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おうちに帰るミソロジー  作者: かわのながれ
魔王大征伐
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怒りや憎しみで叫び出したいことがある。この世の中に既に存在していたあらゆる事象がそう在れと強制してくる。


正しさは前以て定められており、自分には選択の余地はなかった。それでもこの世界がおかしいと思うことは往々にしてあり、世界もその歪みを認知しながら整合性を保つべくユラユラとした境界線が自分の前と後ろを行ったり来たりしているのだと何となく理解し始めていた。


その上で、一本筋の通った物がある。自意識の許し難く、侵し難い境界線が度々踏み越えられていくのを我慢ならないと感じていた。


夢、虚ろな記憶。弱った身体。燃え盛るような心。暗く湿ったその中で闇を焦がすような炎が燻っている。


この火を絶やさず薪を焚べ続けてきた。その悍ましいエネルギーの消費は気を張り詰めなければ暗闇の中に落ちていきそうな自分を守るためのものだった。


もっと明るいもので満たせれば良かったのだろうが、恐ろしいことに自分の才能は唾棄すべきものにこそ特化していた。


魔術。その才覚はレンレセルという魔術師の国において羨望の眼差しを向けられるものであり、同年代の少年少女からも特別視されカウツはその名前が知れ渡っていた。


魔術院を歩く彼の姿を目で追う者、舞台俳優でも見たかのように指差す者もいる。


勘弁して欲しいと心底感じていた。自分はそんな持て囃されるような人間ではない。恥を知っているからこそ視線は地面に向けられ肩まで伸びた青い髪がカーテンのように顔を隠している。身を守るように丸められた背筋はまるで連行される容疑者のようだった。


そんなだから前が見えていない。先手を打たれる。


「よお、カウツ」


聞き馴染みのある声が己の名を呼ぶ。持ち上げた頭がようやく視線を水平にするとそこにいたのは白いロングコートを着た赤毛の友人だった。


「ヴァッシュか……どうした。何か用か」


「バカかお前。挨拶ぐらい普通にするだろうが。一般常識が欠如し過ぎなんだよ」


呆れたように罵倒してくる友人に頬が緩む。その様子を見てヴァッシュは気色悪そうに口元を引きつらせる。


「相変わらず分からない情緒してるな、お前は。何だ、仕事で悩みとかあるのか?」


「大したことじゃない。単なるモラトリアムだ」


「学生なんてもう数年前には終わらせてるのにまだガキの気分でいるのはどうなんだよ」


確かに、と同意したくなる。まだ少年の年齢ながら戦団に入り社会に出ても気分は未だ子供のままだ。大人とは、自身の立場に責任を持ち行動することができる人間だ。


カウツは公私混同をしている。それどころか、公的な立場を利用して私的な目的を果たそうとしている。これではまるで責任感がないと言われても仕方がない。


だがもし、自分がこの私情を放棄したのならそれは許されない事だとも思うのだ。


「そうだな、早いとこ大人にならなきゃいけないって思ってはいるんだけどな……」


自嘲するようにこぼしながらそっぽを向こうとするカウツの頬を小さな手がつねり、痛みとも言えない不快感に鼻息を漏らした。


「何するんだ、アレクト」


くつくつとウサギが笑う。


「子供の特権は子供時代でなければ許されない。もう少しそのモラトリアムとやらを楽しんだほうがいいと思うがね」


「……俺にはやるべきことがある」


「ヴァッシュ。よく見ておけ。これが人生を消費する考えにとりつかれた人間の姿だ。君はこうなってはいけないよ」


ポンポンとカウツの頬を叩く。それに不満そうに顔を歪めながらもされるがままになっている少年の顔を眺めながらヴァッシュは複雑そうに口を歪ませた。


「まあ、人それぞれだとは思うから俺にはそいつの生き方を否定出来ないが」


腕を組み、空を見上げ息を吐き出す。


「人生をかけてやらなきゃならない事があるのは少し羨ましい。俺が戦団に入ろうとしてるのは正直なんとなくだからな」


差し迫るものもなく、自らを突き動かす衝動もない。自分の積み上げてきた歴史にさほど深みがないように思えてくるというのはこれから大人になろうとする少年らしい悩みでもある。そしてそれはカウツには無縁のものだった。


だが、それをカウツは馬鹿にするような気持ちにはなれなかった。


「……そんないいものじゃない。理由なんてこれから見つければいいだろう」


「そう出来ればいいんだけどな。それで?お前はどうしてあんな今にも死にそうな面をしてたんだよ」


「それは……」


口ごもるその理由が判然としない。職務に関する事だから喋れないのか、自分の過去に由来する事だから喋れないのか。どちらもあるような気がした。


「今度コイツはアークティーアまで出張するのさ。それで柄になく緊張しているんだよ」


からかう調子で何てことないようにアレクトが答えた。


反射的にその体を握りつぶしてやろうかと腕が動くがするりと避けられ頭頂部にしがみつかれた。そこまでいくと最早捕まえる気も失せたので諦めたように脱力する。


そんなやり取りを目の前にしながら、ヴァッシュは呆れるでもなく驚いたような顔をしていた。


「アークティーア……?オヤジも行くと言ってたが同じ要件なのか?」


「ビチューさんが?」


ああ、とヴァッシュが頷く。


「ははあ」


ニヤニヤと含みのある笑顔を浮かべながらアレクトが顎を撫でさすった。


「御目付役を付けられたな」


「……信用がないな」


幾分がっかりしたように呟くが「まあ、仕方がないか」と諦めたように肩を落とす。その仕草が疲れ切った中年のようでヴァッシュは少し心配になった。


「お前、何かしでかす心積もりなのか?」


「……さあね」


またそっぽを向く。


カウツとヴァッシュは同年代であり、似たような時期に学部に入った。友人となったきっかけはよくある話で講義を受けた席が隣り合ったから程度のもので何ら劇的な出会いでもなければお互いを強く結び付けるものがあったわけでもない。


才気煥発というのも考えもので、瞬く間に博士課程まで修了したカウツは周囲の同年代の子供たちと接点を失い、最年少で戦団入りしたことも相まって近づき難い存在となっていた。


それでもなお、カウツと変わらずに接してくれる人間もいた。ヴァッシュはその一人である。


カウツが決定的な所で歪む事なく踏み止まれているのは彼らのおかげであり、その恩を仇で返すような真似はしたくないと思ってはいる。


それでもカウツには譲れないものがあった。

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