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レンレセルからアークティーアまでの道程は列車を使いフタミからは徒歩となる。フタミは虚無砂漠の入り口に当たり鉄道の敷設が難しく大陸横断鉄道はこれを避ける形となった。大陸横断鉄道が十年に一度しか実施されない理由はここにあり、フタミを経由しない場合には霊素濃度の高い場所を通り続ける必要があるため列車の運行は三日三晩に渡る。レールの管理や運転手の負担などを考慮し万が一の事態を想定した対応など各国での連携も必須のためその運行には慎重にならざるを得ない。
フタミからスナを経由する虚無砂漠ルートは霊素濃度が極端に低く、大横断とはまた異なる理由で危険ではあった。
見渡す限り砂の海、生きるもののない乾いた世界。昼は熱されたフライパンのように暑く、夜は氷に抱かれたように寒い。その寒暖差は凄まじくまるで別の世界のようだった。
アークティーアまで一足飛びとはいかない。虚無砂漠の中程でカウツとビチューは簡易テントを建てビバークしていた。
「寒いですねぇ……昼は蒸し焼きになるかと思うくらい暑かったのに夜になったら凍えるように寒くなってきましたねぇ」
闇夜に浮かび上がるような火を囲んで毛布に包まり白い息を吐き出しながらもノンビリとした口調でビチューが言った。
ビチューは四十路を迎えた中年男性である。目尻に皺が刻まれどこかで見覚えのある黒くて重い銅色の赤い髪にも白いものがちらほら見える。
ビチューはヴァッシュの父親である。その性格は粗野な所のあるヴァッシュとノンビリとしたビチューであまり似ていないものの顔形や髪色などから面影がうかがえた。
「こんな場所を住処にする人たちもいる……彼らは何故ここにとどまるのでしょうねぇ」
両の手のひらに挟まれた銀色のカップに注がれた乳白色の液体から湯気が立ち上っている。それを眺めながらカウツは口を開いた。
「……歴史的には、政争で負けたマガミ家がその家臣を引き連れて逃げ落ち延びたのがこの虚無砂漠でありフタミだったと言われています。スナの歴史は教会と袂を分かった人々が虚無砂漠を横断することを諦めて作り上げた国だとされていますね。この二つの国が交易上重要な拠点であるためどんなに不便でも人の流れが絶えないために残っているのだとか」
「そうなんですか。カウツ君は博識ですねえ」
にっこりと微笑んで褒めてくれるのがまるで小さな子供にされているみたいで少し恥ずかしくなって頬を赤らめつつ顔をそらした。
「受け売りですよ」
「知識の多くは誰かの受け売りですよ。俺が君から聞いたこの話を誰かにするように。知識も技術も誰かの積み重ねの上にある」
それはその通りだった。この世界のあらゆるものが何かの積み重ねの上に存在する変遷の賜物である。
技術や知識、その全てに誰かの血と汗と涙が混じっている。その末に生まれたモノたちが拡散して塗り込められていく事で誰も疑わなくなった頃に常識になる。
それはとても素晴らしい事でとても尊い事だ。
だからカウツは複雑な心境だった。
と、カウツが押し黙っているとカウツの傍らに控えた宙に浮く金色の槍が線を引くように細い魔力を少し離れた地面に向けて照射した。
何かが焼け焦げるような匂いと音がする。アレクトがカウツから飛び降りその場所まで駆け寄ると赤ん坊のような手でそれを拾い上げた。
「サソリだ!上手に焼けましたー!」
嬉しそうにサソリの死体を振り回すアレクトを眺め、ほう、と白い息をビチューが吐く。
「凄いですねぇ。自動で反応して攻撃するんですねえ」
「夜の砂漠は危険ですから」
「カウツ君のおかげで俺は楽出来て助かります。ありがとうねえ」
「それを言ったら俺のせいでビチューさんは付き合わされているわけですから俺の方こそお礼やら謝罪やらしないといけないんですけどね」
「若い人たちを助けるのは先達の義務ですからねえ。お礼も謝罪も受け取りますけど気にすることはないですよ」
そんな事を話しているとケラケラと笑いながらアレクトが戻ってきた。
「そうそう。特にカウツ、君はクソガキなんだからもう少し大人に甘える事を覚えておいた方がいい。君が将来、それを許せるようにね」
「余計なお世話だ……何を持ってるんだ。お前」
その両手には先程焦がしたサソリの他に透明なガラスの様な質感をした、内部がエメラルドグリーンの何かを内包した物体を持っていた。
「これかい?これは魔王の玉体だね」
「魔王の……玉体?」
「そうそう。何代前のかな?ネメシス辺りだと思うけど大征伐の末敗北した魔王の玉体、その破片だよ」
「魔王の死体という事か?」
「まあ、その認識でいいや。ここ虚無砂漠は大征伐のメジャースポットだからね!こういうのもゴロゴロしてるのさ」
「へえ。それは息子に持って帰ったら喜んでもらえそうですねえ」
息子と聞いて魔王の死体をお土産に渡されるヴァッシュの顔が思い浮かぶ。想像の上では引きつった顔をしていた。
「いや、それはマズイのでは……」
「やめた方がいいと思うな!体に悪影響を及ぼすし、何よりこれは教会の管轄だから所持してたら最悪罰せられる!」
「捨ててこい」
はーいと投げ捨てるアレクトである。
「サソリも捨てろ」
「何を言うんだ。貴重なタンパク源だぞ。その貧相な体をなんとかしなさい。サソリを食べて筋トレしろ」
カウツに向けてサソリを突き出すがカウツは心底嫌そうに顔を背け逃げようとしている。
そこにビチューが横からヒョイとサソリを取り上げバリバリと平らげてしまった。
「うーん。美味しくはないですねえ。というか味とかしませんねえ」
「だ、大丈夫ですか」
信じられないものを見る目を向けながら尋ねると、「ええ、まあ他に食べるものがないようなら食べるのもギリギリありかなって感じでしたねえ」と朗らかに答えた。




