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「……アークティーアに行きたいのか?」
探るような問いはカウツの内心を見抜いたものである。故に一瞬のためらいの後、静かに頷いた。言葉が出なかった。そうだと口にするのは憚られた。
その後ろめたさにトトミーは少し思案を巡らせた。
カウツはアークティーアに行きたがっている。その理由は極々個人的なものであり、ともすれば魔術院に迷惑をかけるものなのだろう。だから大手を振って行きますとも行かせてくださいとも言えずにいる。
カウツの生い立ち、その事情は詳しく聞いていない。ただ、彼の能力を知っていれば、肩に乗せた銀色のウサギの存在を鑑みれば複雑なものである事は伺いしれた。
そして、それ故に彼が赤ではなく黒いロングコートを着ているのだということも。
そういった個人的な事情はいざしらず、いずれにせよ言わなくてはならない事は既に決まっていた。
「戦団の成果物として戦略技術部から提出したとしても魔術省は必ず一言二言あるだろうし、今更防衛省が絡んでくるのを快く思わず反対意見を出してくるかもしれないぞ」
「連中は魔術の発展が全てです。みすみす目の前にぶら下げられた餌を見逃すはずがない」
1足す1が2であるのと同じように断言する口調には、隠し切れない感情が入り混じっている。それは怒りや憎しみ、あるいは侮蔑のような薄暗いものを思わせた。
トトミーの目から見たカウツは破滅的な生き方をしているように見えた。
天才と称され、多くの実績を残してきた少年が求めるものは賞賛や栄誉ではない。彼を突き動かすものは過去であり未来でもあった。
即ち、憎むべき過去と復讐すべき未来である。怨嗟に絡め取られ、まるで一つの方向しか見えていない。酷い視野狭窄に陥りながら才能がそれを後押しする。
周囲の大人もそれを止められない。怨嗟、負の感情によってその才能が生み出すものが余りにも眩かったので、誰もが目眩を起こしていたからだ。
才能は時に人を不幸にする。時代が環境が状況がたわわに実った果実に虫が群がるように、その蜜を際限なく搾り取ろうとするからだ。
カウツはそれ故に、復讐を志してそれに邁進している。トトミーにはそう見えて仕方ない。
「話は分かった。大臣に話を通す。恐らく認可は降りるだろう」
そしてトトミーもそれを止めることは出来ない。魔術院という組織の歯車であり、魔術師である彼には一個人よりも全体を優先せざるをえない。
「ありがとうございます」
少年が頭を下げる。その肩に乗ったウサギが笑みを絶やさず何もかもを見透かしたように事の成り行きを楽しんでいるようにも見えた。




