいた。


「俺は君のフォローで来たのだから気にすることはないですよ。これを反省点として今後活かしてくれれば俺は嬉しいですねぇ」


かんらからからと笑いながら頭を撫でられて、全く子供扱いされているのにそれでも不思議と嫌な気持ちはしなかった。

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