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「ところで、ウチのカイはどうなるのかね?準第五種を持っているが」
親指を立て、背後のカイを振り向きもせずに指差す。ぞんざいな扱いにも当人はといえば顔色一つ変えず微動だにもしない。
それに答えたのはトトミーではなく、セッツァーでもなくユアマトであった。
「シム。大征伐は防衛省のみの事業じゃないんだ。皆で取り掛かることなんだよ。カイに限らず他所の部署に出向している戦団員は一時的に帰投してもらう」
それは言外に場外乱闘を禁じた戒めの言葉だった。カイの所属を用いて必要以上に要求するなという叱責である。
それが通じない程、シムも鈍くはない。その上で魔術省大臣は微笑んだ。
「成程、ごもっともですな」
いかにもその通りと何度も頷く。その様子からは不満などは感じられない。
「それで、レンレセルに残る戦団員は誰を検討しておられるのかな?」
流れるように話を次に回す。
「ヴァッシュと、先日第四種資格を交付したユガの両名を考えております」
「それはそれは。センティーアでの働きを考えれば成程納得もいくというものだ」
背もたれに必要以上に重たい体重を預け、椅子に静かな悲鳴を上げさせるとシムは豊かな二重顎を撫でさすりながら粘ついた笑みを浮かべた。
その不気味さに耐えかねたように国土交通省大臣が挙手した。
「失礼、通例であればフタミまでは列車を利用しての出向でしたが、今回は先の件もあって列車は使えないはずですがどのように戦団員は現地に向かう予定ですかな?」
「センティーアまでは列車で移動した後、生身での移動となります」
「大型車両の利用などは?」
「検討しましたが、組合の襲撃などを勘案した結果、見送られました」
「組合が襲撃を?考えすぎでは?」
「組合にとってのベストな結果は我々と魔王の共倒れです。特に彼らは魔王から助力を得て第五段階霊素獣を使役しているように、彼ら独自の戦力を構築していることから我々の戦力をある程度削り漁夫の利を得ようとしていてもおかしくはありません」
トトミーの予測は納得せざるをえないものだった。組合という組織の意地汚さというべきか悪辣さに肺の奥底から積もりに積もったような溜息が外務省大臣の口から漏れ出る。
「……まったく。滅ぼすべき対象から力を借りて覇権を握ろうとは厚顔無恥にも程がある連中だな」
「それは今更でしょう。魔王とはそういう存在です」
「一つよろしいかな」
手を上げたのはやはりというべきかシムである。
「組合の襲撃を恐れるのなら、一人を先行してスナに送り、魂を基点とした空間転移で残りの部隊を送ればいいと思うのだがね。戦団では実用化しているのだろう?」
ここぞとばかりに話を持ち出してきた。しかし確かにそれはその通りであり、もっともな疑問でもある。
トトミーは一瞬口を開いて呼気を整えてから返答する。
「……それについては難しいと言うしかありません。件の魔術は問題点が多く大人数の運搬には向いていません」
トトミーの視線がカウツに向く。助けを求めるように、というよりは暗に何とか言い含めろという意図が透けて見えたのでため息をつきそうになるのを堪えて口を開いた。
「魂を基点とした空間転移は極めてコストの高い魔術であり、一人の術者につき二名程度の魂にしかこの魔術を付与する事ができません。そして移動させられる人数も同様にして二名が限度です。更に魔術構成の難度から重大な事故を引き起こす危険性が高く安定した使用が可能な術者は限られています」
もっと具体的に言えば、自分ともう一人ぐらいだけだがな。という言葉は飲み込む。
「成程。院長、それでは情報の開示をお願いできませんかな。我が魔術省にて研究を急ぎ一般化は難しくとも安定運用が可能な術者の増員には寄与出来ると愚慮いたしますが」
もっともらしい理由で情報開示を求めるがユアマトは頷かない。
「却下する。当該魔術は使用者の……いや研究者を限定し、対策が確定するまでは詳細は明かさない」
「仕方ありませんな」
思いの外あっさりと引き下がった事にカウツは内心驚いていた。何らかの譲歩を引き出すか、これを足がかりとした交渉をするものだと思いこんでいた。
何か別の意図があるのか。
……それともすでに目的は果たしているのか。
トトミーが咳払いをする。そちらに意識が向いた。
「……魔王エリスは既に三百年もの年月を過ぎた魔王です。増大し続ける霊素量により生活領域も減り続ける一方。いい加減滅びなければならないし、戦団はこれを滅するために全力を傾けます。どうか皆様御助力と御理解をいただけますようお願い致します」
そうして頭を下げると発言を求め大臣達が各々手を上げ質問を繰り返した。「鎖国後の各国への戦団員派遣について……」「レンレセル外への民間の出向者は……」「食料の輸入依存度を鑑みるに……」その質問の多くは鎖国後における諸問題、特に国外への対応についてであった。
これに対してセッツァーが逐一質問に対して返答をする。
その光景を眺めながらカウツは弟子という名の被保護者達の事に思いを馳せた。
一月後には魔王大征伐が行われる。アレクトを通して送られてくる情報と照らし合わせてみればアークティーアに着くのは同じ頃になるだろう。
既に余分な事に色々と巻き込まれているようだったが、どうか無事に本懐を遂げ戻ってきてもらいたいと願わざるを得ない。
アークティーア。その名前に思う所は多々あった。十年前、彼らが家族となるきっかけとなった場所。数多の悲劇に彩られおよそ暗黒時代以来の魔術院と組合による大規模抗争の始まりとなった地。
そしてカウツが黄金の青などと呼ばれることになった原因でもあった十年前の出来事を思い出していた。




